11話 魔王、過去戻る
魔王視点です。
魔王は今現在、人間の国へ侵攻していた。
聖剣を持ち、人々を斬り殺していく。
勇者がいない人間共は思わず笑ってしまうほどに弱かった。
だが、何がどうなっているのか勇者の御付きである魔法剣士と聖女から魔族の気配がした。
膨大な魔力に物凄い剣捌き。人間では到底出来ない技の数々は、魔薬を飲んだ証だった。
勇者の御付きでありながら人間を捨てた者と、勇者でありながら勇者であることを望まない者。類は類を呼ぶというが、まさにその通りだ。
『もう、人間に希望などないか。』
勇者が聖剣を握る理由を見つけ、剣を交える日には、もう魔族の支配地と化していることだろう。人間が住める様な場所は消えているに違いない。
『勇者よ、其方は確かに勇者であった。』
今から人間を皆殺しにし、一思いに滅ぼしてやろう。
そうすれば、勇者も1人の人間として拝められることもなく静かに死ねることだろう。
『もう、その心を痛めることはない』
純粋すぎる故に、苦しみ続けることがなくなるのだ。そして、勇者も生まれなくなる。
『さらばだーーーイングレシップ』
巨大な光の竜が、青空を包み込む。
魔族の咆哮や、人間の叫び。蹂躙され続ける真っ赤に染まっていた人間の国が、大きな爆発と共に全てのものを飲み込んだーーーーはず、だった。
真っ黒な結界が、煙の中から現れた。
ソレは、黒剣の固有能力ーー万能結界。
『何故、貴様がソレを……』
黒剣が、歪な形へと姿を変えてゆく。
真っ直ぐだった剣身がギザギザに尖り、真っ黒な靄を醸し出している。
『何を、したのだ……』
何故、黒剣が勇者に応えている。
魔王にしか、操れないはずの黒剣を。
『勇者ァァ!!』
全く反応しない聖剣を握り、斬りかかる。
だが、万能結界にの前には刃もたたない。
『グハッ!!』
腹に一閃入れられ、吹き飛ぶ。
「アハッ…あははははっっ!!!!」
狂ったように、勇者が笑い出す。
体全体から黒い靄が浮かび上がり、勇者のドライブルーの瞳が血の色へ光り輝く。
「魔王!!この勇者が殺してやるよっ!!!」
ニイッ!と、勇者らしくなく歪んだ笑みを浮かべ、宣言すると共に歪な剣を投げつけてくる。
咄嗟に飛び退き、距離を取ったが今し方いた場所には、深い穴が空いていた。
『勇者よ、血迷ったか。』
魔王を倒す志は認めるが、あの瞳は世界を救うためのものではない。
ただ、目の前のものを倒す欲しか無い悪人の瞳だ。
「血迷う?笑わせるなよ……自分は人間のために魔王を倒すんだよ。」
突然真顔になり、ギロッと数歩離れたところにいる人間を見た。
「なぁ?お前もそう思うだろう?」
ニィィと人間に笑いかける。
だが、話しかけられた人間は泣くばかりで何も反応がない。
「もしかして魔王が怖いから泣いてるのか?なら、早く殺さないとなぁ。」
ヒヒっと笑い溢しながら、楽しげに笑う。
「ひひ、ヒヒッ!!」
狂った様に笑いはするものの、何も攻撃してこない。
万能結界で、ダメージを負わすことができない分、魔王も傷を負うことはなかった。
全く、勇者が何をしたいのか分からない。
『勇者よ、用がないならそこを退け。』
「どくわけないだろ?自分はお前を倒して世界平和を守るんだよ。」
『ソレは、心から思っていることなのか。』
心から思っているならば、そんな綺麗事に黒剣が反応するわけがない。
「もちろん思ってるさ。だから、この黒剣も答えてくれたんだよ……想いの強さに免じてくれてさぁ……」
ニィィと、また不気味に笑った。
「でも、お前は……侵略したさが足りないから聖剣が反応しないんじゃ無いのかぁ?」
段々と、口調が幼くなってきている。
『あぁ……そういうことであるのだな………』
この狂いようと、話し方で何となく魔王は理解した。
『ついに、神に心を許したか、勇者よ。』
弱った心に、漬け込まれてしまったのか。
いや、弱る様に光の神が仕向けていたのか。
『ふっ…光の神は"光"などでは無いな。』
魔族の神である邪神の方が汚い手を使わず堂々勝負する様は、神らしい。
『よかろう……勇者よ、貴様の狂った心を我が戻してやろう!!』
黒剣を持っている限り、勇者は殺さないと約束した。
魔王が殺す勇者は、聖剣を持った勇者であって黒剣を握っている醜い者では無い。
「しね、まおう!!!」
万能結界を解き、全力で斬り掛かってくる。
やはり、黒剣を使いこなしている勇者の力は尋常ではなく、魔王は避けるのが精一杯だった。
