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*25* 一人と一匹、大きなものにはついて行こ。

 ちまちま、ちまちま。

 もくもく、えんえん。


 段ボールを作業台代わりに工具や金具を広げ、手芸用ルーペとLEDランタンの明かりを頼りに本日作るのは、絵本の世界観を持たせたアンティーク調のアクセサリー。


 昨日手に入れた何かの種を加熱したら、ポップコーンみたいに弾けて中からチェコビーズみたいな核が現れたのだ。色は加熱した時間や種の成熟度合いによるらしく、バラつきがあるものの総じて美しい。


 それに百均のレジン用ドライバー(手動)で一個ずつ丁寧に穴を開け、テグスに通して花台と金具で留めるだけ。単純だけど編み方を変えれば、スワロフスキーも顔負けのゴージャスさが出せる――……んだけど。


「え、忠太何それヤバイ。どこの舞踏会に出席なさるおつもりだよ」


 久々の本気DIYに熱中しすぎて手許から顔を上げなかった間に、段ボールの上にビーズのナイアガラが出来ていた。自身の身体の何倍もの大きさの作品を生み出したハツカネズミは、こちらの声に手を止めてドヤァと口角を上げる。


【んふふ まりーあんとわねっと いしきしました】


「い、いつの間に……お伽話のイメージでって話だったじゃんか。史実の実写バージョンはズルいだろぉ。私の作ってるのと温度差が激しすぎる」


【まりのも かわいい もちーふ おやゆびひめ ですか】


「ん。話自体はうろ覚えなんだけど、チューリップっぽい花台にしてみた。あとで仕上げにツバメのモチーフと、モグラのモチーフをつけるつもり。でもフリマ画面で忠太の力作と並べたら素朴すぎるかも」


 フリマサイトのマイページに並べて載せるには温度差がありすぎだ。ここのところビーズを使う頻度が下がっていたから、腕が鈍っているのかもしれない。そんな一抹の不安を感じて自作に視線を落としかけたら、忠太が「チチチチッ」と鳴いたので視線をそちらに向ける。


 すると忠太は編みかけの端の部分をくるりと玉留めにして、大きく伸びの運動をした後スマホに向かって猛然とフリック入力を開始した。時々脇腹を押さえているのは、長時間同じ体勢だったから攣ったのだろうと推測される。


 最後にノマドワーカーだったら〝ッツターン(EnterKey)!〟で〆た。見直しが済んだ文面をこちらに向けてくれたので、細かい作業で酷使した目頭を揉んでから覗き込む。そしてその文面に唸らされた。


【これは さいとの とっぷぺーじ のること もくてきに つくりました せいさくしゃの うでまえみせる うれるのは ふだんづかい ですよ】


「サイトの特性と客の購買意欲を煽る戦略まで考えてるとは……凄いなお前」


【まりの さんぼうとして やくにたつ しょぞん】


「ありがとう参謀。だからそろそろ今日の探索に出かけよ。つい熱中しすぎたけど、もう十時だ」


【では かたづけて すぐに しゅっぱつの じゅんびを しますね】

 

 スマホの時計を指差して告げると忠太も今気付いたようで、慌ててそう打ち込むと、画面を昨日まで歩いたマップの頁に切り替えた。スマホのカレンダー機能を信じるなら、もうかれこれ一週間潜っている。


 陽の光も風も鳥の声もないここでは昼夜が分からないため、生活リズムはスマホ頼りだ。そんな限られた環境で分かったのは、あの蟻の種類がハキリアリの一種だということと、本当に知能が高い魔物だということである。


 ハキリアリとは自分達の巣の中で農業を行う種類の蟻だ。名前の通り切ってきた葉っぱを畑代わりに、主食となるキノコを育てる。しかし働き蟻の彼女達がそのキノコを食べることはなく、女王と幼虫がほとんどを食べてしまう。


 しかも女王蟻は二十年も生きて子供を生み続け、働き蟻は厳しい労働の結果三ヶ月で死んでしまう。そんな超ブラック企業みたいな社会だ。どっちの立場が良いかなんて本蟻達にも分からないに違いない。


 だからなのか私達が特に巣に対して害意がないと分かると、爆竹を鳴らしたり、発煙筒を焚いたり、ミント水の入りの風船を投げつけてくる輩とは関わり合いたくないらしく、こちらが足下を通り過ぎるまでじっとしてくれる。


 なので襲われる心配もなくなってきて、いよいよ居心地が悪くない状況になってきてしまうと、目新しい素材を前にすぐに正解を出して地上に戻るのも、何だかちょっと勿体なく感じたりしないでもない。


 しかしこうしてがっつりDIYに熱中出来るのは良いことだけど、ここに来たのはあくまでもドーナツクッション完成のためだ。引き籠もって新作をフリマサイトに載せまくっている場合ではない。


