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*18* 一人と一匹、休憩は憩いのはずでは?


「う~ん、前回よりは良うなってるけど――でもまだちょっと固いなぁ。長時間お尻の下に敷くんは辛いかも?」


 乗合馬車の馬交換に立ち寄る村での休憩時間は重要だ。この間に食事を摂ったりトイレを済ませたり、各々の足りない物資を商店で購入したら、また新たな客を乗せて発車する。


 その行程に則って昼食を摂ろうと入った食堂で、試作品を敷いて座り心地を確かめていたエッダの口から出た言葉に思わず苦笑が漏れた。


「やっぱそうだよな。まぁ本当は詰め物にするなら、もう少し弾力のある素材が欲しいんだけど、でもそうなると強度が足りなくなるし」


「両方を気にしたら今度は材料費が嵩みすぎて売り物に出来ないっスよ」


「あと、やっぱり持ち運ぶには重いんよね。せめてこれの半分くらいでないと馬車で移動するような層は買えへん思う」


 肉団子を口に入れようとしていたデレクからの突っ込みも、エッダからの追い打ちもどちらもぐうの音も出ないくらいのド正論だ。冬場に温かい弁当を食べたいからと魔法瓶型の弁当箱を買ったら、中身よりも弁当箱の方が重かったと笑っていた現場のオッサンを思い出す。


 どのみち弁当箱にあんな金額が出せなかった私には関係なかったが、あの話は結構印象に残っていた。その話を教訓に見切り品の菓子パンを潰して持ち歩いていたのも、今となっては良い思い出……にはなってないな、うん。今思い出してもひもじい気分になる――と。


 パンの欠片を手にした忠太が心配そうにこちらを見上げてくる。大丈夫だと答える代わりに、その手に抱えられたパンにトマトスープを一滴垂らしてやると、パンを通過したスープがテーブルに零さないように慌てて口に詰め込むハツカネズミ。


 次の瞬間唇の周りがトマトスープで縁取られて、まるで口紅を塗ったようになった。それを横からキュン顔で見つめるラルー。そして微笑ましそうにその姿を眺めながら、トマトスープに浸したパンの欠片を「ほい、お揃いになれんで」と差し出すエッダ。甘酸っぱい空気に無反応なデレクとレオン。


 悪路での旅路もあれからさらに一週間続き、早いものでもう二週間目に入った。馬車も途中で三台乗り換えたが、特にトラブルらしいトラブルに巻き込まれることもなく、意外とこの旅自体はのんびりしていて悪くない。


 ようやく目標の半分くらい道のりで尻の方も徐々に慣れてきた。突然の突き上げに声を上げなくなる程度には。一応なんちゃってドーナツクッションの成果だと思いたいが、初期作から五回の改良を加えてきたものの、その出来栄えは改良の回数を考えればやや低い。


 スマホを翳してみると、画面には一昨日とあまり変わらない数値が並ぶ。


【種類・医療系ケア用品】

【名称・楽市楽座(らくいちらくざ)

【効果・揺れや衝撃の軽減、吸収、歩行時の負荷軽減】

【持続時間・使用する限り続く】

【レア度・☆4】

【市場価値・未知数】

【使い心地・そこそこ。重量もあるため改良の余地あり】


 エッダとデレクの評価と比べても双方にそこまでの開きはない。現状ではレア度だけが高いネタアイテムである。あと歩行時の負荷軽減って何だろ。移動速度が上がるとかか? 何にしても恩恵を感じられている気配はないから、未完成なのは間違いない。


 前世のようなビーズクッション的な素材や、ゲル系の素材がないのだから仕方がないとはいえ、このままではデリドラードに到着するまでに完成させるのは厳しいかもしれない。それっぽい商品名まで考えたのに格好悪すぎる。


「重さは私も気になってるんだよ。確かにただの座布団に荷物の重さを割く奴はいないだろうからな。この重さでも持つくらい追い詰められてるとしたら、尻と腰に難を抱えてる人間くらいだ」


 そう言いながら両手を顔の横に上げるお手上げのポーズを取れば、口の周りのスープを舐め取った忠太がスマホの上に屈み込み、猛然とフリック入力を開始した。覗き込んでみると、画面には【ふたりとも まり いじめるの だめ これくらい もてる】と打ち込まれている。しかし――。


「あんなぁチュータ。こういうのは忌憚のない意見って言うんよ。若手のアタシらやからこんなもんで済むけど、ギルドに持ち込んでみ? 若手にはまだ負けへんて息巻いとるジジイ共にケッチョンケッチョンに言われるで」


「そそ、マリなら確実に殴り合いに発展するっス」


 これまたぐうの音も出ないド正論。だよなと一人で頷いていたら、まだ見ぬ職人に敵愾心を剥き出しにした忠太が【まり わらうやつ こおりづけ する】と物騒なことを打ち込んでいた。氷属性なのに強火だな〜……。


 するとそんな忠太を見たデレクが「クルミ換算で三個分の体重しかないのに、愛の重いネズミっスね」と笑った。国民的なリボン付きの白猫でリンゴ三個分だから……サン◯オデビュー出来るんじゃないか? 


 というか、何だそのメルヘンな体重測定方法は。今度天秤買ってやろう。それでスマホの待ち受けにする。決まりだな。でも実際の重さに換算するとどれくらいなのか気になるから、それも後で調べてみるか。ネズミの健康平均体重を知っとく良い機会だ。


「あんなに食べてるのにそんなに軽いのか忠太」


【きたえて ますから】


「ちなみにラルーは大きめの鶏卵二個分。レオンはチュータよりも重くて、そのレオンよりもラルーの方が重いっス」


「ちょい待ちや。体重は乙女の秘密やろ。勝手に何サラッと体重の暴露してるんよ。好きな子より重いのバラすとか、ほんま女心の分からん男やなぁ。そんなんやからいつまで経っても趣味が悪いもんしか作られへんねん」


「はー? そういうこと言っちゃうんスか?」 


 いきなりそれまで和やかだった昼食に暗雲が立ち込め始めたのを感じ、仲裁のために口を開きかけたその時、凡そよそ者は私達だけだった地元密着型の食堂に、揃いの旅装に身を包んだ一団が入ってきた。


 そして私達三人が入ってきた時と同じように常連客達の視線が集まる。それでなくても紺碧の地に金と銀の刺繍が施されたローブは、こんな場所じゃ目を引く。けれど一団はそんな不躾な視線に慣れっこなのか、気にした様子もなくさっさと席について店員を呼びつけた。


 どことなく慇懃な雰囲気のする一団を観察していたものの、ふと一団の中の一人がローブを脱いだ。するとそれを合図にしたように他の者達もフードを脱ぎ始めた。当然だがフードの下は各々違う顔である。


 新しい来客の観察をし終え、ちょうど良いのでこの新規来店客を口実に喧嘩の仲裁をしようと、再びエッダ達の方へ視線を戻したんだけど――二人の表情は喧嘩をしかけていたさっきよりも一層険しくなっていて。この旅で初の面倒ごとの気配に、忠太と顔を見合わせたのだった。


 


 

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