*28* 一人と一匹、地底にて常識を叫ぶ。
はて、思ったよりもコミカルになった気がするσ(*´ω`*)???
「しかシ君は勘違いヲしてィる。吾輩と守護精霊ノ間にハ、確かナ信頼がある。生きるタめ、生かすたメに食シたのだ。お互いヲな」
「生かすためにお互いを……本当だとしても理解出来ませんし、俄には信じられません。それに何故マリに催眠をかけるような真似をしたのですか? 返答次第では許しませんよ」
殺気立つ忠太の声に段々とぼんやりしていた意識が戻ってきた。同時にそれまで感じていた冷たい恐怖感のようなものも霧散する。
――で、戻ってきたら私のせいで怪我をしたのだと理解していても、自分を傷付けることに疑問を持たない忠太の性質に若干ムッときて、思わず背後からヘッドロックをかましてしまう。
突然の味方からの攻撃に「え、あのマリ? ちょ、今は大事な話をしているところですよ?」と腕をタップしてくる忠太を無視し、諸悪の根元である蝙蝠男を睨みつければ、ギザ歯を剥き出して笑っている。こいつにもかましてやろうか……と思っていたら。
「若いのハ血の気がおォくてイかんナ。まァ良い、こゥなっテしまッては、紹介シて説明した方ガ早かろゥ。ついてキなさィ」
そう言って再び席を立ち上がった蝙蝠男は、輪郭が暗闇に溶けて見分けがつかなくなったものの、すぐに入口で聞いた岩のドアが開くような音がして生温い風が吹き込んできた。
その向こうに極々薄らと明るい空間が見えたかと思った直後、流れ込むこれまでで最大級の暴力的な香りに脳が処理落ちしそうになる。咄嗟に自分と忠太の鼻と口を覆うが、蝙蝠男はそんなこちらを気にも留めずにドアの向こうの空間へと姿を消した。
そして家主に取り残された私達は、しばらくその場で新しく出現した部屋の入口を見ていたものの、息苦しくなって口と鼻を覆っていた手を離し、顔を見合わせる。作戦会議だ。
「これって……罠だと思うか?」
「罠……マルカの家で見たDVD情報だと八割方そうですね」
「でもあいつの守護精霊を食べたって話が本当なら……気になるよな。嘘で私達を食べる気かもしれないわけだけど」
「ええ、まぁ、二割の可能性を信じるなら……気になりますね。それに守護精霊に同族殺しの罰則はありません」
「じゃあ最悪の場合は倒して逃げれば良いってことでオッケー?」
「はい。暗闇勝負にはなりますが、私もネズミの端くれ。蝙蝠に遅れを取りはしませんよ」
キリッとして答える忠太だけど、そこは守護精霊の格の違いとかではないんだな。忠太レベルの活躍でネズミの端くれってことは、最上級はランドのあれなんだろうか、などという下らない感想は置いておいて。
「頼もしいな。でもその手だともしもの時に心配だ。手当してから行くぞ」
「では、少々お待ち下さい」
そういうや傷を負った方の掌に無傷の手を翳した忠太が「₫℘₪₣₰▲₪φ₣℘」と囁けば、次に手を退けたそこに傷など影も形もなかった。治療出来る傷口の大きさは自分の身体のサイズまで、だったか。今だともう治療出来ない傷の方が少なそうだ。
「さぁ、これで大丈夫ですね。行きましょう、マリ」
穏やかな声音と共に差し出される手に条件反射で自分の手を重ね、どちらともなく頷き合い、甘ったるい香りを垂れ流す空間に足を踏み入れた――が。足が地面に取られて転びそうになる。忠太が引っ張ってくれなかったら顔面からいっていただろう。
「何だここ、地面がめちゃくちゃ柔らかいぞ!?」
「この感触、まるで発酵途中のパン生地みたいですね。モチモチしてます」
