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*15* 一人と一匹と、再結成パーティー。

 鳥の声と木々の葉が擦れ合う音。

 ゆらゆら落ちてくる木漏れ日。

 屈み込んではっきりと感じる土と草の匂い。


 コンクリートジャングルに生まれた前世を忘れるくらい、森の歩き方にも慣れてきた。枯れ枝でも、木の実でも、草でも、石でも、少しでも気になったものは片っ端から鑑定していく。


 大抵は箸にも棒にもかからないようなものだが、それでもかけ合わせれば何か出来る。普段は忠太と金太郎で採取に行くことがほとんどだけど、今日のメンツはちょっと違う。じゃあ誰が加わっているのかというと――。 


「いや、この森めっちゃええやん! やっぱりこっちの国と向こうの国やと、採れるもんも違うんやなぁ!」


「うわ、びっくりした。突然人の背後で大声出すなよエッダ」


「あ、ごめんマリ。つい気分が昂って大きい声出てもうたわ。てか、マリは何でこの森でそんな淡々と採取出来るんよ」


 素直に謝罪を口にするくせに、次の瞬間にはほんの少し不満気な表情を浮かべるエッダ。相変わらずくるくると表情がよく変わる。職人でありながら商人の一面もあるが、人懐っこくて嫌味がない性格は好ましい。


 黒目黒髪が珍しいこちらの世界では、やや懐かしさを感じる彼女の顔を思わずまじまじ眺めつつ、質問の答えを返すために口を開く。


「何でって……まぁ、近所と言えば近所だしなぁ。駆け出しの時はちょくちょくここで採取してたし。そんなに植生が違うもんなのか?」


「うん。例えばこの木やけど、向こうやともうちょっと幹が太くなって背は低いんよ。でもこっちやと幹はそれほど太ぉなくて、背が高い。幹も表皮が薄いわ。日光の当たり方はあんまり変わっとるようには見えへんし、土やろか?」


 激安スーパーに出没するおばさまくらいのノリで声を上げたエッダだが、彫刻刀で樹木の表面を軽く削り取っている横顔は職人の顔だ。言葉も前半はともかく後半は独白に近い。


 会話を続けるかどうか判断すべく観察していると、彼女は無言のまま幹の削り取った部分に顔を寄せて匂いを嗅ぎ、傷をつけて樹液を確かめ始めた。これはもう自分の世界(トランス状態)に入ってしまったかと思い、こっちも作業に戻ろうとしていたら、近くの茂みが揺れて金太郎が現れる。


 その背後からバキバキと茂みの小枝が折れる音と「あたた、また髪が引っかかった……」という声。少し待っていると何がどうなってそうなったのか、煮詰めたマーマレード色の髪を鳥の巣状にしたもう一人の同行者――……の上半身が現れた。


「デレク、頭が面白いことになってるけど大丈夫か?」


「大丈夫かどうかって言ったらそうでもないけど、それに見合う収獲はあったから問題ないッスよ。あとエッダの言う通り土壌は関係ありそうッスね。レオンが舐めてるその石は、向こうだと火属性が強いんス。でもここだと青緑だから風属性みたいッスよ」


 そう言いながらなかなか茂みから這い出て来ないデレク。どうやらズボンのベルトが木の根に引っかかったらしい。そんな鈍臭い主人より早く這い出てきたのは、非常にのんびりした動きのカメレオンことレオンだった。その体色はデレクの言う通り綺麗な青緑色だ。


 結局這い出そうとするとベルトを押さえる手がお留守になり、ズボンが茂みの中に置き去りにされてしまいそうだったので、自力での脱出は諦めさせて金太郎に引っこ抜いてもらった。


 ズボンは無事だったが靴が片方茂みの中に残ってしまい、呆れた様子で肩(?)をすくめた金太郎が取りに潜っていく。面倒見の良いゴーレムだ。 


「ふぅん。でもそれだと土壌って言うよりは、精霊の関係じゃないか?」


「あ、確かにそうかもッス」


「まぁ何でもええやん。いつもと違う珍しいもんが拾えるんやから」


「それはそうだけど、マリはこの辺よく来るんッスよね。護衛を頼んだのはオレ達だけど退屈じゃないッスか?」


 いつの間にか調査を終えたエッダが会話に入ってきたものの、デレクは慣れているようで、気にした風もなく会話を続ける。他人同士なのにやりとりが何だか兄妹っぽい。たぶんだけど、チェスターもそう思ってこの二人を組ませているのだろう。


「別に退屈はしてないぞ。普段はいつでも来られる場所より遠出することが多いし。むしろ二人の知見のおかげで新鮮な発見がある」


 バシフィカの森はマルカの町から徒歩で二時間。前世の交通環境ならともかく、移動は馬車か馬か徒歩しかないこちらの世界の人間なら、あまり苦もなく歩ける範囲にある。


 また巨木と鉱石が多く、ついでにそれなりに魔物もいるという、この専門分野が被らないメンバーにぴったりの欲張りセットな森だ。


 二日前に忠太がギルドでこの二人をみかけたと聞いたあと、すぐに覗きに行ったらちょうど私に会いに来たついでに、この辺りで採取もしたいから護衛を探していると言われたので、久しぶりに魔装飾職人パーティーを結成した。そこからの現在である。


「か〜! 優等生やなぁ、マリは」


「いくら何でもエッダの中で優等生の基準低すぎだろ」


「でもこうして職人だけで採取に来られるなんて、滅多にないッスから。護衛してくれるチュータとキンタローに感謝ッスよ」


「それは言えてるわ。職人の護衛ってやりたがる冒険者が少ないもんなぁ。向こうからしてみたら、ギルドで必要なもん注文してもろて、仲介料やら何やら差し引かれた分、色つけて高値で売りたいんやし」


「職人あるあるッスね。まぁでも実際護衛代を差し引いたら、作った商品が売れない限りはほとんど収入にならないッスけど」


 ふむ? 顔を見合わせて頷き合うエッダとデレクの発言に認識の齟齬を感じる。少なくともマルカの町でそういうことはないが、こればかりは土地によってギルドの方針に違いがあるのかもしれない。


「そうなのか? マルカの町でそういうのは聞いたことないけど」


「そらあの町は職人で栄えとるからやろ。何よりも、マリっていう広告塔職人がおるんやもん。誰も滅多なこと出来へんよ。そ・れ・よ・り・も・や」


「お、おう、どうしたよ」 


「去年は行き違いやったけど、夏季休暇とって遊びに来たって聞いとったから、てっきり今年も来るもんや思うて待っとったのに、ぜーんぜん遊びに来ぉへんねんもん。チェスターさんに会っただけで満足するとか薄情やわ〜」


「だから悪かったってば。今年の夏は新しい挑戦に忙しかったんだよ」


 ぶーたれるエッダに襟首を掴んで揺さぶられていると、頭上から白い毛玉を抱えたモモンガがスイ〜ッと目の前に降りてきて、うるうるお目々で私達を見るや可愛らしく「キューッ!」とご機嫌に鳴いた。

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