★12★ 一匹と一人、そして新たな伝説へ。
カトラリーが触れ合う音、ガタゴトと椅子を引く音、お酒のコルク栓が抜かれる音に、温かく湯気を上げる料理の皿がテーブルに並べられていく音。全部マリと出逢ってから初めて知った音ばかりで、いつからかこの音を聞くと自然と空腹を感じるようになってしまった。
この音を聞いても空腹を感じない金太郎とベルは、デイビスの興味が料理の盛り付けられた食器に向かないよう、リアル人形劇を演じている。演者が二体だけなので、何の物語のワンシーンか当てるのは至難の業だ。
「忠太の分はこれな。おかわりはいっぱいあるから、どんどん食べろよ」
ぼんやりと整えられていく食卓風景を見つめていたら、マリが人形用の陶器皿に盛り付けられたキマイラカレーをわたしの前に置いてくれる。しかも匙とゴブレットつき。ゴブレットには葡萄酒が一滴分注がれている。
その全てに小さくキノコの絵付けがされているのだから、マリの世界で言う米粒に写経という精神統一方法に通ずるものがある。
全部がわたしのサイズにぴったりなのは、少し前にフリマサイトで交流があるシル○ニアの服飾作家のフクマルさんに紹介された、ミニチュア食器と家具作家のきのこのこさんにマリが特注してくれたからだ。フリマサイトの出店者達は、この世界の職人達に引けを取らない。
八重歯を見せて微笑む彼女に、スマホ画面を向けて【ありがとうございます はら じゅうぶんめまで たべますとも】と打ち込めば、嬉しそうながらも「馬鹿、そこは八分目だろ。十分目だと腹が破れるって」と突っ込まれた。
むしろマリの手料理で腹が破れるのなら本望だが、そうなるとこの先彼女と一緒に美味しいものが食べられなくなる。それは困るので【じゃあ きゅうぶんめで】と打ち込むと、今度は「九分目を見極める方が難しそうじゃん」と笑われてしまった。そんなわたし達の隣では――。
「うぅむ……これが優勝を取ったってのがまだ信じられんな」
「でもお父さんだって目隠しして食べた時は美味しいっていってたじゃない。見た目に騙されるなんて商売人失格だよ」
「フレディ様、デイビスはわたくしが抱いていますから、召し上がって下さい。一口食べるだけで身体の不調なんて一気に吹き飛びますわ。あ、でも先にこの食前酒――じゃなくて、ポーションを飲んでからの方が良いかしら。これもマリのお手製ですの」
「う、うむ……そうなのか。では是非頂こう」
「あーにゃう、んぶぶぶ」
「あら、駄目よデイビス。これはどちらも貴男にはまだ早い大人の味なの」
というような感じで二つの家族がそれぞれにじゃれ合う。その姿は人間ではないわたしでも微笑ましいと思う。 マリも同じ気分なのか、とっくに準備は整っているのに急かすこともなく、柔らかい表情を浮かべたまま眺めている。
目の前でくり広げられる和やかなやり取りを見守りつつ、まだまだ乾杯まで時間がかかりそうだので、本日のハイライトを思い出していた。
あの小麦倉庫の上から広場を眺めて完全に観客モードだったわたし達は、いきなりやってきたギルド職員達にここまで連行され、ほぼ何の説明も受けないまま賞金の袋と、去年から採用されたという小さい王冠を象ったトロフィーを押し付けられた。
職人通り主催の魔装飾具師大会の優勝者が発表され、割れんばかりの拍手が響き渡る広場で、優勝した職人は自分の作品を装着してくれたモデルと抱き合いながらお互いを労っていたが、いきなりそんな場所まで呼び出されたマリとわたしは、その音量と熱気に少々引き気味だった。
しかし司会者に背中を押され、致し方なく不器用な愛想笑いを浮かべたマリが『あー、その、二人とも優勝おめでとう?』と、この場での正解が分からず無難に告げたのだが、肝心の職人とモデルは感極まって泣いてしまった。
そこでさらに大きくなる観衆達からの拍手。若い優勝者達を宥めるかと思われた司会者は、むしろ優しい言葉をかけて優勝作品の説明を始めた。どうやら今回の優勝者とモデルは幼馴染同士で、他の町で修行を続けるものの下働きばかりで全然芽が出ず腐る彼を、彼女が説得して大会に出場したらしい。
