*4* 一人と一匹と仲間達、応接室にて憩う。
馬車から降りてこれまた新手の人見知り職人達に通されたのは、広々とした応接室。そこには給仕らしき人は一人もおらず、ティーワゴンに人数分のカップと、お湯が入った魔法瓶みたいなポットと、溢れんばかりのお茶菓子が置かれていて、勝手に飲み食いしてくれという感じだった。
たぶん人見知りしかいないから、身の回りの世話をするだけの人間を雇い入れたくないのだろうが、徹底している。というか徹底して世間一般の社会人から背を向けて撤退している。
でもまぁ疲れ切っていた私達にはその方が都合が良かったので、各々好きな椅子を選んでだらしなく足を投げ出して座り、好きなお茶菓子を食べて寛ぎながら身体の強張りを解す。ラルーは小さな口いっぱいにクッキーを頬張り、レオンはデレクが冷ましたお湯を霧吹きで振りかけてもらっている。
『この度は本当にうちの職人達が申し訳ないことをしたね。あの馬車はまだまだ改良中で、お客を乗せるようには出来ていないと言っていたのだけれど。これは無茶な招待をしたお詫びの印だ。少し残っている仕事を片付けてくるから、先に応接室で休んでいてほしい』
くすんだ薄茶色にも見える金髪に、銀フレームの細い眼鏡。その奥に覗く切れ長で優しそうな紫色の目。年齢は三十歳前後だろうか?
上下黒の飾り気のないワンピースと白衣に身を包んだ車椅子の女性は、落ち着きのある掠れた声でそう言い、私達をここまで連れてきた職人二人を手招くと一人ずつ耳朶を引っ張ってから、車椅子を押させて付き添いの職人達と建物の奥へ消えていった。それが今から四十分前のことだ。
【ふむ なんどみても ごうか ですね】
「な。こっちの国だと金印捺してくれるんだ。それとも大工房だからかな」
【かも ふつうの ぎるどで もらうより とくべつかん あります】
「分かる。それを一日も待たずにポンともらえるんだもんなぁ……」
職人ギルドと商工ギルドを経由して商標登録の許可証が手に入ってしまった。許可証の真ん中には大きな金色の華が咲き誇っている。花にはあまり詳しくないし、知ってるやつよりかなり花弁が多いけどたぶんバラ。
そのバラから伸びる荊が許可証の縁を取り囲んでいるけど、ちょっと飾り文字っぽく見えるから、もしかすると何らかの文章か呪文なのかもしれない。
バラの表面がぷっくりしているから、一枚ずつ浮世絵みたいに刷っているんだろう。結構手が込んでいそうだ。しかし寝起きからここまで大体三時間。普通のお役所仕事ならちょっと信じられないスピードだ。
「ホンマホンマ。なんや馬車の乗り心地は散々やったけど、話が早ぅついたんは良かったなぁ。これで道中もしも物取りにあったら――とかびびらへんで目的地まで行けるわ」
「エッダに同意。しかもエリュシオン工房にケツ持ちしてもらえるなんて幸運、そうそうないッスからね」
ほんの四十分前まで死にそうな顔をしていたくせに、調子の良いエッダとデレクは晴れ晴れとした表情でそう言うものの、こちらとしては他国の一職人の作ったアイテム一つに対しての厚遇に驚きしかない。
しかもエッダ達からエリュシオン工房の職人が使った魔道具は、どちらもとんでもなく高価なものだと教えてもらってしまっては尚更だ。
聞けば魔法陣の方は前世でいうところの某番組、○張!なんでも○定団みたいなやつで、別の場所にいるエリュシオン工房の鑑定士に直接繋がるアイテムだったらしい。中○先生や北○先生ホットライン……凄すぎる。
もう一つ使われたアイテムはエリュシオン工房の法務部に繋がる直通便箋。どういう構造なのかまったく分からないが、魔法陣とチェック項目の書き込まれた便箋を燃やせば、対になっている便箋に内容を転送するらしい。あと受信側の便箋は光るそうだ。
受け取った法務部側はその内容を即座にチェックして、方々に手を回してアイテムを作った職人が支店のある町に到着し次第、商標登録証の発行がスムーズに出来るようにしてくれる。それ自体は実に良い。とはいえ――。
「でも何か登録の手続きの金も出してもらって、必要書類も全部手配してもらった上に、順番待ちなくその日のうちに発行って……悪い気がする」
