*13* 一人と二体の菜園事情。
ネクトルの森の中にある秘密の畑。だんだんと規模が大きくなってきたために、家庭菜園から農園みたいな体を成してきているが結構森の奥にあるので、幸いなことにまだ誰にも発見されていない。
前世だったら上空からドローン撮影されて見つかっていただろうから、ここが異世界で様々だ。
そんな畑の中で額に汗をかきながら雑草を抜きつつ、固くなった土を手鍬でほぐしながら畝の整備をしていたら、麦わら帽子に黄色のレインコート、虫取り網とプラスチック製の虫籠を装備した輪太郎が駆け寄ってきた。
パッと見は夏休みにはしゃぐ子供と同じ装備だが、輪太郎のこれはれっきとした仕事着である。しゃがみ込んで作業中だったので、今日は輪太郎が屈み込んでこちらの視線の高さに合わせてくれた。普段と逆だ。
それだけのことがすでに嬉しいのか、少し余ったレインコートの袖を振りながら虫籠を差し出す輪太郎。覗き込めば中にはバッタや芋虫がうじゃうじゃと蠢いていて、蠱毒の体をなしている。相手が私だから良かったものの、普通の女子だと卒倒していてもおかしくない――が。
「お〜、大漁じゃん。凄いな輪太郎」
転生してから畑仕事をするせいもあるけど、元々前世ではかなりあれなアパート住まいだったので、虫はそこまで苦手ではない。
なので戦果を褒めながら麦わら帽子の上から頭を撫でると、輪太郎が嬉しそうに小さな身体を左右に揺らす。表情が変わらないゴーレムのはずなのに、こういう動きは子供らしくて可愛い。
しばらく和みながら輪太郎の頭を撫でてやっていたのだが、雑草の山から現れた生き物の気配に気付いたので、虫籠の手を突っ込み、纏わりついてくる虫の中から一匹だけ滑らかな手触りの芋虫を取り出して、その生き物の前に差し出してやる。
「ほら、輪太郎が捕ってきてくれた芋虫だぞ。たくさん食べな」
それを待ち遠しそうに覗き込んでくるのは、やや灰茶がかった目つきの鋭いヒヨコだ。ヒヨコといっても家禽じゃない。普通なら羽毛でケパケパしているお尻には、ネズミの尻尾みたいなものが生えている。
けれどケパケパしたヒヨコは、小さなその嘴でちょんちょんと芋虫を突いただけで、口を開けようとしない。不思議に思って「どうした? 腹が減ってないのか?」と聞いたものの、戸惑うように小首を傾げて尻尾を振るヒヨコ。
そんな姿を見て輪太郎が虫籠からバッタを出してきても、ヒヨコはぷいとそっぽを向いてしまう。芋虫やバッタを気にしているところからも腹は減っているらしい。さてどうしたものかと輪太郎と二人で首を傾げていると、ふっと頭上から影が落ちてくる。
見上げるとそこには安い軍手をはめた作務衣姿のサイラスが立っていた。首からかけたタオルは汗を拭くようではなく、汚れを拭う用だ。日焼けとも虫刺されとも無縁な早期退職組の中年スタイルも、パリコレモデルみたいな見た目の奴が着ていると決まるなぁと感心してしまう。
「マリさん、おチビさんにその芋虫は大きすぎますよ。もっと小さくしてあげないと。これを使って下さい」
「ああ……そっか、ありがと。大きくなったらあんなでも、まだ小さいもんな。じゃあ細かく切ってやるから、ちょっと待ってろよ」
サイラスの言葉に納得し、目の前に差し出された摘果鋏を受け取って、畑の真ん中で捕れたての芋虫を小さく切る。なかなかに猟奇的な絵面ではあるものの、切った端から美味しそうに啄んでいくヒヨコが可愛いからよし。
いやまぁヒヨコであってヒヨコではないから、将来的には躾をしっかりしないと大変なことになるんだけど。とはいえ何故こんなところで畑仕事ついでにヒヨコの育成をしているのには、そこそこ浅いような深いような理由がある。
「ごめんなサイラス、輪太郎。お前達はカレー食べられないのに、エドの店に卸す用以外の畑仕事に巻き込んじゃって」
