23 話 人間へ転生しました
ここからが本編です。
この物語は、恋愛などは特にないです。
私の名前はアンジェラス1。
目を開けると、洞窟の中にいた。
姿形は、アンジェラスの頃と同じで桃色の髪に金目といった、一見何も変わらないのだが、洞窟内にある宝石の角を突くと少し痛みを感じる事から、肉体だけは人間の体へ転生させられている様だった。
この洞窟内は広くて右も左も分からない。
魔素に溢れかえっていて、胃の中のものが外に出そうになる。
若干気分が悪くなりながらも取り敢えず足を進める。
因みに今は、桃色のワンピース型の寝巻きを着て歩いてるから、汚さない様に気をつけなきゃいけない。
「うぅ…ぎもぢわるい……」
どうして世界の意志様は、こんな所に私を転送させたんだろう?
どうせなら、人間の街にでも送ってくれたらよかったのに。
「うぇぇ………」
途中であまりの気持ち悪さに、吐いてしまった。
それでも胃がムカムカして、頭も痛い。
アンジェラスの身体だったら、こんな事ないのに人間の体は本当に不便すぎる。
「ぷっ…」
口の中に残る嘔吐物を、水で洗い流し唾と共に飛ばす。
「はぁ……早く出口を探さないと。」
魔法を使って、身体強化してこの洞窟を抜けたい所だが体調が悪い時に使うと、胃の動きが活発になって、逆効果だから使えない。
「うぅ……」
また、吐きそうになる。
「うぇぇぇ………」
口の中が不味くて、視界がだんだんと霞む。
でも、ここで倒れるわけには行かない。
敵と遭遇した時に、殺される可能性がある。
それに、人間をしる必要があると世界の意志様から言われている以上、なんとしてでも人間の街へ着かねばならない。
「うぷっ」
何度も吐きそうになりながらも、足だけは止めずに進める。
暫く歩いていると、不意に冷たい風が頬をかすめた。
「!?」
咄嗟に元を辿ってみると、魔素の少ない場所と繋がっている。
私は、ここぞとばかりに喜んで壁を魔法でぶっ壊した。
「ふぅぅぅぅ!」
思いっきり、自然の空気を吸い込む。
緑の芝生に、爛々と下々を照らす太陽。
それ以外は何もない、気持ちのいい場所。
「はぁぁぁぁ!!!」
吸い込んだ後は、盛大に息を吐き出す。
そして、眠気が襲ってきたから、眠る事にする。
「もう、ねる……」
芝生に仰向けに、倒れると同時に意識が暗転した。
ーーー数時間後。
視界が真っ白に染まっていた。
しかも、柔らかい何かに包まれていてモフモフだ。
ずっと触りたい程に触り心地が良くて、顔を埋める。
「はぁ……気持ちいい……」
フースーと、匂いを嗅ぐ様にぐりぐり頭を押し付ける。
すると、突然視界が変わった。
「ふぇ!?」
突然体が宙に浮き、白かった視界に緑が追加される。
混乱して、追いつかない思考のまま地面に直撃する。
「ぐへっ!」
頭は守れたが、背中を強打して物凄く痛い。
骨が何本か折れたかもしれない。
「うぅ……」
背中を動かせない為、余りの痛さに呻いていると鼻先に先程の心地いい物が当たった。
「っ……」
ゆっくりと目を開ければ、真っ暗な目をした怪物。フェンリルが、私を見下ろしていた。
「!?!?!?」
吃驚しすぎて、声が出ない。
恐怖を感じているわけではないが、眼の前にいきなり何かが迫ると誰だって、呆然とするのと一緒だ。
『人ガ何故、イル』
低い声が耳に入る。
「……」
口をぱくぱく動かしても、声が全く喉から出てくれない。
背中が痛すぎて、フェンリルだけに意識が向かないのだ。
「き、きずい…たら、ここにいた、の……」
どうにか掠れた声で、返答すれば『ふむ……』と溢した。
『出口ハ、分カッテオルカ?』
首を左右に振ると、教えてくれる。
『彼処ヲ出ルト、好イ』
わざわざ指差してまで教えてもらったところ悪いが、今ものすごく背中が痛くて動けない。
『出ナイノカ?』
フェンリルの氷の様に透き通った爪が、軽く私の腹を突く。
「背中の、骨が折れて動けない、の……」
『人ハ、カナリ脆イノダナ』
意外そうな顔色のフェンリルは、以前人間の弱さを知った時の私と結構似ている。
『治癒ヲ、ヤロウ。』
私の腹に軽く突いている爪が、淡く光だした。
「!?」
そして、段々と背中の痛みが消えていく。
心なしか体も軽い。
『コレデ、動ケルダロウ。』
取り敢えず、爪を退け様子を伺うフェンリルの前で上半身を起こしてみると、確かに背筋が曲がる事なく伸ばすことができた。
「凄く、体調が良いよ。」
『ナラバ、良イ。』
改めてフェンリルを見てみると、雪の中に住む印象がある生物だが、不思議と芝生に居ても違和感はない。
「どうして、こんな所にいるの?」
『我ハ、封印サレテオルノダ。故ニ、此処カラデル事ハ、出来ヌシ、誰モ入ッテハコレヌ。』
「じゃあ、私が初めての来訪者ってところなの?」
『賢者ノ掛ケタ魔法を掻イ潜ッテ来タ者ハ、初メテダ。』
「ふぅん……」
やはり、肉体は人間であってもアンジェラスとしての感覚は失われていないらしい。
「ねぇ、貴方はここから出たいと思う?」
『出ラレルノデアレバ、デタイトハ思ガ、無理デアル。』
「そう……」
このフェンリルは見たところ、この世界でかなり上位の生物なのだろう。
だから、賢者に封印され洞窟の中から出ることが叶わない。
なら交渉の余地は、あるかもしれない。
「ここから連れ出してほしいなら、連れ出してあげるよ。」
『真か?』
「うん、でも条件があるの。」
明らかに大きく反応したフェンリルに、少女は告げる。
「これから私が死ぬまで……多く見積もって100年間の間だけで良いから、そばにいて欲しいの。」
別に一人が寂しいというわけではない。
ただ、常識や世界の仕組みが分からないから、ガイドとして側にいて欲しいだけだ。
「100年後は、好きにしてもらって構わないから。」
このフェンリルにとって、100年がどれだけ貴重なものかは分からないが、かなり長命な生き物だから、もしかしたら少しくらいなら付き合ってくれるかもしれない。
ダメなら最悪10年間でも構わない。
『100年ナラバ、ヨカロウ。』
「ありがとう。」
良い返事がもらえて、とても安心した。
今までアンジェラスとして、一人で世界に落とされるとしても、それは世界を救うという明確な目的があったけれど、今回は人間を知るという不透明な物しかない。
しかも、報酬で落とされたわけだから任務でもないのだ。
そうなると、この世界で何をすれば良いのか分からなくなってしまう。
だから、生きる目標になるものをフェンリルと共に居れば、何かしら見つかるかもしれない。他人の意見は意外と頼りになるから。
「これからよろしくね、フェンリル。」
『宜シク頼ム。』
大きな爪と私の指が、ピトリと合う。
フェンリルの爪は、見た目通り宝石の様に綺麗で、それでいて物凄く硬かった。
引き続きよろしくお願いします




