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*21* 一人と一匹、初心忘れるべからず。

 ――ジジ、ジ、パチン。

 

 エッダとデレクとの雑談に花を咲かせていた耳元で、まるで電球が切れる瞬間みたいな音がして。次の瞬間にはもう、地を踏む足の裏側に感じるのは柔らかな土でも草でもなくなり、直前まで頬を撫でていた風も消え失せていた。


「……あ?」


 完全に油断していた。最近能力値が以前よりは上がりにくくなってるから、存在意義をなくしかけていた駄神。奴の面倒臭さをどうして忘れていたんだろうか。平和ボケが悔やまれる。


 さっきまでエリシュオン工房の二人に案内をしてもらい、素材になりそうな原生生物の棲家付近に連れてきてもらったのだが、その時いきなりスマホが震えた。空気を読まないメールの相手は勿論駄神である。


 工房の二人もエッダとデレクも立ち止まった私に気付いていなかった。どうせ下らないメールだろうから待たせるのも悪い。


 さっさとメールの内容を確認して四人のあとを追えば良いと気楽に考えていたのに、いつの間にか見知らぬ空間にご招待されていた。まぁこういうのは前にも度々あったから、別に今さら慌てる必要もない。


 見たとこ枯れた大樹の虚とか、鍾乳洞みたいな感じだ。触ってみると意外にすべすべしていてほんのり温かい。サイラスの肌に似た感じではあるけど、あれよりは自然物っぽい荒さがある。


 一応上を見上げてみるも、そこに落ちてきた穴のようなものはない。同質の天井らしきものが見えるだけだ。落下した感覚もなかったから、どちらかというと転移に近い移動方法だったと考えるのが自然だな。


 所持品は――無事だった。もう愛用して二年と少し経つ、どこのだか分からない中学校指定のナップザック。重さが変わっていないから中身の円座とその他の道具類も大丈夫だろう。


 何より直前まで肩に乗ったままだった忠太がいなくなっていないことにホッとしつつ、スマホを向けたところ【いったい ここは どこなんでしょう】と、至極当然な疑問が打ち込まれていた。


「さぁな。でもメール受信の直後だし駄神の仕業だろ。あ、読み上げさせるから、ちょっとだけスマホ貸してくれな」


 そう言うと肩で身備える忠太。どんな内容でも驚くまいという強い意思を感じるけど、たぶん一瞬でその意思は打ち砕かれるだろう。悲しいかな、何となくこれまでの経験則からそんな気がするのだ。


『善人、凡人、極悪人、ようこそ人類。わたしこと四畳半の錬金術師☆ナイトメアのチャンネルへ――と、お久しぶりですねマリさん。お元気ですか? しかし水臭いですね。素材のご相談ならわたしにして下さればよろしいのに。簡単に他人を頼っていては成長出来ませんよ。わたしを楽しませるためにも、もっと無様に脳みそ絞って生きて下さい』


 読み上げられていく内容は、やはりというか物凄く腹立たしい奴の暇潰しについてだった。というか開始早々煽るなこいつ。しかもだいぶVTuberとして慣れてきたせいか、煽り方がコメント欄を賑やかすタイプに変化している。


 前々から思っていたが、こいつは文明の利器を手にさせては駄目な奴だ。元からの性格と新しく作り上げたキャラクターが悪魔合体していやがる。


『時には心を鬼にして抜き打ちで生存本能を刺激しないと、脳筋のマリさんはこの転生最大の醍醐味(・・・・・・・・)を知る前に死んでしまいそうですからね。そうならないよう、隣にいる最弱クラスの守護精霊もしっかり聞くんですよ。守秘義務も守れないげっ歯類』


 一旦精神衛生上のことを考えて読み上げを停止すると、忠太が悔しさからか、せっかくの綺麗な毛が汚れるのも構わず地面で転げ回っていた。カヤネズミカラーになる前に抱き上げて汚れを払ってやるが、怒りが収まらないのかうごうごと身を捩って暴れる。


「よーしよし、自分に甘い奴の言葉なんか気にするな忠太。大方前に動画撮ってこいって依頼したやつを私に喋ったから、その嫌がらせだって」


 不憫可愛いのは忠太の売りの一部ではあるが、今は不本意だろうなと思って心にしまっておく。けれどそこだけやたらとオジサン構文気味にデコられている転生最大の醍醐味って、一体何のことなんだろうか。どうせろくでもないことだとは思うが少し気になる。


 尻尾を鞭の如くしならせて猛抗議する忠太の背中を撫でつつ、再び読み上げボタンをタップした。


『答えから言うと転送先(そこ)にいるある生物の作るものが最適の素材ですよ。久々に貴方達二人だけで攻略してみて下さい』


 そこは教えてくれるのか。てことはろくでもない案件だな。これで安心材料が一つ減った。駄神のこの手の話は先に情報が出てきた方が危険だ。緊張で乾いた口内を潤そうと無理やり唾を飲み込む。


『ヒントはとても凶暴で顎が強くその牙には毒があり、群れで行動します。普段は特殊な樹液を吸うのですが、お肉も食べるので注意して下さい。正解の素材が採取出来た時点で地上に帰してあげましょう。地上との時間差は気にしないで良いですから、ではこれまで作った道具類やその魔石ブローチを使って、死なない程度に採取を頑張って下さいね』


 メールの内容はそこで終わっている。いつも通り一方的でふざけた馬鹿野郎だ。わざわざ地上に帰してやると言ったからには、転移魔法で飛べなくなっているのだろう。調べてみたら案の定使用制限がかかっていた。


 すぐに何がどれだけ制限されているか確認してみたところ、スキルのうち使えるのは【ここを我がキャンプ地とする!】とフリマアプリだけだ。


 特種条件クリアオプションで入手した【守護精霊の能力育成】【異世界思念のポイント化】【異世界食材入手での身体強化】【鑑定眼】などのスキルには制限がかかっている。


 ライブラリー閲覧と商品カタログ作成が使えないのは痛い。でも野営が安心して出来るだけマシだと思っておいた方が良いか。幸いにもだだっ広い平地が多いし、最悪これがあれば何とか生きられる。


 けれどここまできて振り出しの頃に戻ったみたいだ――なんて暢気なことを忠太と話し合おうとしたその時、どこからか複数の何かが硬いものを引っ掻くような不気味な音が響いてきて。


 ――そういえば肉も食べる毒持ちの群れはどんな生き物なのか?


 フリーズしていた私と違い、冷静な忠太が【きょてん】と打ち込んでくれたことで、慌てて「ここを我がキャンプ地とする!」と叫んだ。

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― 新着の感想 ―
転生最大の醍醐味ってなんだろうな…… きな粉をまとう餅のごとく茶色くなっていく忠太のかわいさよ……駄神の煽り散らしにグワーッとなっているのはともかく。 ハラハラな展開にドキドキです!
忘れた頃にやって来る(笑) 忠太ーーっ!(*´艸`*) 悔しさで転げる忠太、良き!!!Σd(≧ω≦*)
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