*14* 一人と一匹、スパダリな先輩。
エッダ達と別れ、フリマアプリを立ち上げて小型犬や猫用の服を作ってる人を探したものの、どれもイタチ(テン?)には大きすぎる。
あーだこーだと悩んでいたら、忠太がスマホを貸してほしいとジェスチャーしたため、フリマアプリを立ち上げたまま手渡すと、うちの小さな参謀殿はサクサク画面を〝40〜50cmドール用、帽子〟と切り替えて検索。
ズラッと現れた可愛いサイズのキャスケットや野球帽、ニット帽、麦わら帽にボンネットをスワイプし、それらの中から〝角のある異形頭さんやウサ耳ちゃん、ネコ耳ちゃんなどの耳出し穴にも対応してます〟と、書かれたものを三つ購入した。このハツカネズミ、目の付けどころが天才すぎないか?
どれもシンプルなデザインながらお値段は結構したけど、緩いキャスケットからぴょこんと耳を出して、不思議そうにこちらを見つめるイタチはかなり可愛い。思わず忠太とイタチとのスリーショットを撮ってしまったくらいだ。
ついでに忠太用にいつもお世話になってるフクマルさんの頁で、シャーロック・ホームズの衣装一式を追加購入。
チェックの鹿撃ち帽にインバネス。ダークブラウン基調の渋格好さが、真っ白で姿勢の良い忠太に良く映える。帽子から飛び出す桜色の耳と、インバネスの後ろから覗く同色の尻尾の破壊力がヤバい。七千円でこの可愛いさが拝めるなら、もう実質無料だろ。
その後は一瞬モフモフ撮影会に夢中になったものの、何とか正気を取り戻してジャンク料理に足りない食材も購入し、かなり脱線したものの再び診療所へと歩き出したのだが――。
「なぁ忠太。ここまでに通る道、間違えたっけ?」
【いいえ まちがってませんよ】
「うーん、そう、だよなぁ……?」
ここまでマルカの街からの移動距離と時間に合わない、驚異的なスピードで問題を解決してしまったため、前回診療所を訪ねてまだたったの二日しか経っていない。しかしそのたった二日という事実を財力でここまで捩じ伏せられる人種は、そうはいないだろう。
何を見ての感心かと言えば、恐らく始発地点が某工房の本店入口からだろうと思しき、石畳で舗装された道からだ。前回訪れた際は未舗装で砂埃が立っていたのに、まるで王城へでも続きそうなほぼ凹凸のない道が、真っ直ぐスラムの診療所へと続いている。
「うわ……これ絶対あの店の資金だよなぁ。一人の人間のためだけにここまでするか。こういう公共事業って普通国がやるもんだと思ってたわ。金ってあるところにはあるんだなぁ」
【つかいみち げんていてき でも つかいかた まちがわない だいじ くにのしえん ここまでは こないでしょう】
「ま、聖女を冤罪で殺した過去持ってる国だしなぁ。金を持ってる商人か、一般的な生活水準の市民じゃなかったら見殺しにするか」
【えらいひと じじょどりょく いうの すき べんりな ことばです】
「本当それな。じゃあ自助努力する金まで税金で毟るなっての」
「クルルル〜?」
「機嫌が悪いのかって? まぁちょっとムカつくことを思い出しはしたけど、大丈夫だ。お前の毛を毟ったりはしないって」
額の魔石でこちらの心情を察したのか、顔を覗き込んでくるカーバンクルの鼻先を押し返し、ぶちぶちと文句を言いつつ、食材が詰まったあずま袋を片手に舗装された道を歩く。
どうやら最終的にはスラム全体を舗装するつもりなのか、まだ未舗装の場所では職人達がモルタル(?)みたいなものを練ったり、石を据えてみたりと忙しくしていた。
やや職人達の格好がバラバラに見えるのが気になったものの、大掛かりな現場だと一つの工務店で職人が足りなくなるのはザラにある。彼等の邪魔にならないように歩いて、ついに診療所の手前にある角を曲がった。
――が、診療所の前で仁王立ちする男の背中が見えたので、面倒事を避けるために正面玄関からの侵入を諦め、来た道を少し戻って診療所の裏口のある方の路地から訪ねることに。