白骨化した珊瑚と色とりどりの貝殻を使用した冠は、彼からずっとついてきてくれた彼女へのプロポーズの品でもあったそうだ。
二年前、裏金と工房名でしか優勝者を決めなくなったこの大会に、突如流星の如く現れ、腐っていた若い職人達に夢を取り戻させるきっかけになったマリ。年若い二人はそんなマリに憧れてここまで来たという。
人間の好みそうな美談だ。物語があればある分、こういうものは盛り上がる。きっと来年のこの大会は今年以上に賑わうに違いない。
ただ肝心の祭りのフィナーレに広場で行われた飲食店投票は、当然の如くマリのカレーが他を圧倒して優勝……ではなく、かなりな接戦の末に辛勝というやや納得のいかない結果になった。
効能や味でなく、見た目にこだわる人間が一定数以上いたことが接戦の理由だ。けれど絶望的な見た目の割に味は絶品というギャップが受け、珍しいもの好きな観光客と、面白いもの好きな飲食店の店主達の心を射止めたことで、初代優勝者に選ばれた。
――と、ようやく覚悟を決めたらしいエドがゴブレットを手にしたので、一旦思考を中断してそちらに向き直る。
「えー……では、本日はお日柄も良く、あー……」
「お父さん、格好つけなくて良いから早く乾杯って言ってよ」
「いや、だってなぁレティー、領主様御一家がいらっしゃるんだぞ?」
「はは、ご店主、そう畏まらないでくれ。わたしの体調を案じて場所の提供を申し出てくれただけでも感謝している。何より今夜のわたし達は友人に誘われて祭りを見るために旅行に来た一般人だ。そうだろう、レベッカ、マリ?」
「ええ、そうですわ」
「ん、その通り。だからエド、さっさと乾杯させてくれよ」
「お父さん早く〜、お腹減ったってば〜!」
「分かった分かった。じゃあマリ、まさかの村おこし特別企画ご当地飯、逆転優勝獲得おめでとう! お前のイカれた伝説がまた増えて怖いが乾杯!!」
エドの号令と共に掲げられる柄も大きさもバラバラなゴブレット。わたしもキノコ柄のゴブレットを掲げた。そこから今日一日をどう過ごしていたかを皮切りに、次々に広がっていく話題。
最初こそ見た目に難色を示していたエドとウィンザー様も、キマイラカレーを一口頬張れば黙々と食べ進め、残っていた材料で用意したカレーは早々に完売。その後は各々が日中買い求めた出店のおつまみや焼き菓子に舌鼓をうち、葡萄酒やポーションや果実水を飲んだ。
――で、宴会開始から四時間後。
空になった葡萄酒の大瓶とポーション瓶、テーブルに突っ伏したままピクリとも動かない酔い潰れた成人男性が二人出来上がった。
「あー……このポーション、口当たりが良いから飲み過ぎてこうなっちゃうの忘れてたなぁ。ごめんレベッカ、レティー」
【たのしいと おのれのげんかい みあやまる つみぶかい】
「ふふ、別に構わないわ。フレディ様がここまで羽目を外すところは見たことがなかったから、むしろこんな姿が見られて嬉しいの。デイビスもベル達のおかげでぐっすりだわ」
「お父さんはわたしがこっちにいた時はよくこうなってたけど、向こうの学校に通うようになってからは見てないから。久しぶりだし許してあげる」
「レベッカもレティーも優しいな。私なら翌日タイキックものだわ」
某有名バラエティー番組で有名なあれ。それがどれだけ過酷な罰かを知らない二人は首を傾げているものの、不穏なものを感じはしたのか質問はされなかった。眠れる男二人は感謝すると良い。
「でもせっかくあの馬車に泊まれたのに、そこは残念かしらね」
「だったらウィンザー様は戸板にでも乗せて送れば良いんじゃないか? ベルと金太郎に頼めばいけると思う」
「じゃあお父さんは床に転がしておいても大丈夫だから、領主様が乗せられそうな板を店から探してくるね」
それは彼の見た目的に洒落にならない感じがする気もしたものの、他に手もないし寝ている方が悪いので即採用。
後日エドの店の裏口から一体の吸血鬼が運び出されていたという噂が流れたが、まぁ祭りの夜だったからなという謎の理屈と、一部のオカルト好きのおかげで良い感じに店の広告になったのだった。