*16* 一人と一匹、何事ですかね?
「あ、お帰りぃ、ラルー。チュータとのデートは楽しかった?」
明るいエッダの声に愛くるしいドヤ顔で答えるモモンガ。そのふわっふわに膨らんでいる身体からは幸せ感がこれでもかと漂っている。
こうしてみると同じげっ歯類でも種族と性別が違うからか、また別の可愛さがあるな。ほんのり輝いているように見えるのは、何かしら術者を介して魔力が働いているのだろうか。
「うん、まぁ……楽しかったみたいッスね。ラルーは」
「ちょいちょい、ラルーの飛行力を疑ってるん? この日のためにめっちゃ筋トレしたんやで。次にチュータと再会したら、チュータを背負って良い感じの木に登って、そのてっぺんから滑空デートしたいからいうて」
「そうじゃなくて、女の子に軽々と背負われるのが男としては複雑って話」
「はぁ? 動物とか魔獣の世界やと女の子の方が大きいとかざらにあるやろ」
ハツカネズミの忠太の体重は二十五グラム。
対してモモンガのラルーは百十五グラム。
尻尾まで含めた体長は忠太が十五センチで、ラルーは二十六センチとそんなに変わらないものの、種としてのパワーでは圧倒的にラルーが優勢だ。忠太は身体こそ小さいけど紳士だし、ついもふもふドローンの可愛さに気を取られていたが、案外デレクの言い分が正しいのかもしれない。
「や、でも確かに。忠太は女子供に優しいから、複雑な気分なのかも」
「ほらぁ。エッダは男心が分かってないッスね」
「ええ〜? 何でマリがそっち側なんよぉ」
「どっち側とかじゃなくて、そういうのあるじゃん。自分の役割みたいなの」
「役割なんかその時その時で決めたらええやん。もっと気楽に考えよ」
「エッダのその行き当たりばったりなとこ、良い時と悪い時があるんスよね。この間だって取引先との商談中に――、」
「あーあー、きこえませーん!」
何かしら思い出したらしいデレクの発言に耳を塞ぎ、続きを妨害するエッダ。お笑いコンビ感がある。けれど流石に職人だけあって、軽口を叩き合いながら二人が採取している素材にスマホを翳せば、それなりにレア度が高いものも交ざっているから凄い。あれが職人勘てやつか。
とはいえ今はラルーの背中からぐったりしている忠太を受け取り、その鼻先にスマホを差し出して、辿々しくフリック入力された文面を覗き込むが【かぜ ぶわっ め ちゃ こ わかた】ということらしい。
たぶんラルーの背中に爪を立てることを躊躇って、風圧で飛ばされかけたのだろう。その感覚を想像してこっちまで鳥肌が立った。要はジェットコースターの安全バーが作動してなくて、落下する時に無重力で尻がシートから離れるみたいな……うわ、怖すぎる。
久々に不憫可愛いとか思って悪いことをしたことを反省しつつ、ちょうど昼時だったのでエッダとデレクの会話をぶった切り、用意してきた弁当を広げて午後からの採取について話し合った。ちなみに忠太は私と回る。ポケットに包まれる安心感に浸らせてやるつもりだ。
その結果、珍しいものを採取出来るチャンスなので町には帰らず、一晩この森で野営をして、持てるだけ持ち帰ることにしようということになった。まぁ幸いエッダもデレクも腐るような素材でもない。一応何があっても良いように、二日分くらいなら野営の準備もある。
私の方もそれで良いとは思ったのだが……持ってるからな、あれを。一度ならず使ってしまっては、あの快適性だ。もう持っていなかった頃の野営に戻ることは出来そうにない。しかし人間はどんなに親しくても、自分の持っているものと相手が持っているものを比べてしまう。
二人を信用していないわけではないものの、もしも年齢の近い同職の私が駄神にもらったあれを出した際、それまでと変わらない対応をしてくれるかと問われれば、やっぱり一瞬悩む。でもせっかく遠くから遊びに来てくれたのだ。しっかり身体を休めて最高のパフォーマンスを実現させてもやりたい。