「複製されたらヤバイ代物やって向こうが勝手に判断したんや。マリが気にすることないわ」
「エリュシオンはアシュバフ国切っての大工房だから、そこが〝これは発明した職人しか複製してはならない〟って発令したらよその工房は手も足も出せないス。たとえそれが国王であってもね」
そう言いながら卒業証書が入っていそうな、けれどそれよりもかなり高級そうな青みがかった乳白色の筒を指差すデレク。
この商標登録証をしまうためのものだが、表面に貝殻細工みたいなのが施されていて妖しい輝きを放つ。書類と筒の両方に魔法がかかっているとかで、燃やそうが濡らそうが泥まみれになろうが登録証が傷つくことはないという魔道具である。ちなみのこれの商標はエリュシオンが持っているそうだ。
正直どういう作りなのか気になるけど、それより気になるのは――。
「エリュシオン工房の権限でかすぎないか?」
【まるで おうぞくの けつえんしゃ ですね】
「確かにそういう噂もあるにはあるけどあくまで噂っスよ。同業者の僻み的な。どっちかと言えばコミュ障の集団で一人の職人を脅して値段交渉したら、あっという間に他の職人に広がって二度と商品を卸してもらえなかったり」
「次に注文しに行ったら工房はもうもぬけの殻で、道具も作りかけのアイテムも一切残さへん。おまけにそうなったら同じ街には二度と工房を構えへんので有名なんよ」
【それは てってい してますね ちいさいかみさま みたいです】
「どっちも不思議な生態なんは似たようなもんとちゃう?」
「そうそう。細かいことは気にしないで、ここは登録の手続き金と待ち期間免除で得した~! って喜んどけば良いんスよ」
全然待ち人が現れないのをいいことに、応接室内は前世のバイト先のひとつだった、テスト期間中の学生が多いファミレスに似た雰囲気になっていた。
あいつらドリンクバーでどれだけ居座るんだよ、ランチタイムからディナータイムまでって居すぎだろ。それやられると席が回らなくてバイトが客から詰られるんだよ、喋ってばっかで勉強してる素振りもないし早く帰――……、
【まり むずかしいかお どうしました】
「あ……っすぅ……何でもないよ忠太」
いかんいかん、一瞬前世の記憶に引っ張られてしまった。目敏い相棒に指摘されて深呼吸をするが、要するにあれくらい空気がだらけきっているってことだ。そろそろ誰か来てくれないと三人揃ってここで寝てしまいかねない。
流石にそれはまずいので、せめて眠気が少しでも遠ざかるように姿勢を改め椅子に座り直した直後、部屋のドアがノックされた。瞬間誰が返事をするかという短い間があったものの、結局最年長の私が「どうぞ」と告げる。
ゆっくりと開かれたドアのやや低い位置から顔を覗かせたのは、ここで待っているように言った女性だった。車椅子に座っている彼女はこちらと目が合うや、すぐに「待たせてしまってすまない」と謝罪してくれる。
慌ててドアを開けにいくと、彼女は自身の車椅子を押していた職人に「ありがとう。あとの説明は私からする。仕事に戻って」と言い、自分で木製のホイールに革を巻き付けた車輪を前へと動かす。ギギッと重い音を立てて軋む車輪。
パッと見た感じはほぼ全木製の車椅子だ。木目が違うことから種類の異なるものを使用しているらしい。背もたれも座面も柔らかな曲線を持たせてクッションもつけてあるが、長時間座るのは辛いだろう。
それでもエッダとデレク、私を含めた誰も手伝わないのは、自工房の職人の手を煩わせたくないという彼女のプライドを汲んでのことだ。
廊下と部屋との間の敷居を越えて室内に入ってきた彼女は、どこかほっとした様子で微笑み、私達三人と三匹をぐるりと見回して口を開いた。
「初めまして才能豊かな職人諸君。私は工房の責任者を務めているカミラだ。この姿でまぁ大体察してしまったとは思うが、もしもよければ話を聞いてはもらえないだろうか?」
その言葉に口の減らないエッダだけが「そらこんだけ無茶な招待されたら、理由くらい聞かへんと納得出来へんわ」と言った。