*22* 一人と一匹、観察しましょ。
明けましておめでとうございます(*´ω`*)
間抜けな詠唱に反応して展開される結界。その直後に轟音と共に少し離れた場所の岩盤が突き破られ、飛び散った岩が結界にぶつかって粉々になった。あと少し反応が遅れていたら大怪我をしていたところだ――ていうか。
「うわー……なぁ忠太、あれって見た目通りの生き物だと思うか?」
【みためは あり ですよね】
「なしよりのありだよな」
【しってるのと おおきさ だいぶ ちがいますが】
黒板を爪で引っ掻くような不気味で不快な音の正体は、まさかの蟻。
しかもちょっと通常のよりも大きくて、岩を噛み砕けるくらい頑強な顎を持ってるけど。見た目はなしよりの蟻。でも知ってる蟻とは全然真逆。いくら異世界だからって、象並にデカイ蟻が存在していいわけないだろ。
蟻と象のことわざで何か良い感じのこと言ってたのがある気がしたけど、残念ながらそっちは全然出てこなくて。代わりに象は蟻の存在とかどうでも良いけど、蟻は象を気にしてないと踏み潰されて死ぬ――とかって当たり前な方の感想が出てきた。
巣の拡張作業中だったみたいだが、進路上に結界が現れてずれていなかったら今頃は岩の下敷きになっていただろう。半径三メートル圏内の安全、悔しいけど大事だな。しかもパッと見た感じ、向こうからこちらの姿は見えていないようだ。この結界ステルス機能もあるのか。
【まり れいせいで すごい】
「まさか。忠太が拠点って教えてくれなかったら、さっきので死んでたとこだよ。だからこの場合冷静で凄いのは、私の小さな神様。お前だよ相棒」
心の底から出た私の言葉に照れたのか、いきなり忙しなく毛繕いし始める小さなハツカネズミ。耳がいつもより赤く見えるのは、一時的に血行が良くなっているからだろう。
可愛い忠太の念入りなお手入れが終わるまで待つ間に、巨大蟻達を観察しようと視線をやれば、さっきぶち破った岩盤を咥えて来た道(穴)を戻っていく。
バイト先のホームセンターで見た夏休みの自由研究キットの知識だが、あれは巣穴の外まで捨てに行くらしい。そのせいで蟻の巣の周りは土が盛り上がっているんだとか何とか。巣の拡張で出るゴミを溜め込まないとか意外と賢い。
時々触角でお互いの身体に触れているけど、ボディーランゲージ系の会話方法なのだろう。蟻が鳴くとか聞いたことないもんな。でもまぁ象よりデカイし、魔物なら声帯くらいあってもおかしくなさそうだが。
巣を拡張しているってことは、ここは何かの部屋になるんだろうか? 駄神は転送先にいるある生物の作るものが、ドーナツクッションに最適の素材になると言っていた。だとしたらここに運び込まれる物がそうなのか? それともどこまで続いているか分からない巣の別の部屋?
