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*29* 一人と一匹、異文化交流する。

 口調が独特すぎる蝙蝠男の話の内容は想像以上に壮絶だった。


 彼は元の世界……前世から続けている錬金術のせいで、転生したこの世界でもがっつり異端認定を受けて地上で殺されかけたらしい。たぶんオニキスの主人と同じような時代背景の時に転生してしまったのだろう。運がない。


 傷だらけだった彼等はそれでも生き残る道にかけて、追手を撒くために魔獣が大量に棲むと言われていた森に逃げ込んだ。狙い通り奥に進むにつれて追手達の追跡は弱まり、ついに逃げ切ることに成功した。


 けれど問題はすでに死にかけている状態で、今度は血の臭いを嗅ぎつけた魔物達に目をつけられたことだ。頼みの守護精霊は知識特化型の非戦闘員。彼は自身と同じくらい傷ついた彼女を抱え、さらに奥へと逃げた。


 そうして逃げるうちに学者らしく観察していると、魔物達がある一定の場所を逃げている時は追いかけてこないことに気付く。けれどそこは倒木の目立つ道であったり、ぬかるんでいたりはするものの、特に見た目に差はない。ただ独特の甘い残り香がする。


 彼は守護精霊を抱えてその匂いがする道を辿り、やがて大きな坑を見つけた。形状が蟻の巣と似ていると気付いたものの、もう他へ逃げる気力はない。一縷の望みをかけて坑に飛び込み無謀に彷徨った――……わけではなく。


 ここで守護精霊が気力を奮い立たせて、案内役を買って出た。彼女の的確なナビと夜目と気配察知能力を駆使したおかげで、なんとか息があるうちに最深部まで辿り着けた。ここまでは良い。何となく読めていた展開だ。しかし問題はこの後の展開。


 最深部まで逃げ延びた頃には餓えと渇きが限界で、部屋の中に転がっていた甘い香りのする白い物体を、何なのかも分からずに食べた。あるものはふかふかもちもちとした食感で、またあるものはぶよぶよとした薄皮を破ると、中から白くてトロッとした物が溢れたそうだ。


 ――……その正体はキノコと、未成熟な蟻の卵。


 突然の珍客に気付くのが遅れたせいで、貴重な食料と羽化前の大切な卵を食い散らかされた蟻の兵士達。普通に考えれば人間だって大激怒するところだ。けれど実際の事情は少し違った。


 というのも彼とその守護精霊が来るよりも前に、他の巣の同種の蟻達に攻め込まれていて、巣はすでに終焉に向かっていたのだ。まぁ残っていた食糧と卵にトドメを刺したのは間違いないんだけど。


 そして襲われて弱っている蟻の兵士達に庇われるようにして現れた女王蟻は、地上の人間達よりも話が通じる相手だったそうだ。この場合の〝話〟は会話ではなく、空気感のようなものだという。それとやっぱり最初に感じたように、ここにいる蟻達は知能が高い。


 理解されない学問を一度死んで転生してまで追い求め、再び同じように殺されそうになった男と。同種族の他の女王達よりも穏健派であったがために、巣を存続出来なくなった女王蟻。


 兵士と卵を食糧を失い、自身の産卵機能も低下していると感じた女王蟻は、守護精霊に代わりに次代の女王蟻となり産卵し巣を守ってほしいと願い、当時蝙蝠形だった彼女はその提案を、守護対象者である男のために受け入れた。


 ただし愛し合っている男との子しか産みたくないと提案したことで、彼等は命の交換を試みたそうだ。転生してから魔法という新たな研究材料を交えたことで、男の錬金術師としての能力は、本物の金や宝石を生み出すまであと一歩のところまできていた。


 実際は権力者の欲や無知な人間のせいで、完成にまでは至らなかったみたいだけど。魔法に似た、けれど魔法とは全く異なる手法で、しかし確実に力を取り込む方法。何かこれについては色々と長ーーーーーい講釈を聞いたけど、難しすぎて爪の先程も理解出来なかったので、駄目元で忠太に説明を求めたら、


「かなり強引な手法にはなりますが、守護精霊という媒介がいれば不可能ではないかと。単三乾電池を百均の電池チェンジャーに入れて、単一電池にするみたいな話です。この場合女王蟻が単三電池で、彼等がチェンジャーですよ」


