*2* 一人と一匹、ついに完成? 新アイテム!
ホットミルクとクルミ入りのパン、根菜の温野菜に別料金でつけてもらったキノコたっぷりのスープ。それら秋の味覚を感じる朝食に舌鼓を打ちつつ、目の前に座る同行者で同業者の反応を見守る。
「いやぁん……何なんこれぇ……革命や……お尻の下に革命が起こってるぅ」
恍惚の表情を浮かべて甘い声でそう言うエッダ。それを見て隣に座っているデレクが若干椅子を離した。申し訳ないが気持ちは分かる。友人の艶っぽい声とか姿ってあんまり見たくないよな。
「褒めてくれてるのは分かるんだけどさ、尻の下の革命って何か嫌だな。あと朝食の席で変な声出さないでくれ」
【もろもろ こみで すでに まけてるかんじ ある】
「な。尻に敷かれるって用途自体は合ってるんだけどな」
頬が緩んだエッダを気味の悪いものを見る目で見ていたデレクも、次いで彼女から手渡されたクッションに腰を下ろした瞬間「んひぃっ……ちょ、何なんスかこの座り心地ぃ」と気持ち悪い表情になる。
作っといてあれだけど、使ってる側を端から見た時のファーストインパクト最悪だなこのアイテム。発売したら尊厳が死ぬクッションとか言われそうだ。
【種類・高度医療系ケア用品】
【名称・樹楽】
【効果・揺れや衝撃の軽減、吸収、歩行時の負荷軽減】
【持続時間・長期間使用し続けることで一部の身体障害治癒】
【レア度・☆5】
【市場価値・未知数】
【使い心地・至高。重量・程よい重さ】
残念ながらネタアイテム扱いのわりにレア度だけ高いから、完成品でも人数分のコピーが出来なかったドーナツクッション。仕方なくそれを代わる代わる進めて座ってもらった二人の表情から、この言葉がお世辞でないことが分かる。
二週間も地下で活動をした後とは思えないピクニック気分の素材収集から、一夜明けた宿屋の食堂にて。このあと乗る予定の馬車に間に合わせるために、徹夜での突貫作業に取り組んだせいで目に朝日が染みる。
昨日ようやく素材を集めてエリュシオン工房の職人達が待つ町に帰ったのは、もうすっかり日が暮れた頃だった。遠足は帰るまでが遠足で、帰宅時間と目的地からの出立時間は違うということを失念していた。
しかも待ってくれていたのは案内役をしてくれた二人だけで、他の職人達は皆それぞれ仕事があるから先に町を発ってしまったらしい。約束を違えたのに呪いのミサンガがスラングを手首に刻まなかったのは、そこまでして採取したものを見せてほしかったからだそうだ。
びくびくした態度だったもののややご立腹だった若手二人に謝罪して、宿の宿泊費用を私持ちにしたことと、出来上がったアイテムを今朝見せる約束をしたことで許された。だがそんな二人はまだ起きてこない。
「はぁぁぁぁ……ごめんマリ、ここまでの仕上がりは予想してへんかった。正直舐めとったわ。てっきり分厚い毛布敷いたくらいのもんやろて思うとった」
「長年馬車の乗り心地は悪いもんだっていう思い込みがあったッス。これが手に入れば二度と以前までと同じ気持ちで馬車に乗れない。あーもー、これから先の移動どうしてくれるんスか」
この座り心地の共有が出来て嬉しいものの、前者からは謝罪を、後者からはジト目を送られてしまった。忠太が【これが まりの ちからです あがめ たてまつりたまえ】とまたスマホに悪ノリを打ち込むが、二人は真剣に頷いている。もうハツカネズミ教とか作るかいっそ。白だから神使っぽいし。
「ま、ま、分かればよろしい。というか、今度は過大評価が過ぎるんじゃないか? 職人がそんなに簡単に評価変えちゃ駄目だろ」
「何言うてんの、マリ。職人やから柔軟な発想を常に持っとかなあかんねん」
「特に若手は。年季の入った骨董品みたいな職人は技術はそりゃあピカイチだけど、柔軟性のある人は珍しいんス。オレ達みたいなひよっ子はそこを突かなきゃ市場に出られない」
揃いも揃って掌というか、手首が柔軟だなこの二人は。だがやっぱり人間を駄目にする感触は万国共通――いや、異世界であってもそうらしい。新しい扉を開いて興奮している二人からクッションを返してもらい、自分の尻でもう一度確認する。
「あー、これこれ、これだよ。このもっちりした感触。予想通りだわ」
【わたしでは おもさ たりないから しずみこむ しないですね】
私の座るドーナツクッションの端に相席していた忠太は、自分の重さが足りないせいでもっちり感触を味わえないことが不満らしい。その小さくて愛らしい手で懸命にクッションを掴むものの、僅かに上面に爪の跡が出るだけで指が沈み込む気配もない。ハツカネズミには低反発も猛反発になるっぽいな。
落ち込む忠太の背中をラルーが毛繕いする姿は、もう可愛いしかない。思わず写真集にしたくなる。小動物系の使い魔で写真集作ったら絶対売れると思うんだけど。エッダとデレクと双子にも話をつけて写真を取らせてもらって、今度サイラスとイベントに出る時にでも一緒に並べてみるか……じゃなくて。
「あー、まぁそうだなぁ。忠太の重さでもっちりさせようと思ったら、本物のビーズクッションでも難しいかもな」
【むぅ それは ざんねん ですね】
「そう拗ねるなよ。帰ったらベッドの綿新しくしてあげるからさ」
【うれしいけど はんかちは かえないで くださいね】
せっかくの申し出に先回りされてしまった。あの最初にベッドマットを作るのに使ったハンカチ、そろそろほつれてきたから新しいのに取り替えたいんだけど……まぁ、気に入ってるならいいか。
それはさておき当初の荒縄を幾重にも巻いて固くドーナツ状に束ね、上からなめした革を巻きつけて、その上から羽毛と羊毛をこれでもかと盛ったものをアダラモの糸でぴっちり固定したものから、なめし革と羽毛と羊毛とアダラモの糸を抜いた新設計。
なめし革をすべすべしたしっとりとアモネレイの莢の三枚重ねに換え、羽毛と羊毛の代わりにロバートとジェシカ夫妻からもらった木屑を入れ、それをアダラモの糸からキリネネの蔓に置き換えて縫い止めた逸品は、前世ならSDGsで表彰される出来映えだ。
何より試作品の時から比べると格段に軽くなっている。これなら旅に持ち歩くことも充分可能だろう。ただ気になるのはやっぱりレア度だ。星が一個増えてしまったから、そうそう安値がつけられない。とはいえ仕上がりは上々だ。
「思うんやけどマリ、これを欲しがるんは冒険者だけやないで。きっと見た目を良くしたらもっと金持ちな連中が欲しがるようになる。そんでもって少しでも早く商標登録した方がええ。他国で登録したらちょい手数料が高くなるけど、次の町でしよ」
「お、大袈裟なんじゃないか……?」
「何を暢気なこと言ってるんスか。オルファネアの職人って皆そんな感じ?」
二人からのじっとりした視線を受けてたじろいていたその時、ラルーと忠太とレオンが一斉に同じ方向を向いて。使い魔のその動きにすらキョドる、お寝坊な大手工房の職人が起きてきた。