*14* 一人と一匹と、祖父と孫S(概念)。
九月の柿色の夕日が沈み、森の光源がこの小屋だけになる頃になって、ようやくドアの外に忠太と金太郎の気配を感じた。
ちょうど白熱していた神経衰弱もサイラスの六連勝が決まったところだったので、さっさとトランプを片付けてドアを開けると、顔面に金太郎が飛び込んでくる。少しカビ臭いのはダンジョンの匂いが移ったのだろう。
その小さな身体を引き剥がしつつ、お行儀よく待っている忠太に笑いかければ、嬉しそうに笑い返してくれた。疲れてはいそうなものの、服の汚れもほとんどないことから気疲れだとあたりをつけて近寄る。
「熱烈なご帰還だなぁ、金太郎。忠太もおかえり。飯はもう食ってきたか?」
「遅くなってすみませんマリ。それとお邪魔しますね、サイラス、輪太郎。それとご飯は実はまだです。う、気が付いたらお腹が……」
「じゃあちょうど良い。今日さ、売り物にするには小さいサツマイモ焼いたんだ。私はもう食べたから残ってるやつ食べる?」
そう言って忠太と金太郎を招き入れた部屋では、すでにサイラスが残りの焼き芋をテーブルに出してくれていた。金太郎は部屋に入るなり後輩の輪太郎に抱きつきにいき、それを受け止める輪太郎の足下では、ココが自分の存在を知らしめるべく纏わりついている。非常に可愛い絵面だ。
しかしそんな微笑ましい光景の中で、ふんわりと室内を満たす蜜芋の香りに耐えきれなかったらしい忠太の腹の虫が、グモォォォと奇っ怪に鳴く。思わず音に驚いてサイラスと顔を見合わせると、忠太が恥ずかしそうに頬を掻き「いただきます。あ、でも――」と一度言葉を区切り。そしておもむろにその場にしゃがみ込んで床にスマホを置くと、ポチポチとやり始めた。
そこでやっと何をしようとしているのか気付き、慌ててまだ食えもしない獲物の気配を察知したココから忠太を隠した――直後。
薄幸そうな銀髪の美青年がしゃがみ込んでいた場所に、シルキータッチな毛並の美ハツカネズミが立っていた。ピンク色の耳は焼き芋への期待からピンと伸び、心なしか血色も普段より良くなっている。
床に置いたスマホの上でタップダンスを踊るように【これで たくさん たべられます】と打ち込む浮かれっぷりは、人型の時より子供っぽい。
「おっまえ、相変わらず食い意地張ってるな〜」
「命の危険を冒してまで固執するほど、食事というのは良いものなんですね。少し羨ましいです」
【です でも わたし おはなし かけませんが それも いいもの】
「ふふ、確かにそう言われるとそうですね」
「それを言うなら私は二人みたいに魔法が使えないから、やっぱ羨ましいな」
【なんの かわりに まりは かわいい ですから】
「ふふ、確かに可愛らしいですよね。男の子だったあの子とは、また違った可愛らしさがあります」
「止めろ。可愛くないから。普通の女子より背が高くて、目つきと口が悪くて、牙みたいな八重歯があるのは可愛いとは言わねぇ」
「そういうのを気にしてるところが」
【かわいいです】
〝ねー〟とばかりに小首を傾げる精霊共。居た堪れなさから「この話はここまで」と打ち切り、スマホと忠太を持ち上げてテーブルの上に着地させる。まだからかい足りなそうな忠太の手前まで、焼き芋の載った皿を押しやれば、品の良さそうなハツカネズミは両手を揉み合わせて瞳を輝かせた。
冷めているのでそのまま触れるものの、蜜でベタついて取りにくいだろうから、百均のデザートナイフでネズミ的大きめのおにぎりサイズにしてやる。するとサッと伸びてきたピンク色の手が芋をキャッチ。