 まぁちょっとこの転生初期の頃の感覚は今となっては貴重だし。地上での時間経過はないらしいし。新製品の評判と売上悪くないし。探険家みたいで楽しいから嫌ではないんだけど。


 最初の頃はすぐに帰れるだろうとたかをくくって、三食菓子パンやインスタントラーメンで済ませていたものの、薄暗がりで段々と気持ちが沈んでくるのは地上の生き物として仕方ない。


 せめて食事は栄養とメリハリをつけるよう気を付けて、昨夜は豪勢に黒毛和牛の焼肉にした。最近の百均は百円ではないにしろ、使い捨てのバーベキューセット(炭込み)まで売っているんだから驚きだ。半分くらい可燃だから、駄神に払うゴミの処分ポイントも減らせる。


 あとこの拠点も初日の頃から地味に移動している。結構潜るのにいちいち引き返していたら、いくら世界で一番売れてる二輪車でもガソリンが勿体ないからだ。忠太も探索時以外はこうして省エネ運転(ハツカネズミ)だし。


「あぁそうだ、せっかくだしさ、今日は昨日小さい神様達の意見が分かれたところまで行ってみないか?」


 バイクのエンジンをかけながら提案すれば、段ボール箱の作業台に作りかけのものを片付け終え、守護精霊ポイントを使って人型になった忠太が「ああ、あの三叉路ですね」と頷く。 


 吹き上がり音を確認してヘルメットをかぶりつつ、スタンドを蹴り上げてシートに跨ると、自分用のヘルメットを手にした忠太が近付いてきた。


「そう、その三叉路。あそこまではずっと一本道だったのに、分かれ道だったせいで案内してくれる小さい神様達が揉めただろ。ならせっかくだし全部の道をひとまず辿ってみないか? それで危なそうなところは装備を見直して、明日早めの時間に挑戦しよう」


「ええ、わたしもそれが良いと思います」


「よし、じゃあ今日の予定は決まりな。それかぶって後ろに乗ってくれ。安全運転するからさ」


「は、はい……よろしくお願いします」


 初日に飛ばしすぎたのか、一週間経っても二輪車の後部席には慣れないのだろう。緊張した表情のままヘルメットを着用した忠太が、鞄をさげて遠慮がちに腰に腕を回してくる。その腕をもう少し強く巻きつけるように引っ張って、勢い良く拠点を後にした。


 五分ほどで三叉路に到着すると、一番甘い匂いの薄いところから順番に奥へと進む。すると三本のうち二本は割とすぐに何の部屋か判明した。まだ新しいキノコが管理された農園だ。敷き詰められた果皮や果実の発酵が浅いために匂いが薄いらしかった。


 働いている蟻達がこちらに気付いて動きを止めたので、軽くクラクションを鳴らして低速で足下を通り過ぎさせてもらう。トットットット――と、軽快に私達が走り抜けた後は、またちょうど良い大きさに切った葉を畑に並べる作業に戻っていく。生態を知るとその勤勉さが切ない。


 背後で忠太がザラザラと業務用スーパーで購入した飴玉をバラ撒く。カラカラと硬質な音を立てて地面に転がる飴玉が、どうかほんの少しでも彼女達の慰めになればと思う。


 最後に残された一本の通路を走っていくと、これまでとは比べ物にならないくらい甘い匂いが濃くなった。そこで一旦バイクを止めて相談すべく後ろの忠太を振り返る。


「なぁ、もしかしてこの先って女王蟻の部屋だと思う?」


「かもしれません。もしくは幼虫を育てている部屋でしょうか。どちらにせよかなり深くまで潜って来てしまったようですね」


「やっぱりそうか。潜りすぎたかと思ったけど……小さい神様達があの坑の奥に素材があるって?」


「はい。ですがこのまま向かうのは危ないかもしれません。駄神の罠かも」


 ここへきても駄神への信頼のなさがキラリと光る。転生者の醍醐味とかってあれが引っかかるんだわ。通路のど真ん中で審議中になっていると、ふっと頭上に影が落ちてきた。


 見上げるとそこには口に何かを咥えた働き蟻。彼女はこちらを気にすることなく通過して、悠々と奥へと進んでいく。


「……見た感じ、食事を運び込んでいるみたいですね」


「だな。ついて行ってみるか」


 とりあえずはまぁ、大きな生き物の後をついていくことの安心感に身を委ねてみることにする。

 

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― 新着の感想 ―
こんなところで(こんな時だからこそ)DIYに本気になっていたり、蟻たちに関わりたくないなと思われていたり(?)、社畜さんたちへの配慮(飴玉)していたりと楽しかったです。 そしてハキリアリ(っぽい蟻っぽ…
蟻と馴染んでる…! そこまで仲良くはないか(笑) ビーズを持つ忠太♡(*´艸`*)
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