 ――という、非常に分かりやすい例え話にしてくれた。ただ共食いについて深く考えることは止めたらしく、いっそ清々しいほどの笑顔だ。


 本来あの電池チェンジャーというのは、異なるサイズの電池を使った際の緊急措置だけど、要するに食べるという行為で体内に取り込むことで、バラバラの強さの生命力を合体させたということだろう。


 繋ぎに守護精霊を使うというのはかなり驚きだが、合体時に無理がかかったのはその姿で説明がつく。大体の説明を聞き終えてから冷静になってみると、もうこの状況の何から突っ込めば良いのか分からなくなって、突っ込みを諦めている自分がいる。


 忠太も同じ心境なのか、紅い双眸は悟りを開いた人っぽい穏やかさ。元が美形だから美術館の展示物みたいだ。ハツカネズミの姿だと白いし神社とかの神使みたいだけど、それでも可愛いことに変わりはない。


「ほほぅ、今ノで理解が出来ルとは賢ィな。どレ、君たチも地上に居ヅらィ理由がァるノなら、吾輩の助手にナらなィかネ」


「あー……それなんだけど、そもそも別に居づらい理由があってここにいるんじゃないんだよ。あてにならない担当者のせいでここに来たってだけで」 


「ふ厶? ではこちラの話モ済んだことダ。次ハ君達の話ヲ聞くとシよゥ」


 そう言われて手招きされ、今度はその誘いに抵抗することなく歩み寄る。女王蟻となった元守護精霊と蝙蝠男を相手に、駄神にここへ飛ばされるまでの経緯を端的に説明した。忠太が。私だと冗長になりすぎるし要領を得ないからな。


 話を聞き終えた女王蟻と蝙蝠男は「奴等の戯レにモ困ったものダ」と、首を横に振った。しかし二人(?)から「吾輩達の時モそゥだッた」と言われ、段々とこの異形夫婦に対して妙な仲間意識が芽生え始めてしまう。


「吾輩達はソもそモ、コの地へ招き入れた奴ノ目から隠レる意味合ィもあっテ、まだ地中にィる。今更見つカッたところデ面白半分に殺サれるカ、もっと悪ケれバ、妻ヲよその雄蟻と番ワせよゥとするダろゥ」


「そっちの担当もどうしようもないカスだな。でもさ、その言い分だと見つからなかったらずっと生きててもバレないのか?」


「まァ、恐らくハな。それに招かレた時とは姿モ全くの別物で、魂モ食した妻ャ女王たちト混ざっている。何ョり失敗作ノ実験動物が逃げタとこロで、探ス研究者などおらン。見ッからナけれバ、たダのロスト。次の素材ヲ仕入れルだけダ」


 とんでもないことを何でもない調子で口にする蝙蝠男だが、結局のところその根っこには、女王蟻になってしまった元蝙蝠で守護精霊だった彼女への愛がある。そのことを羨ましいと感じる自分がいた。前世では愛し愛されなんて、薄っぺらくて腹の足しにもならない、馬鹿みたいな言葉だと思ってたのに――と。


「吾輩と妻ノよゥに種族の異ナる者同士で愛ヲ育む者に、この世界ハ狭ィ。君たチも異種族愛を貫くツもりなラば、蕀ノ道だが頑張りたまェよ」


「……ん?」


「なんっ、わたしとマリはそういう関係では――!」


「フッフフ、そゥ照れるナ若人。意識されルたメには策モ必要だ。励ムと良い。それョりも、素材ヲ探していルのだろゥ? 吾輩たチも手伝ォうではなィか」


「ですから、わたしのマリへの…ぁぃ…は、そういうのでは……ですね」


「いやィや、吾輩も妻トそゥいう時期がァったもノよ。あれハ確か――」


「だから、違、あぁもう! マリ、ちょっとあっちで話してきますね!?」


 急にうんうんと頷きながら昔語りを始めようとする蝙蝠男を、大慌てで暗がりに押しやっていく忠太。残されたのは私と異形の美女。黒目しかない彼女が小首を傾げて自身の頬に手(前脚?)を添える。


 複音声で【困った人でごめんなさいね】と聞こえてきそうな動きに、思わずここが地底だということも忘れて声を上げて笑ってしまった。直後に巣穴内に反響する笑い声に、忠太達が消えた暗がりから「ぐァあぁ!?」と悲鳴が聞こえて。


 蝙蝠男の首根っこを掴んで戻ってきた忠太がグッと親指を立てた。

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