*1* 一人と一匹、シャバの空気に時差ボケる。
秋の陽射しってこんなに明るくて暖かかったのか。その恩恵を感じているのは私だけではなく忠太も同じらしく、調査のために降りた石の上で空を見上げてピンク色の鼻をひくつかせている。
プロ集団から良い素材があるかもと案内された場所だけあって、ここは確かにふわふわしたものが多い。尻への癒やしを求めるクッションの素材を探すにはうってつけの森だ。
小さい神様達の気配もどことなくよそより緩いと忠太が言っていた。森全体がゆるキャラ。森林浴だけではない癒やし効果を感じる場所だ。
そして正しくそれがあのコミュ障職人集団が、この土地を欲した理由だそうだ。曰く時々工房での集団行動に疲れた職人達が、自分の従魔と訪れるヒーリングスポットなのだとか。確かに採取するものがない場所なら人気はないもんな。福利厚生がいき届いているホワイトな職場だ。
土の匂いも葉っぱの匂いも地底とは違う。そのことで地上に帰って来たんだと安堵する一面、まだ別れたばかりなのに、早くもあの地底にいた頃の疑似家族を懐かしく感じもする。
我ながら贅沢だなと思っていたら、小鼻を膨らませたエッダがこちらにやってきた。その後ろにはデレクも待機している。なんかこの二人って時々行動が本当の兄妹みたいだな。
「なーなーマリ、これとかどう? 袋っぽいと思わへん?」
「あ、本当だ。意外と伸縮性もあるし、綿詰めたら良い感じかも」
「そやろそやろ。ラルーが上から見つけてきてくれたやつやから、どの木か案内してもらお。やっぱあの子は目利きやわぁ。うちに似て天才すぎる」
早速得意げなエッダから受け取った、茶色いストッキングを思わせるそれにスマホを翳して鑑定してみる。
【種類・(前世でいう)ネムノキ マメ科ネムノキ属】
【名称・アモネレイ】
【用途・莢果の袋を使っての濾過など。実は食用に適さない】
【レア度・なし】
【市場価値・一莢で中銅貨一枚と小銅貨五枚くらい(百五十円前後)】
成程。茶色いのは熟して中の種が弾けたあとだからか。それで食用に向かないと。莢の形は育ちきったナタ豆って感じでかなり大きい。ネムノキは前世でも見たことがあるけど、花もあれに近いものなんだろう。
「はいはい、盛り上がってるとこ邪魔するッスよ。マリこっちはどうスか? レオンが見つけてきた、たぶん針金ツル系の植物なんスけど」
「ん、これも良いな。今使ってる糸より硬いけど伸縮性が段違いだ。目茶苦茶細いから一本に見えるけど……これ、縒ってるのか」
「へへ、そうでしょ。この種類は糸みたいな葉脈の一部を変形させたやつを、自分で縒り合わせるみたいに伸びる。レオンは動きも鈍いしチビだけど、地面に近い分こういう植物に詳しいんスよ」
鼻の下を擦って得意げにそう言うデレク。相棒のこちらにも早速スマホを翳して鑑定。どれどれ内容は――と。
【種類・(前世でいう)クズ マメ科クズ属】
【名称・キリネネ】
【用途・伝統工芸品などの素材に用いられる。頑張れば葛粉が採れる。食用可】
【レア度・なし】
【市場価値・二メートルで大銅貨一枚くらい(五百円前後)。根付だと変動有】
マメ科の汎用性が凄いな……。というか頑張れば葛粉が作れるのかこれ。あの双子の店で出すスイーツメニューに使えそうだし、試してみる価値はあるかもしれない。わざわざ頑張ればっていうのがあるのが気になるけど。
「そやったらラルーは樹上のプロやな」
「だったらレオンは地表のプロになるね」
こちらが鑑定している間に、何やら微妙にお互いの従魔で勝負を始めたエッダとデレクはさておき。
ここまで案内してくれたエリュシオンの職人達は、しばらく採取を興味深そうに眺めていたものの、工房の仲間でない他人と長時間過ごすのは無理ということで、この採取地で何かあれば向こうに伝わる謎のミサンガ(?)を手首に巻かれ、夕暮れまでにあの町まで戻ってくるよう言い渡された。
