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*5* 一人と一匹、残りの道は楽がしたい。

 あけすけすぎるエッダの言葉に苦笑した彼女は、私達三人のちょうど真ん中くらいの距離に自身の車椅子を近づけ、食い入るように樹楽を見つめてくる。たぶん鑑定眼的な能力を持っているんだろう。そうして一瞬止めていた息を吐き出し、うん、と一つ頷いた。


「やはりそのクッションは実に素晴らしい。いきなりこのようなことを頼むのは無礼だと分かっている。だがどうか私をそのアイテムの第一被験者にしてはくれないだろうか」


「ふーん、てことはやっぱりこれは断らせないための賄賂なわけだ?」


「この状況でそういう意図はないといっても信じられないだろうね。正直少しはそれも考えたけれど、どちらかと言えば市場を混乱させないためというのが本音だよ。そのアイテムはちょっと色々と破格すぎるから」


 そう口にして向けられるキラキラとした双眸。まるで断られることなんて端から考えていないような印象を受けた。ちらりと視線をエッダ達に向けても同様に感じたようだ。成程、大手の余裕ってやつか。


 再び証書の入った筒を回しながら観察するけど彼女は涼しい顔。おまけに納得してしまう理由もつけてくる。丸きり嘘じゃないと分かるものの、初対面の人間にじゃあはいどうぞというつもりもない。


 そもそもこの証書こっちが欲しいと言ったわけじゃないし。二週間地底に潜ってやっと得た素材を使ったアイテムを、押し売りされた証書で交渉に持ち込まれるなんて冗談じゃない。


「でも現状これはカミラさんの勝手でくれただけだよな」


「そうだね。そう受け取ってくれて構わないよ」


「だったら当然、被験者云々は断っても良い提案だよな?」


「…………そうだね。ああ、その通りだとも」


 余裕のある表情から生まれたほんの一瞬の間。年上の相手は上手いわけじゃないが、だからといって簡単に流されるほど不慣れなわけでもない。


 視線を下に向ければ、忠太がテーブルに置いたスマホの上で背中を丸めてせっせと何か打ち込んでいた。頼りになる相棒はもうすでに交渉の準備を始めているらしい。だったら私も時間稼ぎをするか。


 迷いなくカチャカチャとスマホの画面を叩く軽快な爪音を聞きながら、付け入られないように正面からカミラを正面から見つめる。


「隣国の職人だとは聞いていたけれど、断られるとは思っていなかった。うちの工房もまだまだということかな」


「単に私がそういう工房間の力関係に疎いだけだ。そっちの二人と違って個人事業主なんでね。というかカミラさんは工房の責任者をやってるくらいなんだから、自分でも何か作るのか?」


「ああ、勿論。君達が見たものだと魔法陣の入った鑑定紙なんかがそうだ。魔力量と魔道具の構想だけは売るほどあるよ」


 得意な話題に上機嫌で答えるカミラの声に、横から「責任者が言うと嫌味があれへんなぁ」というエッダと「現場で一番強いのが責任者って格好良いッスよね」というデレクの声が追随する。地味にこの二人も工房を転々としてるっぽいから思うところがあるんだろう。


「うちの工房の職人達は皆目利きだ。取ってきてくれる素材に間違いがあったことはない。けれどね――……叶うことなら私も職人として、自分の脚で採取に行ってみたいんだ。それでも駄目だろうか?」


 そう言って愛おしそうに車椅子の車輪を撫でるカミラさん。たぶん工房の職人達のお手製なんだろう。木工細工ならエッダの方が詳しいだろうから視線を向けると、両手で作った丸を見せられた。やっぱり車椅子自体に何かしらの魔法が付与されているみたいだ――と。スマホに向かう忠太の動きが止まった。


 その小さな身体がうんと伸びをひとつ。こちらを振り返って綺麗な紅い双眸を笑みの形に細めて、スマホの画面を指差した。どうやらこれで時間稼ぎは終わりみたいだ。忠太の方に掌を差し出せば、さらりとした絹みたいな毛並みと微かな重みが乗っかってくる。


「駄目っていうか、カミラさんからはお金にも食べ物にも困ったことのない人間の気配しかしない。だから今すぐ必要でなさそうな貴女の申し出は受けられない。これの性能を本当に必要としてるのは、身体を壊したら収入が失くなって飢える貧困層だ」


 あっという間に肩口まで登ってきた忠太の頭に頬を寄せてそう告げると、彼女はあからさまに落胆した様子で「あぁ……そうか、それは確かに……その通りだ」と瞳を伏せた。でもその姿は悲しいというより不貞腐れた印象を受ける。