小さな舌が見えるくらい大きく口を開けて齧りつく姿は、乙女心皆無な私にすらときめきを感じさせる。サイラスはそんな私達を一瞥し、エキサイティングな遊びを始めたチビッコ組の面倒を見に行ってくれた。日中捕ったバッタ、逃さなかったのか……誰が一番たくさん捕まえられるかじゃないんだよ。
しかし慌てず騒がず「おやおや、元気ですねぇ。僕も交ぜてくれますか」と言いながら向かう背中が、孫が一斉に遊びに来た祖父のそれ。好々爺な美少年という、性癖破壊モンスター味がある。
おかげで案件をソッ閉じして小動物のもぐもぐタイムを堪能出来た。スリムだったお腹がまぁるくなったところで、一息ついた忠太に今日はどんな仕事をしてきたのか尋ねると――。
【ぎるど たのまれた そざいさがす ついでに だんじょん たんさくどうが さつえい してました】
ということだった。ふむ、さっぱり分からん。蜜芋でベタベタになった手でフリック入力をされたスマホ画面が、小さい掌スタンプで光っている。
「前者はともかく後者のは……ギルドからの仕事、じゃないよなぁ?」
【です ぜんしゃは ぎるど こうしゃは だしん からの だしん】
「ダンジョン内を歩くだけの動画なんて何に使うんだ?」
【はいしん めあたらしさ なくなった いわれたとか】
忠太の打ち込んだ文字数に合わせて広がる汚れの範囲。アルコールで拭いたら駄目ってのは定説だけど、駄神が本体強化してるからワンチャンあるかと考えつつ、画面の文面に頷く。
「あー……確かに。あいつの配信って慣れてくるとCGだと思われそうだし。まぁそれにしたらだいぶ腕が良いことにはなるんだけど、プロ顔負けの一般人とかっているからな」
【そゆこと なので つまんね いわれて むかついた そうです ふぉろわ も へったとか つまんね かいて きゃくのひきぬき ねらった ぶいちゅーばー それいこう だれもみてない】
「おーおー、両方共にざまぁだな。でも駄神のやつ、私のいる時には頼んでこなかったくせに、何で忠太に頼んでんだ?」
【まりに ばかにされる いや だそうです】
「駄神のくせに無駄な虚勢を張りやがる」
――と、ついにフリック入力中に掌がくっつき、トリモチに捕らえられたスズメ状態になったハツカネズミ。己の罪にようやく気付いた顔をしていたが、いきなり飛んできたバッタに驚き、それを捕らえにきた金太郎に突き飛ばされたことで剥がれた。
ころんと後ろに転がったのち、手についた蜜を舐めとって仕切り直しとばかりに【あ でも ぎるdで おもsろい dあいー ありましt】と打ち込む。ただまだ画面がニチャっているので思うように打ち込めないらしい。
惜しい感じの誤字にちょっと笑ってから、スムーズな意思疎通のために画面を拭いてやる。バッタが飛んできた。今度はココに乗った金太郎と、輪太郎に吹き飛ばされてテーブルの上を腹這いで滑るハツカネズミ。おもろ。
サイラスお祖父ちゃんが「コラコラ、やんちゃですねぇ」と怒る気もなさそうに窘めている。絶対にこれ子供が言うこと聞かないやつだわ。
滑り落ちる前にキャッチして、再びスマホの前に立たせて「面白い出会いって、変わった新人でもいたのか?」と尋ねれば、今度こそトトトッと軽快にフリック入力で【いえ かめれおんと ももんが いました】と打ち込んだ。
得意気にフンスと鼻を鳴らしながら、意地汚く両手についた芋を舐め取るハツカネズミの言葉に、記憶の奥が刺激される。それは去年の夏休みに会いそこねた、短い旅の愉快な仲間達。
「もしかして、デレクとエッダが来てるのか?」
私のその問いかけに、ハツカネズミがドヤった。