(弐)
故人に盃を捧げ。その死を嘆く。その儀式のような一幕が終わると、今度は、本当に戦勝祝の宴へと移行する。
「簒奪帝、岑瞬を討ち、再び、大岑帝国は一つになった。めでたい事だ。乾杯!」
今度は、呂鵬が音頭をとり、一様に話し始め、宴は盛り上がっていく。
珍しい事に、凱鐵が呂亜のそばに行き、話し始めた。どうやら、先の戦いについて振り返っているようだった。その話を聞きつけ、廷黒や、馬延、そして、泉小が、加わった。
続いて、趙武の所へと、歩き始めた、龍雲の所に、凱騎が向かい、どうやら、師越との一騎討ちの話を聞いているようだった。それには、条朱と麻龍が、加わった。
そして、珍しく、陵乾が動いて、呂鵬と禅厳に声をかけ、話し始めた。どうやら、これからの治世の話のようだった。そこに、何故か、慈魏須文斗が、加わった。
残った人間は、趙武の所に集まった。岑平が、立ち上がったので、趙武は、そちらに行こうとしたのだが、
「趙武さん。今日は、皇帝、云々《うんぬん》はなしで、いきましょうよ」
「はあ」
「趙武君。全て、終わったな」
至霊が、趙武に、呟くように、話す。
「ええ。ようやく陛下……。岑英様の思いを果たせました」
趙武は、やや上方を見つつ、しんみりと話す。
「そうだったのか」
塔南が、大きく頷きながら、納得している。どうやら、趙武の言動に、感心しているようだった。
すると、至恩が、
「陛下に……。えーと」
「陛下で良いですよ。今日は」
岑平がこう言い、至恩が、
「ありがとうございます。趙武、妙に陛下に気に入られてたもんな」
「たぶん、そうだね」
趙武が言うと、至霊も、
「うむ。恩が趙武君の配下になったから、陛下には、趙武君の事を、良く聞かれたな」
「そうですか」
趙武が、どこか嬉しそうに言うと、會清が、
「わたしは、役目柄、人となりには、注視しているのですが、御二人の印象は、だいぶ違いますけど。面白いですね」
會清、曰く。岑英も、趙武も、頭が良いので、考えて動くが、岑英は、熱血漢で、攻撃的に動き、統率力で、皆を引っ張るが。趙武は、冷静に物事を観察し、臨機応変に、用兵を用いて兵を動かす。と、印象は異なるが、性格的には合っていたのだろうと言う事だった。
そして、その後は、岑英の思い出話が盛り上がって、至霊、塔南、岑平が中心となって、語った。それを、懐かしそうに聞いている趙武がいた。
その後も、組み合わせが代わったり、全員で話したりと、宴は、延々と続き。
そして、さらに、かなり酔いがまわってきた頃、呂亜が何気なく、趙武に聞く。
「そう言えば、これからどうするんだ?」
「これからですか?」
「そう、如親王国とか、狗雀那国とか」
「どうもしませんけど」
「だが、趙武の目的は、カナン平原の統一じゃなかったのか?」
「だから、統一したじゃないですか。如親王国は、逆らえる力は無く、狗雀那国は、大岑帝国に憧れこそあれ、逆らう気などないでしょうね」
「そうか」
呂亜は、趙武の考えを聞いて納得した、趙武は、こういう男だったと。趙武にとっての障害になると思うものは、全て排除したのだろう。
だったら、本当に戦いは終わりだ。多少は、地方で反乱が起きたり、その鎮圧の戦いは、あるだろうが。
「そうか、だったら相国殿の、次の目標はなんだ? 皇帝か?」
「父上!」
かなり酔っているように見える、至霊が、趙武に聞く。慌てて、至恩がたしなめるが、趙武は、
「皇帝? 僕が、帝位を簒奪するんですか? それは、無いですね。皇帝に必要なのは、陛下には申し訳ないですが、僕は、能力では無く、歴史に紡がれた、血の重みによる、威光だと思うんですよ。だから、話し合いで決まったら、岑瞬さんでも良いと、思ってたんですけどね。僕は、ただの地方官吏の息子」
「そうか」
至霊は、趙武の事を、不思議な男だと思った。手に届く位置にある皇帝に、興味を持っていない。それは、本音だろう。そして、今後も興味を、もたないだろう。
