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*7* 二人、患者を見送る(強制)。

「うん……診たところ、最初の看立てで間違いないと思う。魔力瘤の治療をしてみたことはないが、別に体内に散らしたところで病巣ではないし、本人のものだから問題ないだろう。とはいえ一気に散らしたらどうなるか分からないから、通院してもらって徐々にやっていこう」


 ダンテがモンペな蔓に目隠しと猿轡を噛まされて壁に磔にされるという、前世の特殊性癖漫画みたいになっている間に、涼しい顔で手際よく触診を済ませたエリックがそう結論付けた。心が強い。


 長くない時間とはいえ、脚の付け根にまで及んだ触診が恥ずかしかったのか、カミラは赤い顔で私が差し出したスカートを受け取って小さく頷いた。エリックが今後の治療方針を考えながらカルテを書く間、診察台の上で彼女がスカートを履くのを手伝ってやる。


 まぁ魔力瘤云々はこっちが先に見せたスマホの知識だけど、スラスラと怪しまれないように言語化出来るのは流石だ。隣にあんな気になるのがいたのに眉一つ動かさないから、私にだけそう見えてるのかと疑ったくらいである。


 ただ奥にいるオニキスも忠太からの報告で彼女の魔力を探ったのだろう。磔にしている蔓とは別の蔓がエリックに触れる場所を指示していた。精霊にしか分からない微弱なエネルギーか何かなんだと思う。


「良かった。エリックがそう言うなら大丈夫だな。なら今から治療をしてやってくれるか? 勿論治療費は彼女が支払うし、私からは貴重な休憩時間を奪った詫び飯の用意があるぞ」


「マリ、そんなことを聞かされたらやるに決まってるだろう。魔力瘤は厳密に言うと病ではないから、サクッと一度目の治療をしてしまうぞ。カミラ殿、今度は履いたままで良いから横になって力を抜いてくれ」


「わ、分かった……よろしく頼むよ先生」


 明らかに支払いよりも後半の飯に食いついたエリックを見て、若干心配そうな表情を浮かべつつも素直に従って横になるカミラ。期待と不安の混じり合う表情を見たエリックが、カルテを置いて「力を抜いてくれ」ともう一度言うと、彼女が不安げにこちらを見上げるので手を握ってやった。


 目蓋を閉じたカミラの身体から力が抜けたのを確認したエリックが、一度両の掌を合わせて目蓋を閉じる。そして聞き取れないほど小さく何か呟いた瞬間、合わせた掌の隙間から青い炎のようなものが溢れて周囲を照らした。


 一種の神々しさすら感じさせるエリックは、合わせていた両手を離し、カミラの身体でオニキスの蔓が触れた部分に順に触れていく。まずは閉ざされた彼女の目蓋に、そして脚の付け根から爪先までの数箇所に。


 青い炎に触れられた部分にはしばらく熾火の如く青白い輝きが宿り、時折脈動するように震えていたものの、徐々に広がり薄れて鎮火した。あれがエリックの一族が持ってる医療魔術なんだろう。初めて見たけどとても綺麗だ。


「おぉ……何か凄かったけど、今ので魔力は散らせたのか?」


「いや、ほんの少し刺激を与えて流れやすくなるよう促しただけだ。一気に散らしてしまうと心臓や他の臓器にも影響が出る」


「あぁ、だから徐々にってことなのか」


「そういうこと。さぁカミラ殿、ゆっくりで良いから起き上がってくれ。一度目の治療は終了だ。そこのうるさい護衛に連れて帰ってもらうといい」


 さも迷惑そうにエリックがそう発して再びカルテを手にした直後、壁に磔にされたダンテを掴む蔓から力が抜け、それに気付いた彼が自力で蔓を解いて床に降り立った。そして診察台の上で私の手を借りて起き上がるカミラを見て安堵の表情を浮かべる。


 そしてやんわり手を貸す役目を我がものにすると、やや厳しい表情を浮かべてカミラを自身の背後に隠す。最初に治療するって言っただろうに、何でこんなに警戒されないとならないんだか。思わず呆れて溜息が出たのが聞こえたのか、ダンテの背後から「治療をしてくれてありがとう、先生、マリ」とカミラの声が聞こえる。けれど――。


「治療をしたというのは口先だけではないのか。俺はその場面を見ていない。これが治療費目的の狂言ではないと誰が言える」


 目の前の大男からいきなりぶち込まれた爆弾発言に、一瞬開いた口が塞がらない。あまりにも堂々と失礼なことを言う様は前世のカスハラ客みたいだ。何なんだこいつ。コミュ障の職人達の方が万倍マシだぞ。