後者だとかなり厄介だ。この巣がまだ新しいものならいいけど、違うなら相当部屋数が増える。駄神は地上の時間は気にしないで良いと言っていたが、そもそも陽の光が射さない場所に長くいたいものじゃない――と、そこであることに気付いた。結界の中が明るいのはそういう仕様として、それとは別にこの巣の中、仄かに明るいのだ。
勿論陽の下みたいにはっきりものが見えるとかじゃなくて、岩壁がほわほわと輝いている。壁から離れると真っ暗なのだが、逆を言えば壁沿いに歩いていれば割と明かりいらずだ。蟻の反応速度や感知能力なんかは、この結界から出てみないと分からないな。
最後の蟻が部屋から出ていき、目視で出来る情報収集が完了したのと同じタイミングで、忠太の毛繕いも完了したみたいだ。怒りのブレイクダンスで汚れていた毛が真っ白のツヤサラになっている。
【おまたせ しました】
「いや、そんなに待ってないよ。それに私の方もちょうど情報処理が終わって、これからどうしようか相談しようと思ってたとこ」
【さすがまり じょうほう きょうゆう させてください】
「ん、まずこの場所についてなんだけどさ――」
しばし両手を握りしめ、ヒゲをひくひくさせるハツカネズミと情報を共有する。考えてみれば忠太の方が目端が利くのだから、私が得た情報なんてほぼ理解していただろう。でも片方が片方に頼り切りにならないよう、真剣に頷いて話を聞いてくれる忠太が好きだ。
全部の情報を共有し終えたところで【まずは ありのす けいじょう しらべて どんな ありのしゅるいか すいりして みましょう】と忠太が提案してくる。知恵泉すぎる。
キットのうろ覚え外箱情報では心許ないし、幸いスマホの検索機能は生きているっぽいので早速調べたのだが――検索を始めてすぐに駄神が嘘つきクソ野郎だということを再認識した。どこまで自分の株を下げるんだあいつは。
「へぇ〜蟻の巣って貯蔵庫らしい貯蔵庫ってないんだ。知らなかった」
【すのいりぐち すぐ かいたいじょうと ごみすてば ありますね かなり しすてまちっく】
「だな。えーとそれで〝通常解体した食料は蜜胃と呼ばれる胃袋に収納して、仲間に口移しで与えるって〟書いてあるけど……だったらさ、これ、持ってくる素材ってないんじゃないか?」
【もしくは かいたい されるまえ ねらうとか でしょうか】
そう打ち込んだあと、画面を切り替えて蟻の巣の図解とにらめっこするハツカネズミ。佇まいが知的な博士みたいだ。とはいえ捕食される側になっていることもあって、入口の真横にある二つの部屋が禍々しく思えてきた。
ゴミ捨て場に人間の一部が転がっていないとも限らないんだよなぁ。肉食にしてもせめて類人猿系じゃないのにしてくれ。
「獲物を前にして血の気が多くなってる連中のど真ん中に飛び込めってか、あの野郎。生き残らせる気なくない?」
【やつにとって ごらくだと いうこと わすれては ならないです】
「シバきたいわ〜、またあの白い空間に行くことがあったら絶対シバく」
【そのときは とめないので めいっぱい やってください】
通常の蟻の巣は出入口が大抵二つかそれ以上、基本的に伸びる道は部屋に通じる分岐点を除けば一本道。横長な個部屋をいくつも作っていくものの、巣の地面に近い部分は解体場とゴミ捨て場。
地中に深くなっていくにつれて卵、幼虫、蛹といった重要なものを入れておく部屋になり、最深部よりやや上に女王蟻の部屋があるらしい。ただこれが忠太が二つ目に提示した種族別になると一気に話が難しくなる。
忠太もそう思ったらしく、少し悩んだ様子でスマホに【いがいと ちょうきせん なるかも】と打ち込む。
「だなぁ。でもま、とりあえずこの部屋出て巣の内部を見ないことには、あの蟻の種類が分かりそうにないし、行ってみるか」
【まって だめ まりあぶないの いやです まりは ここにいて わたしが みてきます】
「それだと忠太が危ないだろうが。絶対に嫌だぞ」
【あのおおきさ にんげんより ちいさいねずみ おいかけ にくいはず まりは ここで なにかつくって まってて おねがい】
「いや、むしろそれだよ。自分の身体の大きさ考えろってば。こんな大迷路みたいな場所でその小さい身体だと、どれだけ走るんだって話だろ。行きは良くても帰りはどうするんだ? 見つかって逃げるにも、体力使い切ってたらそこでゲームオーバーだろ」
【でも でも】
こちらの言葉に必死に食い下がる忠太。焦ってフリック入力する手にも力が入るのか、カチカチと爪の音が耳につく。たぶん解体部屋とかゴミ捨て場の想像が、私と同じようなものだったんだろう。
最悪ドーナツクッションのためにここでバラバラ死体になるかもしれない。そんな格好の悪い未来はごめんだ。でもそれよりもっと嫌なのは忠太と離れ離れで死ぬことだ。
「そんな深刻にならなくて大丈夫だって、私に考えがある。忠太にはそのサポートを頼みたい。てことで、まずはスマホ貸して。エッダ達がいないから久々に二人だけなんだ。色々人目を気にせず買い物しようぜ」
実はこの状況にちょっとワクワクしているとかって言ったら、忠太は呆れるかもだけど。謎解き逃走ゲームって無理ゲーなほど燃えるよな?