*3* 一人と一匹と仲間達、強制招待される。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死んでまう! こんなとこで死にとうないぃ~!!」
「ちょ、馬鹿、縁起でもないこと言うなよエッダ!」
「だっておかしいやろぉデレク!? こんなんもう馬車の出して良い速度やないやん! めっちゃ車体びびってるぅぅぅー!!」
「それこの馬車が自壊しそうって言いたいんスか!? エリュシュオンの馬車でそんな――そんなことあってたまるかぁ!」
エッダとデレクに挟まれて座る肩越しに見える窓の外。その景色がとんでもないスピードで流れていく。時々チラチラと見える影は、並走しているエリュシオン工房の二人が乗っている従魔だろう。
正直乗り心地は最悪なものの、乗り心地自体には既視感がある。レベッカのところの変わり者な馭者さんが乗ってたやつ。実際に馬車を引っ張っているのはあの時とは違う種類とはいえ、魔獣が牽いている。これって貴族とか金持ちの家では日常使いだったりするのか?
しかし荒くれ馬車に揺られての移動も、尻の下に敷いたドーナツクッション改(商品名・樹楽)のおかげで無重力なの? って感じだ。たぶんこの状況に緊張してうっすら発汗しているせいか、クッション性が超向上してる。
ただ私と違ってクッションの恩恵を受けられない忠太は、馬車が小石を踏んで跳ねるたびに胸ポケットの縁を掴む手に力を込めていた。尻尾はビクビクと震え、耳はくしゃくしゃに折りたたまれて頭に一体化し、毛が爆発していて謎生物感が漂う。シル◯ニアの赤ちゃんシリーズを思い出す。遊び毛でポヤポヤ。
こんな時にあれだけどまぁ要するに――とんっっっでもなく可愛い。
は? 何だよこの可愛さ。意味が分からん。加えて珍しくスマホをほしがる余裕もないらしい。その姿にポケットから飛び出さないよう押さえる私の手にも力が入る。この小さき命を守護らねば。
出来る女のラルーはがっちりとカーテンにしがみつき、レオンもデレクの袖の奥に潜り込んで耐えていた。従魔組の方が冷静だな。あとこの乗り合い馬車とは段違いなスピードのせいで、前にも座席があるのにぴったりとエッダ達に両側から張りつかれているのだが――。
「ちょっとマリ! あんた一人で涼しい顔してずっこいで!!」
「さてはそのクッションのせいッスね!? 裏切り者ぉぉぉ!!」
両側から責め立てられて耳がキーンとする。そんでもっていい加減うるさい。何でこんなことになっているのかというと、話は今より一時間ほど遡る。
寝坊してきたエリュシオン工房の二人は小さく挨拶した直後、私の尻の下に注いだかと思うと、いきなり私達を自分達が泊まっていた部屋に引きずり込み、何やら馬鹿でかい魔法陣みたいなものが描かれた羊皮紙を部屋の床に敷いて、その中心にドーナツクッションを持った私を立たせた。
忠太を含むエッダとラルー、デレクとレオンは部屋の入口で羊皮紙の上に立ち入ることを止められている。意味が分からず呆然としている間に、身体の周囲を薄紫色の半透明な円柱状の膜が頭の天辺から爪先までを覆った。
蜂が耳許を飛ぶような音がしたかと思うと、羊皮紙の余白に文字がブワッと浮かび上がり、目まぐるしく表記を変えていったものの、速すぎる映画の字幕みたいで全然内容が読めず。
けれどそれを見たエリュシオン工房の二人が感嘆の声を上げ、次いで一人がまた別の魔道具っぽいものを取り出してきて、何かわちゃわちゃわけの分からないことをしているうちに、あれよあれよと次の街にあるエリュシオンの支店工房に行くことになって――……今ココ。
「いやぁ、何か……急展開だなぁってさ?」
「だから大袈裟なんかやないって言うたやん! 言うたやんーーー!」
「もう今頃あのピアスで情報共有して、手ぐすね引いて待ってるッスよー!」
すっかり正気を失って絶叫する二人の間に挟まれていると、こっちが冷静になってしまう。これもクッションの万能感がなせるわざだろう。地底の疑似家族に感謝の念を送りつつ、暴走馬車に揺られることさらに一時間。
「うぉえっぷ……何なんここ、デカッ……」
「ひっく、うぇっ……支店の規模じゃないスよこれは……ぐっふぅ」
途中の町や村をノンストップで駆け抜けた馬車が急停車したのは、口許を覆ってえずく二人の言うように、ちょっとしたお城規模の建物の前だった。ここまでの案内役を果たした若い職人達は、馬車の中にいる私達に一礼して相棒の従魔と表玄関らしき大きな扉に向かう。
表玄関と言って良いのか、もっと他に相応しい呼び方があるのか分からない扉の両脇に立つ見張り? に話しかける職人達。すると見張りらしき人物達は慌ただしく建物内に入って行った。
その一部始終を視線で追いかけつつえずくエッダとデレクの背中を擦っていると、胸ポケットの中で蹲った忠太が「チチッ、キュー……」と不満を呟く。でも残念ながら手は二本しかないんだよなぁ。
忠太が吐いたところで被害は私の胸ポケットだけに留まる。以上の点から相棒には顎クイでポケットの縁に頭を乗せて気道確保だけしておいた。ヒゲが全部下がってる姿はえもいわず悲しげだ。あとで目一杯甘やかしてやろう。
惚れた男が弱っているとはいえ、ラルーもここは女の友情を立ててエッダの頬に励ましの鼻キスを贈り、唯一このメンバー内でマイペースを貫くレオンはすっかり熟睡していた。爬虫類って大きさに関わらず大物かもしれない。
「ほら二人とも大丈夫か? 流石によその工房の馬車で吐くのはまずいから、吐きそうなら言えよ。こういう時のために紙袋くらい用意してるぞ」
「乙女が、そう易々と、吐いて……たまるかぅ、っぷ」
「男の意地で、堪えてみせるぅ……っおぇ」
口だけは一丁前だが、これは下手に言葉をかけて喋らせる方が駄目っぽいな。仕方なく案内役の職人達の背中から視線を外し、鞄の中から非常用ゲ○袋を探って取り出して二人の手に持たせていたら、俄に馬車の外が騒がしくなって。
次いで控えめに窓を叩く音に反射的に「どうぞ」と返事をした直後、馬車のドアが開かれ、私を含めた馬車内の視線が一斉にそちらを向いた。
「ああ……これは、うちの工房の職人達が手荒な招待をして申し訳ないお客人。そしてようこそ、エリュシュオン工房のカーディナル支店へ。すぐに休める部屋を用意してあるから、どうぞ降りていらっしゃい。説明はそこでさせてもらいたい」
そう言って苦笑交じりに出迎えてくれたのは、こちらの世界で初めて見る車椅子に乗った人物だった。