 まぁそれはそうだと思う。同じ状況でこんな分かりきったことを年下に説教されたら当然腹が立つ。私もその立場にない人間の放つ正論パンチは大嫌いだ。でもこういう場面で欲しいのはそんな言葉じゃないってことを、私の小さな相棒はちゃんと理解してくれてる。


 そしてそれはきっと、エリュシオン工房の職人達だって同じだろう。やり方は強引だけど職人達はこの人を慕っているからこそ、あんなに人見知りなくせに私達を拉致したんだ。


「衣食住が足りてるんだから、歩けないくらい良いだろって話でもない。同じものがついてるんだ、歩きたいに決まってる。ただ普及させる順番を考えればってことだ。これ結構作業工程が多くて量産が難しいから。けどもしも順番待ちの列に並ぶって言うなら今から言う内容を聞いて考えてくれ」


 そう告げて忠太が用意してくれたカンペを読み上げようとした直後、(はす)向かいに座っていたエッダが「そしたらあたしは店舗の方で商品の見学でもさせてもらお」と言って立ち上がった。それに続く形でデレクまで「じゃあオレも」と席を立つ。


「急にどうした二人して。別にここで一緒に聞いてたら良いだろ。二人ともこれの素材集めを手伝ってくれたんだから」


「いやいや、オレとエッダはこの国の職人だから、自国の大工房の秘密なんて聞いても悪いことしかないんスよ」


「そーそー。よそさんの内情覗くんはお行儀悪いやん」


「気を遣わせてしまって申し訳ない。店舗の者には君達が気になったものは割引くように言ってある。好きに見て回ってほしい」


「ははは……こんな高級店で割引くって言ったって、オレ達の手が届くとは思えないスけどね」


「まぁまぁ、どのみち見るだけやったらタダやし。冷やかしに行こうや。てことやからマリ、あとはよろしくな~」


 慌ただしく席を立ってドアへと向かうエッダとデレク。けれど部屋の外に出る直前にエッダが私にウインクを送ってドアを閉めた。ふむ……これは勘違いでなかったら今までの会話の意図を汲んでくれたってことで良いのか。良いよな。


 エッダ達が退室したことでもう気後れすることもなくなったのか、車椅子に座ったまま前のめりになる彼女に向かい空咳をひとつ、口を開く。


【このもんだいの ほんしつ わかりました】

「あー……この問題の本質が分かった」


【まりょくがおおく ふあんてい まりょくづまり たいないに まりょくりゅう が できてる かのうせい】

「魔力量が多くて不安定なせいで魔力詰まりを起こしてる。簡単に言うと体内に魔力瘤が出来てる可能性がある」


【まりょくりゅうとは なまえのとおり こぶ もしくは しこり にんげんは かんじないこと おおい】

「魔力瘤は名前の通り(こぶ)、もしくは(しこり)だ。人間は感じないことが多い」


【めと あし まりょくりゅう ある】

「あんたは目と脚に魔力瘤がある」


【まりょくりゅう おおきいので じかんは かなり かかりますが てきせつな ちりょうで かいぜん もしくは かんち きたいできる】

「魔力瘤が大きいから時間はかなりかかるけど、適切な治療で改善、もしくは完治が期待出来る」


 なーんて……自信満々に言ってみたものの、実際は忠太が打ち込んでくれたカンペの内容を読み上げただけだから、詳しいことは全然分からない。ただかなり改行して足された【つづきは まりなら わかるはず】という文面の意味は、相棒としてちゃんと分かっているつもりだ。


 まず魔力量云々で効果を得られるとしたらあのポーションだけど……こっちで勝手に売るのはエドやブレントとコーディー、それと一応ローガンにも悪い気がするから教えない方が良いだろう。何よりドーナツクッションでこの反応だ。あれを出したりしたら今度こそ監禁されてしまう。


 ひとまず反応を確かめようとスマホから視線をカミラさんに戻せば、ちょっと怖いくらいにギラつく双眸をこちらに向ける彼女と目が合った。


「ということは、私の目は本来眼鏡を必要としないのかい? もしもそれが本当なのだとしたら……ああ、ああ……! 何たる僥倖だろう!!」


 いきなり提示された希望に頬を染める彼女には、登場した時の冷静なキャラ感はまるでない。半ばトランス状態な彼女の独白の真偽を忠太へこそっと「そうなのか?」と尋ねると、博学なハツカネズミは私にだけ分かるように微かに「チュ」と鳴いた。守護精霊の魔力探知能力恐るべしだ。


「それはあんたの努力次第だけど、とびきり腕の良い医者と診療所くらいは紹介するさ。このアイテムも数を用意したらその診療所に卸すつもりだし。今から王都にひとっ飛び出来ればすぐにでもな?」

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