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*17* 一人と一匹、異世界ならではの病。

 ――ガンッ! 

「痛っ……!」


 ――ガゴンッ!

「ぐあっ!?」


 ――ギャギャッ!

「うぅぅぅ……」


 尻の下から襲い来る容赦のない突き上げと、臓腑に響く不快な異音。毎回次こそは我慢しようと身構えて歯を食いしばっても、襲ってくるタイミングが分からない以上、どうしたってその都度情けない声が出る。


 おかげで手元がお留守になりがちで、思うように作業が進まない。未舗装の道をゴムでコーティングしていない車輪で走るというのは、前世の車に馴染んだ身では拷問のように感じてしまう。しかし私の前に座るエッダとデレクは何が楽しいのか、そんなこちらの反応を新鮮そうに眺めていた。


「んー……マルカの町を出発してからもう一週間経つけど、まだあんまり馬車に慣れてへんみたいやねぇ」


「確か出身地がオルファネアでも、アシュバフでもないんスよね? 他国から来た職人でここまで慣れてない人って珍しいかもなぁ」


 心底不思議そうにそう言う二人には、自前のクッション(尻肉)以外には何も敷いていないというのに、苦痛の苦の字も見えない。思わず尻が鉄で出来ているのかと疑ってしまうほどだ。


 そしてそんな二人の従魔も、一方は自分の体長よりも大きな石を舐め、もう一方は胡座をかいた私の太腿に座る忠太の口に、せっせと殻を剥いたドングリを運んでいる。見た目はハツカネズミであるものの味覚は人間に近い忠太は、時折咳き込みながらも持ち前の紳士力で食していた。安定の不憫可愛さよ。


 こういう場面で一緒になって悪ノリしそうな金太郎は、今回はお留守番だ。泥棒退治と手紙の受取りを任せてある。夜にはこっそりスマホで転移して様子も見に戻ってるし、小さい神様達のいる水槽もあるから退屈はしないだろう。


「普段はよっぽどのことがないと馬車の移動ってあんまりしないから、たまの遠出だと結構腰にくるんだよ」


「いやまぁそれもあるやろけど、マリがたまに乗ってる馬車の質が良いのもあるんとちゃう? 今乗ってるこの馬車が特別悪いわけやあらへんよ。普通よりもちょーっと悪いくらいやわ」


「馬車は馬車でも、貴族の乗るような馬車と一般人の乗る乗合馬車だと、結構座席の作りが違うッスからね。決してこの馬車が整備不良とかってわけじゃないと思うッスよ。車軸どうなってんだか」


「おう、待てお前ら。私の代弁者みたいな体で自分達の思ってる文句言うな」


 そう言って軽く二人を睨めば、ラルーにドングリを詰め込まれていた忠太までもが【ただ の いたば り ですも んね】とスマホに打ち込んだ。その文面が変に飛んでいるのも、当然この乗り心地のせいである。


 幸いにして今日この馬車に乗っているのは私達だけだ。乗り心地の苦情を口にしたところで、運転している馭者にはこのガタゴトいう騒音で聞こえまい。


 とはいえそれも他の客が目的地について降りていったというだけで、ほんの一時間ほど前まではこの馬車にも三組の冒険者と、まだ馬車を持てない駆け出しの商人達が乗っていた。それに彼等、彼女等も下車の時はほっとした様子で腰や尻をさすっていたから、私だけが特別惰弱なわけではないはずだ。


「座席があっても木箱が動かんように打ち付けただけみたいなもんやし、うちらにしたらこれが普通やからねぇ。辛かったらお尻の下に荷物挟んだら? 多少はマシになるで」


「いや、商売道具と売り物の上に座るのはちょっとな。そのうち慣れるだろうからもう少し我慢するわ」


「今が毛布とか持ち運ぶ季節だったら良かったんスけどね。お貴族様の馬車は乗り心地が違うんだろうなぁ」


 一応同情してくれている二人にはとても言えないが、私が乗せてもらった貴族の馬車も大概乗り心地が酷かった。クッションはあったとはいえ、衝撃を殺すスプリングがないんだぞ。それじゃあ意味ないだろ。


 そもそも前世の公共交通機関であるバスのシートが最低基準値なので、この世界にそれを上回るものがない以上、この問題は解決不可能なのだ。


 いつもはスマホの転移魔法でひとっ飛びの距離をズルなしで行けば、こんなにも辛い旅になるのか。駄神に感謝するのはとんでもなく癪ではあるけど、この状況が長引けば長引くほどありがたみを感じてしまいそうだ。


「でも二人ともこんな思いを一ヶ月もして会いに来てくれたんだろ?」


「ふふふ、そうやで。けどマリかて去年はこんな思いして会いに来てくれたんやろ? お互い様やん。しかも今回はわたしとデレクに付き合わせてしもうとるし。あれ、それを思ったら全然お互い様やないね?」