趙武が、今、皇帝になりたいと言ったら、反対する者は、いないだろう。岑平、いや、陛下も喜んで、禅譲するだろうし。それに、趙武の実績と、名声。それは、皇帝に相応しいと、至霊も思うのだが。興味がないのだから、仕方ない。
こういう考えの、趙武のいる限り、他に帝位を簒奪しようと思う者は、現れないだろう。趙武に消されるだけだろうな。酔ったふりをして、聞いて良かったと思った。
酔った勢いもあり、話は、具体的になっていく。
「趙武の旦那! 俺達も、出世、出来るのか?」
「おやめなさい、麻龍。下品でしょ!」
麻龍が、趙武に訊ね、泉小がたしなめるが、趙武は、
「出世は、するんじゃない。ただ、軍の制度は、変えようと思ってるんだ。戦乱の時代は、終わったし」
その応えに、陵乾が、いち早く反応する。
「軍縮ですか?」
「それもだけどね。大将軍制を、無くそうと思うんだ」
「えっ!」
せっかく、大将軍と呼ばれるようになった、至恩が、驚きの声を上げる。すると、同じく大将軍の呂鵬が、
「平和な時代には、無用の長物という事なんだろうか?」
すると、趙武は、
「確かにそうなんですが、問題なのは、本拠地という名の、領土を持つ事なんですよ」
「そうか、独自に動けるためだが、これでは、国の中に国が、あるとも言えるのか?」
「廷黒、どういう事だ?」
廷黒は、趙武の言っている意味に気付き、呟く。それを聞いて条朱が、廷黒に訊ねる。
廷黒は、ちらっと趙武を見るが、特に気にしてなさそうなので、続ける。
大将軍制度は、大将軍が判断して、素早く軍を、動かせるように、本拠地を与えられている。その本拠地から生産された物は、大将軍府が管理し、利用される。要するに、小さな国のようだと趙武は、言っていると、廷黒が説明する。
「そうですね。要するに、趙武君は、中央の政権が、全てを管理する形を取りたいと、言う事でしょうか?」
陵乾の問いに、趙武は、
「ああ。その通りだね」
だが、趙武の考えているのは、大将軍制度の廃止だけでは、なかった。そこから、酔った勢いもあり、趙武は、話し始めた。
大岑帝国は、管理しやすいように行政単位があり。集落の単位を、郷と呼び、そして、いくつかの郷を管轄する、県があり、いくつかの県をまとめて、郡となっていた。近年、更に郡の上に州が設置された。
そして、その中の県には、中央から県令が、郡には、郡守が、派遣されていた。ただ、その役職の者達は、中央の管理から離れ、永年、県令、郡守として君臨し、土着。地方官吏のように、なっていた。
それを、趙武は、しっかり中央で管理し、派遣期間を決め、さらに、不正等を行っていないか、監察する為に、州ごとに、州刺史という名の監察官を作る案も、示す。そして、趙武は、
「で、會清。州刺史の選抜と、組織作りをよろしく」
「はっ、かしこまりました」
「うん」
ここまで話した時、至恩が、ぽつりと呟く。
「宴の席で、色々政策が発表されるって、趙武らしいけど、酔い醒めるよな」
「至恩。ごめん、ごめん。後は、楽しく飲もう。もう話さないよ」
そして、その宴の数週間後、趙武の改革案が発表された。
軍の制度改革は、大将軍制度が廃止され、代わって中央軍と、東西南北の軍の設立が、発表された。
中央軍は、全軍総司令官という意味での新たな役職として、呂亜が、大将軍に就任し、10万を率い。その下に、新設の役職である、驃騎将軍に、至恩。車騎将軍に、龍雲。衛将軍に馬延が、任命され、それぞれ8万の軍勢を率いる事となった。
それに、塔南がそのまま、近衛禁軍将軍として残り、6万の兵士を率いる。これが、中央軍であり、総勢40万となった。
中央軍は、大京周辺に駐屯。名実共に、大岑帝国の中央の統括軍となった。
続いて、東西南北の軍だが。それぞれに、15万の、兵士が与えられ、四軍合わせて、60万の軍勢となった。
それぞれの軍を、率いるのは、これまた、新しい役職で、東軍は、上位官である、征東将軍に、廷黒。下位官である、鎮東将軍に、凱騎。
