3話 最後だからこその勇者顔
宮殿での生活は、実に充実したものだった。
リアナやカイトが必死こいて訓練している間、アレクは自室でゴロゴロ食っちゃ寝をすることが出来る。
まさに最高の空間だった。
だが、ソレも今日で終わり。何故ならリアナとカイトが騎士団長よりも強くなってしまったからだ。
もう、この国に勇者一行に教えを伝えられる武人はいないと言うことで旅をしながら強くなれという事で、旅セットと一緒に追い出されてしまった。
折角の引きこもり宮殿スローライフが台無しである。
「あぁ…だりぃ……」
「アレク、馬車で寝転がるな。はしたないぞ。」
「別に良いだろう。自分は貴族生まれじゃないんだし。」
「そういう問題じゃっ」
アレクを叱ろうとするカイトに、リアナが首を振って止める。勇者は知らないが、聖女と魔法剣士は国王と王妃から、くれぐれも失礼のないようにと言い付けられている。
そういうわけで、引きこもりで、ぐうたらな勇者を叱ると、どんな行動に出るのか予測が付かないため、怒るのは厳禁なのである。
「自分少し寝てるから、ついたら起こしてくれ。」
自分勝手に寝る勇者を見て、2人は思わずため息を溢す。
どうして、こんなダメ人間が勇者に選ばれたのだろうと、心の中で思った。
***
魔王城に行くまでに通る国で、また勇者一行は訓練をする。
たくさんの将軍達との交流で、実践経験を増やしていくのだ。
もちろん、そう言う過程を経て歴代勇者達も強くなっていった。むしろ、そうしていかなければ、絶対に魔王には勝てない。はず、なのだが。
「あ、そこもうちょっと右。」
大きな団扇で、涼んでいる者が1人。
「勇者様!何をやっているのですか!?」
必死に訓練している魔法剣士と聖女を、上から高みの見物を決め込んでいる勇者に他国の騎士団長が、驚きの声をあげる。
「勇者様も共に、やりましょう!」
だが、その言葉を軽く無視して勇者は寝転がる。
美味しいお菓子を食べながら、王様気分でいるのだ。
そんな勇者の姿に、騎士団長はやはり怒るもので。
「貴方、ソレでも勇者ですか!勇者なら、努力を怠ってはダメでしょう!!」
「しらねーよ、そんなの事。」
そもそも魔王なんて倒す気ないし、と言えばズンズン近づいてきた。
「勇者様。」
「なんだよ。」
寝転がって菓子を食べていると、見下ろしてくる騎士団長と目が合う。
「今から、私と決闘しましょう。」
「は?」
「ソレで勝ったら、貴方は何もしなくて良いです。ですか、負けたのなら共に訓練を。」
「そんな事するわけないだろ。」
面倒だからどっか行けと、寝返りをうつ勇者に騎士団長の額に青筋が浮かんだ。
「勇者様……」
だが、やはりソレも御付きに止められて終わってしまう。
勇者の怠惰を、止められるものは居ない。
彼自身が、戦いたいと思うようになるまで世界平和は訪れないだろう。
「分かりました……どうぞごゆっくり。」
呆れたような、どうしようもない駄目な子を見るような目をして、騎士団長は聖女と魔法剣士の相手に専念した。
ずっと、高みの見物を決め込んでいる勇者を気にしながら。
そして、ソレはその国だけでなく、どの国でも同じような行為をアレクは繰り返していた。
怠惰の限りを尽くし、御付きの心配もしない。たまに会う魔物の処理はしているが邪魔だから殺してるだけ。
「勇者様は、いつになったら目覚められるのでしょう。」
「彼を、勇者に選んだこと自体が間違いだったのかもしれんな。」
未だ、馬車で眠りこける勇者を見ながら御付きは、ため息ばかりを溢す。
「勇者様なしで、魔王に立ち向かう覚悟が必要かもしれませんわね。」
「そうだな。」
そんな話をしていると、アレクがパチクリと目を開けた。
「その話、本当か?」
「「?」」
「その言葉に嘘はないよな?」
ヤケに、イキイキとした目で聞いてくるアレクに2人は顔を見合わせる。
「あ、ありませんわ。」
「酷いことを言ったと思うが……」
悲しむどころか、嬉しそうなアレクに嫌な予感しかない。
「なら、この先の旅、頑張れよ!」
そういうや否や、カイトとリアナの前からアレクが消える。
そして、初めて見たアレクのとても嬉しそうな顔は、皮肉にも今まで見てきた中で、一番勇者っぽい表情だった。