 その言葉を聞いたエリックも、カルテを書く手を止めてこちらに〝どうする?〟と言いたげな視線を寄越してくる。やれやれ……休憩時間を返上して急患扱いで診てくれたのに悪いことをしてしまった。


 思わず食ってかかろうと口を開きかけたが、それより先にエリックが「どうせ支払えるとは思っていない」と嘲笑含みに切り出した。


「患者本人か家族でもない部外者は治療に口を挟むな――と言いたいところだが、成金工房の職人風情が医療魔術を知らないのも当然だ。これは本来貴族にだけ施される秘術だからな。どうせ四回も治療を受ければ支払いも滞る。一回目は無料になって良かったじゃないか」


 突然の嫌味な貴族ムーブ。会ったばかりの頃より板についてる気がするけど、それだけ診療所を始めて嫌な目に遭ってきたということだろう。あとで目一杯甘やかすことを心に決め、ここは静かに成り行きを見守ることにした。


「それともお人好しなわたしの友人を利用して治療を受けに来たのか? だったら合点がいく。おまけにここまでの転移分と、商標登録許可証の発行分の代金を支払わせる算段か。トレヴィルの名も安く見られたものだが、良いだろう。払ってやる。全部で幾らだ?」


 あ、まずい。ちょっと聞き捨てならない発言が出た。流石にこっちの支払いまでエリックにさせる気はないぞ――って、ん? ダンテの表情が明らかに変わった。背後にいたはずのカミラまでも顔を出している。


 そこでふと思い出した。いつも会えばジャンク飯を期待してくるエリックが、この国だと相当有名な一族であることを。考えてみれば余計な勘ぐりをされるのが面倒で〝スラムの診療所〟としか伝えていなかった。


 でもまぁ、見た目と年齢で勝手に不信感を持ったのはあちらだ。今後は改める良い機会になっただろう。そんなことより支払いの件は止めねばと再び口を挟もうとしたら、私とダンテの間に入口に停めていたはずの車椅子が割り込んできた。押してきたのはまたお前か、モンペ蔓。


 しかし急かしてるのは果たしてオニキスなのか、先輩精霊との擬似親子ごっこという状況に音を上げた忠太なのか。モンペ蔓はダンテを押し退けてカミラを車椅子に座らせると、それなりに丁重に入口のドアを開いて先に外へと押し出し、ダンテの方は文字通り外へ吹っ飛ばされた。


 けれど無様に地面に顔面ダイブするかと思われたダンテは、見事な受け身でその危機を回避。それでも遅すぎるしくじりに焦りを滲ませた表情でこちらを見たが、エリックはそんな彼に中指を立てるという、非常にお貴族様らしくない仕草でもって告げた。


「だが今日のところはお帰りいただこう。滅多に訪ねて来ない友人と語らう時間の方が大切なのでな。金額は後日書面で送ってこい。一括で返してやる」


 次の瞬間ドアは無情に閉ざされ、振り返ったエリックは「オニキス様がお待ちかねだ」と屈託のない天使の笑顔を見せた。とはいえここで引き下がるわけにはいかない。


「あのなエリック、さっきの金の支払いの話だけど――」


「ああ、何だそんなことか。そのことなら心配しなくても大丈夫だぞマリ。どうせあの男は明日にはわたしに頭を下げにくる。医療魔術が秘匿され続けた理由を思い知るだろうからな」


 そう天使の微笑みから一転。

 お貴族様らしいドス黒い笑顔を浮かべるのだった。


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― 新着の感想 ―
エリックくんの成長を感じたくて登場シーンから調教あたりや、ジャンクめし再びのあたりを読み返してきました。 そういえば有名な一族だったしだいぶ若かったねぇ……ジャンクめし大好きの印象が強すぎて、初登場の…
エリック、すっかり初めてに出会った頃の偉いクソガキムーブでしたねwww そういえばジャンクフード好きなお貴族様でしたわ。 オニキスも昔呪った一族なのに、だいぶエリック贔屓になってますね。
ご飯に釣られるエリックにホッコリしたところで、あの失礼な物言い! 腹立つわー! ダンテは這いつくばって土下座すべきだと思います。 てか、黙って見てないでカミラも止めに入りなさいよ。 なんだかなー。 次…
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