裏口のドアをノックすると、すぐに鍵が開けられる音がして、オニキスがのそりと顔を出した。その神秘的な藍に金の散る双眸がこちらを捉え、すぐ首に巻き付く新入りイタチへと下りていく。
「おお、来客はマリとチュータだったか。もう少し時間がかかるものだと踏んでいたのだが、思っていたより早くカタがついたようだな」
「うん。それはそうなんだけど、ちょっと困っててさ」
【せんぱいの じょげん ききにきました】
「ふむ……今日はあの男も大人しく診察を待っている故、暇を持て余してはいる。我が話を聞くのは構わんが、場所を貸す家主への対価はあるのか」
「勿論。すぐ出来るやつだからさ、台所貸してくれないか?」
「ふふ、構わんぞ。あの面倒な患者の相手でやさぐれているエリックめに、何か作ってやってくれ」
【おまかせ ください】
「頭を使うエリックのために、いつでも摘めるカロリー爆弾作ってやるよ」
入口から身体をずらしてくれたオニキスの横をすり抜け、勝手知ったる顔で手狭な台所へと向かえば、必要最低限の設備だったそこも、しっかりリフォーム済だった。
水回りのリフォームが一番金がかかるというのは、前世のバイト先だった居酒屋で散々聞いたけど、ただ飯を作るだけの場所に綺麗な柄タイルは勿体ないのでは? とは思いつつ。
「今から火を使うから、お前は棚の上で見てな。忠太は完成品を冷やすのに魔法を使ってくれ」
【らじゃーです】
「じゃあ、ま、始めるか」
これから作るのは、居酒屋バイト時代、バレンタインデーに常連客の女性達がくれる義理チョコに、店長がホワイトデーのお返しとして振る舞ったブツだ。かなり甘いけど、糖分は頭脳労働者には悪くないだろ。
まずは余った全粒粉クッキーを紙袋に入れたまま、適度に食感が残るよう砕く。出来たら一旦取り出して、そこにおつまみナッツ類を入れてこれも同じように砕き、ドライフルーツを加えてさっきのクッキーと混ぜる。
小鍋にマーガリンとマシュマロ、さらに追い砂糖をぶち込み、焦げ付かないよう混ぜながら溶かす。滑らかになるまで結構かかるけど、段々と塊だったマシュマロが溶け始めると、一気に室内を甘い匂いが満たした。
後ろから覗き込んでくるオニキスが手伝いたそうだったので、蔓に木ベラを持たせて混ぜてもらう。塊がなくなってトロトロになったら、紙袋のクッキー類をぶち込み、さらに混ぜて全体にマシュマロを絡ませる。
絡んだらクッキングシートを敷いたホーローバットに流し込み、力強く木ヘラで押さえつけながら平らにならす。バットの両端を布巾で掴んで持ち上げたら、ここからは忠太の出番だ。
「さ、相棒。底から一気に全体を冷やしてくれ」
そう告げればシャーロック・ホームズの衣装に身を包んだ忠太が、セットになっている短いステッキを掲げ、芝居がかった仕草でバットの底を叩く。すると瞬く間に立ち昇っていた湯気は薄れ、マシュマロがクッキーを抱え込んで固化していく。
完全に冷めて固まったことを確認したら、包丁で細い棒状に切り分けて、今から食べる分とは別に保存食用の分を、百均の英字新聞風パラフィン紙で一本ずつ包む。
「ほい、完成。簡単だったろ?」
「これなら我にも作れそうだな。しかしこの白いものは見たことがないぞ」
「この白いやつが手に入らないなら、大量の砂糖と少量の水で代用可能だ」
【あとで れしぴ おしえますよ】
「おお、それは助かるな。では頼むぞチュータ」
【はい おまかせください】
昭和の親子のやり取りの波動を感じつつ、出来たばかりのお菓子をねだるイタチの口に一本だけ咥えさせて、百均のちょっと洒落た密閉瓶に入れて蓋を閉めていると、俄に診療所の方から騒がしい足音が接近してきて。
「美味しい匂いがする! オニキス様、マリが来ているのですか!?」
おん。もしかしなくてもこいつの中で、そろそろ私と忠太の肩書きが〝ジャンク飯の人〟に変わりつつあるな。