*20* 一人と一匹、戦いにならんわ。
忠太が自分の胴体ほどもあるクルミを、向こうの集団の足元に照準を合わせてテーブルから勢いよく突き落とす。スローモーションのように落ちたクルミはカツンッ、カッカッカ……ココココンとリズミカルに転がって良い感じの場所で止まった。
今後の打ち合わせをしていた集団は、足下に転がってきた一粒のクルミに視線を投げる。それもちょっと不自然なくらい一斉にだ。何かの光景に似てると思ったら、海外のB級ホラー映画のゾンビの動きにそっくりだった。
一瞬怯んだものの、転がしてしまったらもう拾いにいくしかない。
同じ異様さを感じたのかやや緊張気味の忠太を肩に乗せ、スマホのカタログで取り出した交渉に使用する商品をあずま袋に詰め、舐められないよう駄神にもらったアレキサンドライトのブローチと、学園のダンジョンで発見したサファイアのブローチを胸につけて席から立ち上がる――が。
こちらがテーブルに近付いていくと、職人集団は徐ろに一脚の椅子を空け、その椅子を取り囲むようにして他の椅子に座った。これあれだろ。容疑者を尋問する形じゃん。そのくせ誰も話しかけてこないのは何なんだ……?
歓迎というよりは圧力を感じると思って、顔を見たら全員目がガンギマリすぎる。何人かはもう財布を握っている状況なの怖すぎるんだが。何故こんなことにという疑問は、肩口からスマホに飛び移った賢いハツカネズミの【このはんのう ぴあすの こうか ですね】という回答で解けた。
「あ、あー……向こうの席にいる時点ですでに探知されてたってこと、か?」
一番近くにいた女性の職人に声をかけると、小さく頷かれた。キョドり方が酷いのは私の目付きのせいだろう。最近忘れかけていたが、怖がらせるつもりはないので距離をおく。すると忠太が女性に向かって上目遣いにクルミを差し出した。お近づきの詫びクルミだ。
純白の紳士にそんな風に出られた女性は、ほんのりと頬を染めてクルミを受け取った。その様子を見た他の職人達がジリ、と距離を詰めてくる。でも話しかけてはこない。そのくせあずま袋とブローチを見つめる視線だけはギラついているものの、いざデュ○ルスタンバイ! したら死にそうな顔色である。
「えーと、こんにちは。私達は隣国からこっちの知り合いに会いに来た魔装飾具師だ。このアイテムを完成させたいんだけど、なかなか良い素材が見当たらなくてね。それで誰でも良いから相談に乗ってくれないかなーって。勿論タダでとは言わないから」
独特の雰囲気に気圧されつつそう言うと、集団は一度こちらに背を向けて円陣を作った。一昔前にアスキーアートで見た〝審議中〟というやつだろう。忠太の背中を人差し指でなぞって心を落ち着けていると、ピンク色の滑らかな尻尾が指に巻き付く。こういうちょっとしたことで一人じゃないって感じるのは、私がチョロイんだろうか。
時間にして五分程の審議の後、全員が振り返ってひとまずといった様子で着席を求められる。仕方なく居心地の悪い尋問席に腰を下ろすと、中年男性の職人が大きな羊皮紙のようなものを取り出して、テーブルに広げた。
覗き込んでみると魔法陣っぽい紋様や文字がびっしりと描き込まれている。忠太がそれを見つめてスマホを欲しがったから差し出すと【よめませんが まりょく かんじます すくろーる ですね】と打ち込んで見せてくれた。お利口なハツカネズミの答えに、職人達から控えめな拍手が上がる。
次いで私が小脇に抱えたままの円座を、その羊皮紙の上に置くよう集団に身振り手振りで指示され、意味は分からんが置いた。すると羊皮紙が淡く輝きを放ち、描かれていた文字と紋様がグニャリと歪んで形を変えていく。
浮かび上がったその文字と紋様を見て、今度はあずま袋をテーブルに置いて中身を見せるように指示してくる。成程、このスクロールはどうやら鑑定用アイテムらしい。
これにも素直に応じて、同業にも好まれそうな攻撃用の素焼きの札、デレクに作った魔物除けの笛、バスボム、愛の狩人改などを出していく。テーブルに並べられたそれらを見た職人のうち、数人が自身の鞄を漁って魔石や素材を置いた。おそらくお勧めの素材か交換したいものだろう。