体力戦に持っていったとしても、先に力尽きるのは魔王だろう。
腹部を蹴り飛ばされ、瓦礫に直撃する。
背中に大量の石や砂が入り、激痛が走る。
『ぐっ……』
歪な黒剣が、眼の前まで迫る。
その、一歩手前でーーー
ーー白い、何かに身を包まれた。
***
魔王は目が覚めると、寝室にいた。
先程まで、勇者と戦い死ぬ寸前だったはずだ。
ソレが何故、我が部屋に居るのか。
「魔王様、おはようございます。」
魔将軍である、炎の魔人アーガイルが扉越しに起こしにくる。
『あぁ、起きている。』
「朝食は、どういたしましょうか。」
『軽いものにしてくれ。』
ちょっと今は、この頭の混乱をどうにかしたい。
『先ず、我は殺されそうになってその時に白い塊が飛びついてきて……』
そして気づいたら、此処に居たと。
カレンダーで日付が、戻っていることから此処はあれから4年前と見ていい様だ。
魔王である我は、四年などあまり戻っては居ない様な気がするが、人間からするとかなり戻っている様で、当時19だった勇者が15の子供になっているということ。
『まだ、狂う前か……』
以前勇者の調査をしたところ、幼い頃以降に修行は一切していない様だから、きっと今もサボっているのだろう。
そして、御付きから働けと扱かれているはず。
「魔王様!大変です!!!」
ーーーと、その時。
いつになく慌ただしい様子のアーガイルが、駆け込んできた。
『どうしたのだ。』
「勇者が、勇者一行が攻めてきました!!」
『は?』
「城門を越え、もう直ぐ城へ侵入されます!」
あの、ぐうたらな勇者が勇者らしく魔王城に仲間と共に攻め込んできた?
『‥‥我が相手をする、手を出すでないぞ。』
「はっ!」
ピシッと直立し、急足で去って行くアーガイルの背を見送り、黒剣が置いてある場所へ目を移す。
すると、真っ白な聖剣が置かれている。
本来なら勇者が持つはずのものが、当たり前のように魔王の手元に存在していた。
『何はともあれ、勇者を退治しにいくのが先決であるな。』
今の最優先事項は勇者一行の進行を止めること。
あわよくば勇者を捕らえて色々と問いただそう。
魔法を使う時に色が変化するくらいのガラクタにすぎない聖剣だが、とうやら魔王が聖剣を持っていても、可笑しな事ではないらしく、堂々と勇者は黒剣を握っていた。
しかも、相変わらず歪な形をしている剣を。
『よく来たな、勇者よ。』
「魔王、お前に人間の国は奪わせない!」
黒剣を構え、勇者らしい言葉を吐いている。
光りに満ち溢れ、未来に希望を抱いている瞳。
勇者ならば、当たり前の純粋な瞳だ。
『ふっ、勇者らしい。』
この勇者が、我の知る勇者がどうかは分からぬが、あと四年でぐうたらな勇者に成り下がると思うと少しだけ残念だ。
「覚悟しろ!魔王!!」
そう言うや否や、聖女が杖を構え、魔法剣士と勇者が突っ込んでくる。
「「はぁぁぁ!!!」」
『……』
所詮はまだ15歳。
実に弱々しく脆い物だった。
『その程度で我に挑むとは、怖いもの知らずも良いところであるな。』
片腕を持ち上げ、少し力を入れただけで今にでも折れてしまいそうな程に脆い。
「は、なせっ」
『今の貴様が何故、あの様になるのかは知らぬが、こんなに純粋な瞳をしていた時期があったとはな。』
「な、んの話をしてるんだ!殺すならさっさと殺せよ!!」
ドタバタ暴れる勇者を聖女の元へと投げ飛ばす。
『貴様は、まだ殺さぬ。貴様が真の敵を見定める迄、待つと決めているからな。』
意味が分からないとでも言う様な顔をする勇者に、魔王らしく嘲る。
『弱く殺す価値もない貴様を見逃してやると言っているのだ。』
「っ!」
悔しそうに、睨み上げてくる勇者の顔は実に愉快だ。
魔王の本質なのか、綺麗な物を汚すのは実に楽しい。
「覚え、とけよっ」
そう、負け犬の捨て台詞を吐いて、送還魔法で消える勇者一行。
本来なら捕らえておいた方が、情報も集まるだろうが、あの様子を見るに以前の記憶を勇者は持っていない様だ。
時間が戻ったことも知らない勇者に用は無い。
そんなことよりも、過去に誰が戻し、戻った理由を突き止めなければならない。
場合によっては、侵略どころでは無くなってしまう。
『アーガイル、我は魔の森へと行ってくる。留守番を頼んだぞ。』
「畏まりました。」
多少、傷ついてしまった魔王城の修繕を頼み、以前勇者が住んでいた魔の森へと向かった。