「本当だ。アシュバフについたら仕事の前に、マリさんに目一杯寛いでもらえるような宿を手配するスよ」


「あぁ、それはありがた――いっ! けどっ、まだ何も、理由が思いつかないからっ、今からあんま、期待しすぎないでくれ――なっ!?」


 自身の発言にハッとして口元を覆うエッダと、その内容を聞いてグッと拳を握るデレクに、慌てて期待しすぎないでほしいと釘を刺そうとした途端、また悪路に入ってしまったようだ。運が悪い。


 舌を噛まないように口を噤んだこちらの状態に苦笑を浮かべる二人。そんな両者が五日前に泣きついてきた理由は、二人がよく利用する採取地の異変だ。


 アシュバフでは工房や商会ごとに王都近隣の比較的安全な採取地は、その利権を買い取るらしく、こちらの国ほど自由に採取を行うことはないという。ちなみに当然危険な土地ほど利権は安くなる。理由はエッダ達が言っていたように、職人を護衛する冒険者の人件費が必要になるからだ。


 オニキスの相棒である聖女の一件でも思ったけど、意外とややこしい国っぽい。しかしこの面倒な取り決めは森にとっても良い側面があるそうで、一定の人間が入ってくることで根や実を食べ尽くそうとする魔獣を退治し、蔓延る蔓植物を払い除けて陽光が行き届くようにさせ、森全体の枯死を防ぐのだとか。


 ただどちらにしても、採取をしきってしまうとその地は職人にとって不毛の土地になるので、年に数ヶ月は禁猟時期みたいなものが設けられているらしい。採取地は人が足を踏み入れない期間に回復し、次の恩恵を与えてくれるのだという。たぶん小さい神様達のおかげだろう。


 ――とまぁ、隣国についての説明が長くなったけれど、要は最近二人が利用する採取地がずっと元気がない状態らしい。そのことでやきもきしていた二人の前で私が〝小さい神様〟発言をしたから、急遽今回の夏休みが森の異常を見つけてほしい旅に変わったという……重圧。


 こっそりと溜息をつきつつ作業している間に悪路が終わったのか、次に視線を上げるとラルーに毛繕いをされながらフリック入力をしている忠太の姿が。どうも私が黙り込んでしまった代わりに、エッダとデレクの相手をしてくれていたみたいだ。


【それまでのいどう とほと ふね それに もみじ いましたから】


「そういえばそうやね。モミジちゃん……あ、もうオニキスちゃんか。あの子やったらこの間エリックの診療所に薬草卸しに行った時に会うたけど、元気そうやったよ」


【それは よかった です】


「というか、ずっと気になってたんですけど……四日前から作ってるそれって何なんスか? 魔除けのリースにしては輪が太くて不格好に見えるんスけど」


「おぉ? ここまで出来てから聞くのかよ。ずっと気になってたんならもっと早く聞けば良いだろ。これはこの地獄みたいな馬車旅から、私の尻と腰を守ってくれる――かもしれないアイテムだ。見てみるか?」


 エッダの言葉に耳を傾けながら、デレクの質問に答えて一旦作業の手を止める。というか実際これ以降の作業は針と糸を使うので、馬車が完全に停まる休憩時間でないと危なくて続けられない。興味があるのか頷いて手を差し出してくるデレクにそれを手渡すと、横からエッダも覗き込んできた。


 二人は荒縄を幾重にも巻いて固くドーナツ状に束ね、上からなめした革を巻きつけ、その上からさらに羽毛と羊毛をこれでもかと盛り、アダラモの糸でぴっちり固定したそれを不思議そうに眺め、裏返したり振ったりしている。


 因みにこれは前世でも座り仕事の多い界隈で有名な一品を、見様見真似で試作したものだ。久々にかなり逼迫した状況で必要に迫られたDIY。思い立った時に材料がなかったため、馬車に乗り合わせた同業者達から買い取った。


 隣国に辿り着くまでにする出費は抑えたいものの、死活問題だったので忠太も【〝けちる よくない〟】と言ってくれたし。一応医療系ケア用品になる。思い通りに出来ていた場合はエリックの診療所に置いてもらうつもりだ。長距離移動でこの状況ということは、異世界ならではの病が絶対蔓延してるはずである。この世界の人間の尻と腰を護るぞ。


 ――ガココンッ!

「痛ってぇ!?」


 とりま、まずは自分からだけど。

 

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― 新着の感想 ―
馭者さん!早く休憩を!マリの尻が!(笑) でもそんな揺れる場所でも作業ができるなんて、職人だわ〜(*´艸`*)
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