今まで歩いていた地面よりも格段に柔らかい。あと空気が梅雨の時期くらいじっとりしている。私達が驚きの声を上げていると、奥からギャギャギャッとあの不快な笑い声がした。
転けかけたところを見られていたことが恥ずかしくて、思わず声のした方を睨みつけたものの、視線の先にいた生き物を見て動きを止めてしまう。そこにいたのは蝙蝠男と、奴よりも四頭身ほど背の高い……蟻と呼んで良いのかかなり悩む姿の何かだった。
「ご覧、君。ァれが最近この巣穴ヲ騒がせテいた吾輩達の後輩ダ」
そうどこかおかしそうな響きを持つ蝙蝠男の言葉に頷くのは、上半身は顔だけ出した黒いウェットスーツに身を包む美しい女性、下半身は巣の中を闊歩していた蟻達と同じという姿の謎生物。
彼女はこちらの視線に気付くと軽く会釈をしてくれた。見た目の癖が強すぎるけど知能がある。そんな彼女の足元に無数にある繭型のあれは、たぶん卵だ。そこから導き出される答えは一つ。
彼女こそがこの巨大蟻塚の主たる女王蟻だろう。だとしたらこの甘ったるい香りは彼女の放つフェロモンで、フワモコの床の正体はキノコだろうか? 私を庇うように前に立った忠太から殺気は感じられない。ただ背中から隠しきれない困惑は感じる。
彼女は他の蟻達と同じく言葉を発することは出来ないのか、蝙蝠男の肩を撫でて意思の疎通を図っているらしく、蝙蝠男の方は何度か頷いたり、言葉をかけたりしていた。しかも気のせいでなければ、そんな光景を見守るしかないこちらをよそに、完全に二人の世界感を出している。
遠目に見る黒い瞳には白目がない。そのせいかやたらと潤んで見えて綺麗だ。異形だというのに蝙蝠男と並ぶと彼女の方が美しく見える気さえする。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、忠太が振り向いて「マリ、彼女の魅了にかからないよう気をつけて下さいね?」と釘を刺された。あー……成程、これがフェロモンの効果か。
蝙蝠男と女王蟻は話がまとまったのか、こちらに向かって手招をきした。けれど「話ならここでお聞きします。どうぞ始めて下さい」と忠太が言うので、蝙蝠男はフッと笑って。
「そう気負ゥとコろが若いとィうのダ。けれどまァ、我々はこノ姿だかラな。デはここかラ紹介しョう。彼女が吾輩ノ守護精霊であり、愛シい妻ダ」
芝居がかった仕草で紳士の礼をする蝙蝠男の肩を、口元を隠した女王蟻がバシバシと叩く。たぶん照れてるんだと思うけど……会話内容の重要性と緊張感を惚気られるストレスが追い越していく。何を見せられてるんだ。
「あの……わたし達はそういう冗談を聞きたいわけではないのですが。そもそもお見受けしたところ彼女は蟻だ。その点、貴男の姿は蝙蝠。本当に食べたと言うのならば、どちらかの姿が外見に残るはずです」
「冗談ナものかネ。吾輩達はお互イを食しタとも。尤も、その前にこノ巣に棲ンでィた女王と卵ヲ先に食シたが。その後はォ互いの心臓ヲ食べさせアった」
「ちょっと待て。情報量が多い。先に女王蟻と卵を食べた? 何でだよ? ゲテモノ好むにしてもほどがあるだろ」
「食べルことデ、コの巣ノ新たナ主になれト言わレたからダが……説明ヲ聞く気があルのなら静かにシたまェ。まず前世で人間だった頃の吾輩ハ、名の知られタ錬金術師だッたのだが――、」
「だからストップ! 待てってば!」
「心臓を食べさせ合うって何ですか、発想が怖い! 何で精霊よりも命の冒涜への抵抗が薄いんですか!?」
あまりに狂った情報が錯綜するせいで攻撃的になる私達を宥める人外。もうどこから突っ込めば良いのか分からない地中で、常識を喚き散らした私と忠太は悪くない。これは絶対だ。