私から離れすぎない距離で採取を楽しむ二人を横目に悩んでいると、それを察したらしい忠太が胸ポケットから顔を出して、スマホを差し出すように訴えてくる。その要請に答えてスマホを差し出せば、賢い相棒はいつものように知恵を授けてくれた。
――で、採取再開から四時間後。
「マ、マリ――……これ、どうやって用意したん?」
「え? は? 何スかこれ、どうなって――ええ?」
採取に夢中になっている二人の見張りを忠太に頼み、何とか離れすぎないように注意しながら見つけた開けた場所で、|あの恥ずかしい呪文《ここを我がキャンプ地とする!》を発動させた大型テントを見て、エッダとデレクが口をあんぐりとさせる。
その表情にやっぱりこれが規格外のものなのだという確信をしたのち、忠太の入れ知恵通り「いや、商品卸してるところの知り合いに、クラーク商会の息子がいてさ。その伝手で借りてるんだよ」とさらっと嘘をついておく。
ここでの肝は〝自分の直接の知り合いじゃない〟と言っておくこと。これだけでも結構ヘイトは避けられる。伝手だと卸してるところの人間と仲が良いだけってことになるから、それ以上の関係性を深く探ってはこない。処世術だ。
そして二人もこちらの国に来てクラーク商会の名前はよく耳にしたのか、驚きの表情を浮かべつつ「はー……大手は財力えげつないなぁ。こんなんポンと貸すとか」「持ち逃げされるとか考えないのは、正気の沙汰じゃないッスね」と概ね納得してくれた。サンキュー、ローガン。
「よっしゃ、そやったらここはめっちゃ甘えて使わせてもらお。こんな贅沢な野営、普通しよう思うても出来ひんからな」
「そッスね。うわぁ、奥も広いな。これどこの工房製だろ……すげぇー。何がどうなってこの空間が出来てるんだろ、意味わかんねぇ」
大興奮の二人の肩ではそれぞれレオンとラルーがはしゃいでいる。駄神の加護とはいえ、同期から新鮮な反応をもらえて嬉しい。早速荷物と採取した素材を置いて食事の準備に取りかかった。
野営料理は意外にもエッダが手慣れていて、竈を使って薄焼きのナンに似たパンと雑穀と干し肉のスープを作ってくれる。デレクからはドライフルーツと紅茶葉を、私と忠太からはお手製ポーションを提供した。
それでここからが職人同士での飯らしくて、最初こそ大人しく普通に食べていたものの、次第に三人でそわそわし始め、最終的に床に座って素材を広げて構想を練りながら食べるという、非常に行儀の悪い食事風景になる。
その間ラルーはずっと忠太にくっついてうっとりと顔を眺めているし、レオンは温かいげっ歯類ズにくっついて暖を取っていた。パッと見だと両側から挟まれた忠太が真ん中で潰れかけているけど、実際はラルーのふわもこに半分埋まっている状態だから問題ない。
「この素材やったら絶対一種類の属性で纏めるべきやってぇ。他に足したら魔力の内包量が狂ってまうやん」
「でも石同士の相性が良いなら、小粒でも二種属性重ねがけした方が安定することもあるッスよ」
「単一も複合もどっちもありだとは思うけど、小さい神様の住心地が一番重要だからなぁ。私だったらここを――、」
「え、ちょい、待ち。何その小さい神様って」
「マリはもしかして何か視える人なんスか?」
瞬間、中心に置いて弄っていた素材から視線を上げた二人に、かなり真剣な声でそう問われてたじろぐ。ヤバ、ここにきて何かまずったか? 思わず忠太に視線を送ると、忠太は少し考え込んだのちに小さく両手で丸を作った。
なので渋々「あー……まぁ、ほんのちょっと感じる? くらい、だけど?」と答えたところ、二人はいきなりこちらに詰め寄ってきて「お願い! ほんのちょっとの間でええから、アシュバフのうちらのとこに来てくれへん!?」「オレ達の職人生命を助けると思って!」と私の手を握りしめた。え、何事?