南軍は、上位官である、征南将軍に麻龍。下位官である、鎮南将軍に、亥常。
西軍は、上位官である征西将軍に、条朱。下位官である、鎮西将軍に、朱滅。
北軍は、上位官である征北将軍に、泉小。下位官である鎮北将軍に、冒傅となった。
名目的には、東軍は如親王国に、南軍は、南方民族に、西軍は、西方諸国に、北軍は、北方民族に対処する為の軍だった。
これが、大岑帝国の全軍。総勢100万となった。如親王国から、割譲される等して、大岑帝国の軍勢は、140万の軍勢となっていた。郡守、県令の下の守備軍が増加されたが、それは、郡、県の裁量によるものであり、大岑帝国としては、大幅な軍縮となった。
そして、軍縮によって、蓄積された予算。及び、岑瞬軍から取り上げた蓄財。さらに、如親王国から支払われた賠償金によって、大岑帝国の帝都、大京は、周囲を城壁で覆った、城塞都市化させる工事を、開始した。
工事の人員は、軍縮によって減らされた兵士達が当てられ、さらに、この工事を含む。北河、南河の治水工事及び、灌漑工事等の、公共工事を行っていき。それに伴って増えた、農地は、参加した兵士の希望者に分け与えられた。
趙武は、軍の制度改革を、生産量の増加へと結びつけたのだった。
そして、文官の方はというと、郡守、県令の交代を行い、そして任期を定める。そして、州刺史の新設といった以外、大きな改革は、しなかった。
文官の最上位としては、丞相に、禅厳がとどまり、副丞相であり、皇帝の側近の筆頭でもある御史大夫には、陵乾が、そして、軍務担当の大臣である太尉に、凱鐵が、大抜擢された。
極めて身内の、趙武のお仲間による、人事だったが、極めて優秀な人材達は、その能力を遺憾なく発揮、文句を言わせなかった。
こうして、趙武の仲間達の政権は、新たな有力な名家を、作ると共に、かつての名家は、呂家、至家、凱家を残し、没落していくことになった。
趙武の配下によって、作られた名家を、趙下十二家と言った。それが、呂家、至家、凱家、龍家、陵家、条家、廷家、泉家、麻家、雷家、塔家、馬家だった。
趙武の治世の間、趙下十二家は、その治世を支えていく。
そして、その趙武は、その後、特段、その治世の間に、大きな改革等を、する事はなかった。
趙武、曰く、自分は、治世者としては、普通。乱世の智将、治世の凡臣と自ら、称したという。
だから、代わりの者は、いっぱいいると、呂亜や、陵乾に何年か経って、相国を押し付けようとしたが、それぞれに拒否された。
「謹んで年頭の、ご挨拶を申し上げます」
岑平が玉座に、そして、段の下には、趙武が立つ。
そして、武官、文官達が平伏する、その一番の前列には、如親国王、如恩と、狗雀那国王、トゥーゴーがいた。
岑平が話しかける。
「わざわざのご挨拶、かたじけない。如恩殿、トゥーゴー殿、遠路、御苦労でした。お疲れでは、ありませんか?」
「もったいないお言葉、この如恩、痛みいります」
と、如恩が言うと、
「疲れなど、ありません。大都市、大京にまたこれて、嬉しい限りです」
と、トゥーゴー。
「それは、良かったです。しばらく、ゆっくりされてください」
「ありがとうございます」
新年の挨拶に、属国となった如親王国と、狗雀那国の使節団が来る事に、趙武は決めたのだった。一応の儀式的なものと考え、国王ではなく、使節団という話だったのだが、両国示し合わせて、国王が毎年挨拶に来た。どうやら、二人にとって、退屈な皇宮を出る、良い言い訳だったらしい。
これは、両国の国王が替わり、滅びるまで続いたそうだ。
そして、時は流れ。
皇紀262年。60歳となった趙武は、25歳の息子、趙英に、相国を譲ると、隠居し。瀬李姉綾を連れて、お気に入りの街、南部の大都市、南龍へと、向かったのだった。
「大京を離れるのですか? 英の、晴れ姿をもっと見ていなかったのに。ぶ〜」
「56にもなって、ぶ〜は、やめなさい。ぶ〜は」
「は〜い」