「いえいえ、晴耕雨読をやってみるのは憧れだったので構いませんよ。小説に行き詰まったら畑仕事で身体を動かせるなんて、とても贅沢です。何よりこんな面白い経験は他では出来ませんから」
「えー……陶磁器っぽいその身体でもそういうもんなのか?」
「はい。この身体を動かしたところで疲労も感じないし、汗もかきませんが、命のあるものに触れることで感受性は育ちますから。小説を書く上では貴重なんですよ。蛇の身体を手離したので、季節の表現は特に目で見たものに頼りがちになりますからね」
今から一ヶ月前、紆余曲折あってマルカの町の新たな祭り【村おこし特別企画、ご当地飯!】の優勝獲得をしてしまった。賞金だけでなく特典がマルカの町にある、利用者のほとんどが冒険者という店の新メニュー採用だった。
普通の観光客用の店ではなく玄人好みの店なのは、使う材料が理由である。魔物の跋扈する森でしか採れない野菜もどき。そんなものを好んで食べそうなのも、調理出来そうなのも、材料が提供出来そうなのも、一般人ではない。
そしてこの野菜もどきはこちらの国ではなく隣国のものだ。よって、おいそれと採取に行くことも出来ない。だったら育てれば良いのだが、野菜もどきのうち一種類はまぁ、食虫植物系なので普通の農家は生産したがらない。
でもキマイラカレーから得られる効能と味は、一度知ってしまえば虜になる者が続出した。そこで誰か提携してくれる農家が出るまでは、言い出しっぺの法則が適用されたのだが、若干納得がいかない。しかし――。
「それにまさかこの世界でコカトリスを家禽扱いする人が現れるとは、夢にも思ってみませんでしたから」
笑顔でそう言いながらヒヨコ……もとい、コカトリスの雛を愛でるサイラスと輪太郎。ちなみにココと名付けられたこのコカトリスの雛は、完全に偶然が重なった副産物だったりする。
日課のダンジョンポーションを試飲に行った帰り、金太郎がコカトリスを発見したので後を追いかけたら運良く卵がある巣まで辿り着き、肉と卵が手に入ったから親子丼にしようと持って帰ってきたら、卵の内の一つが動いたのだ。
鑑定してみた結果【孵化まであと一日】と出たため、前世テレビで見たホビロンとかいう海外の郷土料理を食べる勇気はなかった私は、放置して殺すのも何だかなと思い孵化させることにした。
そこで覗き込んだ私達に対し、憐れ刷り込み現象で親の仇に懐いてしまう雛が爆誕したのだ。有精卵はその一個だけだったため、他は美味しく頂いたのでココに兄妹はいない。この世は弱肉強食だ。
合鴨農法があるくらいだし、コカトリス農法もありだろう。それにコカトリスなら虫も魔物も人間も撃退出来る。ずっとここで従事してくれるサイラスと輪太郎にはココの持つ毒も効かない。私も一応駄神の加護がある。
仮に増えすぎたら潰して食べられる――かどうかは、足元にすり寄ってくるココを見ていると若干悩むが。輪太郎はココの気を引こうとバッタを差し出している。先輩の金太郎を真似して後輩を可愛がるつもりらしい。
「あんま褒められてる気がしないけど。ま、楽しんでくれてるなら良いか」
「ふふ、ありがとうございます。それで、チュータは今日もキンタローと一緒にコカトリスの卵を探しに?」
「ん。ついでに冒険者ギルドで請けた仕事もしてくるらしいから、こっちに迎えに来るのがちょっと遅くなるって。最近人型の時の〝ミツネ〟で依頼が入るらしい。冒険者プレートの刻印もかなり広がってきたんだ」
「ほぅ、是非そのお話を聞きたいですね。ちょうど作業も一段落しましたし、休憩にしましょう。最近ファンの方が執筆のお供にと、茶葉やお菓子を送って下さるのですが、僕はこの通り飲食が出来ませんので。もしか次のイベントでお会いすることがあるかもしれません。それまでに味を知っておきたくて」
そう言いながら差し伸べられた手に掴まって立ち上がり、頷く。しゃがみ込んでいる時間が長かったせいか、痺れて軽くたたらを踏んでしまったこちらを見て、サイラスが小さく噴き出した。くそ、私カッコ悪いな!