ちなみに何かが起こった場合には、ミサンガから悪臭のする特殊な染料が漏れ出して、手首にネットスラングっぽい模様を残すらしい。その染料はエリュシオン工房の作った薬剤を使わないと落ちないのだそうだ。
まぁ事前にこちらが小火を起こしたり、度を越して草木類を採取しなければ大丈夫との注意書ももらったし、さっきまで二週間も地底にいたのだ。のんびり採取をしながら久々に浴びる日光に体調を合わせないと、目が眩んで仕方ない。空気の匂いまでまるで違う。気分は浦島太郎だ。
――と、頬にふわっと何かが触れる。
こそばさに視線を少しずらせば、それまで石の上にいた忠太がいつの間にか肩口まで登ってきていた。その鼻先にスマホの画面を向けると、すぐに爪の音をさせながら文字を打ち込む忠太。
動きが止まったのを確認してから見た画面には【まり しんみり さびしい ふたりが にぎやか まり うれしい】とあった。今度はこちらが読んだことを確認した忠太がスマホを欲しがったので、もう一度画面を向ける。するとまた始まるフリック入力。
再び画面を見ると【わたしも まり よろこばせる まけない】の文字。胸をそらしたって可愛いだけでしかないのに、何故か頼もしさを感じてしまうのはこれまでの有言実行の数々だろう。
「ん、期待してるよ相棒。ていうか、忠太には期待しかしてない」
内心を見透かされた照れ臭さから笑ってそう告げれば、可愛らしい頭突きが頬を襲う。温かい頭の部分とひんやりした耳が交互にくる幸せ。お返しにこっちからも頬を押し付けてみると、ドリルアタックに進化した。
ふわもふの白い毛玉と遊んでいたら、不意に「いちゃついてるとこ悪いけど、そろそろ案内してもええ?」「ラルーがいるのに見せつけるのは可哀想ッスよ」と突っ込まれて、誤魔化しの空咳をひとつ。大人しくラルーとエッダを先頭に、アモネレイの木へと案内してもらうことになった。
で――歩き続けること二十分。道中エッダの頭上にいたラルーが急に大ジャンプをかまして、紙ヒコーキのように飛んでいった先にそれは現れた。第一印象は不思議な木。第二印象は絵本に出てきそうな木だ。
「ラルーが取ってきてくれたんはこの木らしいわ」
「へえ……初めて見る木だ。ジャックと豆の木みたいだな」
「この国の固有種らしいからなぁ。ジャックさん? の木やないけど、職人連中からは靴下の木って呼ばれてて、こっちやとそんな珍しいもんでもないんよ。マリの作っとるやつ重たいやん? そやから少しでも軽量化出来るかなぁ思うて」
「そういや正式名称知らないッスね。靴下の木が名前だと思ってた」
「やっぱそうやんなぁ。もうこれが正式名称でええんちゃう?」
確かに無数にぶら下がるストッキングもどきを見えていたら、それも仕方ないかと感じはしたが、素材になるものの名前を憶えていても損はない。なので二人の適当発言に思わず「アモネレイって名前みたいだぞ」と答えたのだが……。
「初めて見たのに何で名前知っとるん?」
「この木はあくまでこっちで知られてるってだけで、特に使い道はないからそっちの人が知ってるのは珍しいッスよ」
やや驚いた表情を浮かべる二人を前に、がっつり下手を打ったことに気付く。前世同じ世界出身者と暮らした二週間で、かなり警戒心が薄くなってたことに焦り、忠太の方にヘルプの視線を投げかけると、想定していたのだろう相棒はすぐにスマホを要求。
差し出した瞬間【これが ちいさい かみさまの こえをきく ちからです】と宗教の広報担当者のような文面を打ち込み、エッダとデレクがそろって「「おおおー!!」」と素直に興奮の声を上げるのを聞いて、助かったような、そうでもないような一抹の不安を感じたのだった。