こちらも鑑定用スクロールはないものの、スマホを翳してレア度と素材の特性を確認する。しかしこちらの期待とは裏腹に、並べられているのは交換したいのであろうアイテムばかりだ。
後ろ足で立ち上がってスマホを覗き込んだ忠太も、ヒゲを忙しなく動かしながら小首を傾げる。その結果、忠太の尻尾がテーブルを叩くピタピタという音だけが両者の間に横たわった。
「ここにあるのは交換したいアイテムだけに見えるんだけど、あってます?」
一応〝趣旨分かってる?〟と匂わせて尋ねるも、大きく頷くエリュシオン工房の面々。良かった趣旨は通じてはいるんだな。それにレア度なんかはどれも☆3をクリアしている。
一回の補充でインクが二ヶ月切れないペンとか、前世だと普通にボールペンだけど、羽根ペンやガラスペンが主流のこっちだと凄いと思う。筆の文化圏だとまた違うんだろうな。自転車と同程度の速度で歩けるようになる靴の裏に装着する石? みたいなのも、車輪のないローラーブレードみたいで良い。
でも私が欲しいのは腰と尻を優しく包み込むドーナツクッションの素材だ。
残念だけどご縁がなかったか。馬車の時間もある。これ以上の交渉は無駄かと「欲しい素材がないみたいなんで、このお話はなかったことに」と言うと、慌てた様子で新たな羊皮紙を出してきた。覗き込むと、何だろう……物凄い既視感がある見た目である。しかも小学校時代の放課後。
そんなことを考えていたら羊皮紙の上にコインが置かれた。占いが得意そうな魔装飾品をつけた女性が、コインの上に人差し指を乗せる。もう絶対あれだ。これはあれしかない。
そこでふと、この職人集団が入店してきた時の光景を思い返してみた。テーブルに陣取るのは早かったが、誰が店員を呼ぶかで少し間があった気がする。慇懃に見えた理由。もしかしてだけどこの集団――。
同じタイミングで同じ仮定に辿り着いた忠太が、ひらりとテーブルの上に降り立ったのでその正面にスマホを立てて持つ。そしてジッと息を潜めてこちらを窺う集団の中で緊張が移ったらしく、毛繕いをワンクッション。
いつもより辿々しくフリック入力をした画面には【まさか せんもんしょく あるある こみゅしょう なのでは】という一文だった。
――で。
未完成のクッションを手に視線を前方に向ける。そこには二匹の大型の山猫っぽいのと、狼っぽい従魔。その背中に乗るエリュシオンの職人。時折フードをかぶったままこちらを振り返って、ついてきているかを確認してくれる。
「あーあ、何や拍子抜けやわ」
「そうッスね。まさかあのエリュシオン工房の職人が、全員ただの専門職特化型の人見知り集団だとか……妬んで愛想悪くしたりして悪かったス」
「店内に入ってきた時に店員に慇懃やったんも、お高く止まって偉そうにしとったんと違うて、誰が店員呼ぶかで揉めとったとか……なぁ」
「一斉に店内の視線が自分達に集まったから怖かったらしいぞ。上手くいってない工房が持ってる土地の買取りも、一度他の工房に見捨てられた場所なら大した物がないだろうから、密猟目的の他人が入ってこないからだってさ」
【かんじわるくて ごめんて あやまって ましたよ】
蓋を開けるとそういうことらしい。それであのこっくりさんに似たスクロールを介して、新しく手に入れたばかりの採取場に、クッション素材に良さそうな物があるから案内してくれるということだった。
ちなみに案内人はジャンケン三回勝負。よその職人との行動に対する押し付け合いと、好奇心の地獄。勝っても負けても辛そうだった。あんまり気の毒だったから他にも色々と商品を置いてきてしまったくらいだ。
「目的地についたら一緒に謝ろう、エッダ。勝手に噂を真に受けて、嘘の噂をマリにも拡散させちゃったスから」
デレクの発言に頷くエッダ。同業者が流した噂を鵜呑みにして妬むのは悪いことだが、この二人はこういう素直なところが気持ち良いと思う。長々と〝勘違いされるとかは、相手にも良くないところがあるから〜〟とか言って、自身の正当性を最後まで貫こうとする馬鹿共よりも余程良い。
「二人には寄り道させちゃって悪いな」
「別にええよー。マリと忠太と旅するのは楽しいもん」
「オレも同じ意見ッス。前の二人には悪いけど」
そう話し合いながら怖がらせないようにのんびり歩く知らない道は、なかなかどうして悪くない。