*10* 一人と一匹と一体、さぁ稼ぐぜ!
いよいよやってきた祭り当日。天気は上々、去年の同じ時間帯と比べても人通りは倍以上だ。出店場所も最初の微妙な通りから、商業ギルドが仮出店用に押さえていた大通りに面したところに変えてもらえた。
ここからだと、職人通りで開催される魔装飾具師大会の表彰式も見えるらしい。これに関してはブレントとローガンが手を回したっぽい感じがするが、そこまでしてくれた二人に損はさせないつもりだ。
そして今年は新たに露店を出している飲食店の人気投票もある。新設ながらも金一封が出るとあって皆やる気だ。ただ場所が良いせいと人気投票のせいで、朝から客足が一向に切れないのは玉に瑕なものの、贅沢な悩みだと分かっているので一日頑張るしかない。
「マリ、注文が入ったよ! えっとね……キマイラカレーの注文が四人分と、ポーションが一本ね」
「了解! 休憩に来てるのに手伝ってくれてありがとなレティー」
「んーん、良いの。その代わりにキマイラカレーが残ったら食べても良い?」
「残ったらとは言わずに少しだけ自分用に取っときな。あとで手が空いた時にでも食べれば良いよ」
「やったぁ! それじゃあもっと頑張るね!」
「おーおー、それくらい現金な方が頼れるな。よろしく頼むぞ看板娘」
エドの店から休憩に来ていたレティーの助っ人がなかったら、もっと店の前に長い行列が出来ていただろう。金太郎がしっかり整列させてくれているのも大きい。前世で深夜の交通整理バイトで同僚だったら惚れてた。
ともあれ、本番の寸胴鍋は試作用とは比べ物にならないくらい大きい。金物ばかりを取り扱う道具屋のサイトでも、滅多に出なさそうな学校給食用の大寸胴。それを混ぜる木べらも冗談みたいなサイズで、焦げ付かないようにかき混ぜ続けるのはかなりな重労働だ。
汗止め用のタオルはすぐに汗で重くなるし、カレーの匂いを全身に浴びるせいか汗腺が普段より活発に感じる。飲食店の厨房も暑かったから慣れてはいるものの、初めてだったら倒れてただろう。色々バイトに手を出した経験が異世界で活きるのも不思議な気分ではある。
でもこんな世界に転生したって働かないと飯は食えないんだから、働き方をたくさん知ってるのは悪いことじゃない。
「忠太、カレーは私がやるからポーション頼むな。お客に提供する時は出来るだけ可愛く渡すんだぞ」
冗談めかしてそう言うと、忠太は香水瓶っぽい百均の瓶を抱きしめ、あざとく小首を傾げて見上げてくる。自分の可愛い角度を熟知したハツカネズミ。器用に二本足で立ったまま瓶を引きずって客の前に行き、スマートに渡せるくせにわざと辿々しく渡してみせる。
購入者は結構レベルが高いんだろうと思わせる装備の若い女性魔法使い。メロメロな表情で受取りながら、指先に口付ける紳士なハツカネズミに変な声を上げて倒れる。
パーティーメンバーが呆れながら「小さい生き物好きだよね」とか「店の迷惑じゃん」と言っているが、本人は鼻を押さえながらサムズアップしながら、もう一本ポーションを注文してくれた。彼女、今度は頬に口付けを要求しているっぽい。イケナイお店のキャストか? 罪作りな相棒で困る。
ポーションはデパートのご当地グルメフェスとかで見るような、小さいプラカップでの利き酒出来るようにしようと思ったけど、これもブレントとローガンに却下されて。
結局百均で売ってる一番小さい香水瓶ぽいやつに入れたものを、当初の予定通り小瓶一本(30cc)=白金貨三枚分(三十万円)で販売する形になった。しかも高額商品過ぎるため冒険者ギルドから護衛までつけられてしまい、今も物陰から怪しい人間がいないか目を光らせてくれている。
気安い祭りの中でやや浮いてる感じはしたものの、かえってそれが商品への信頼感に一役買うことになっているので、まぁ良しとしとこう。
やり手の商人達曰く――、
『良い商品は長く作ってもらわないと駄目なので。あと、あのポーションを買える人種というのは新しいもの好きな金持ちか、高ランカーの冒険者ぐらいですから、身の丈にあった客だけを狙えば良いんですよ』
『マリさんの作るものは適正価格で売りたいです。市場に合わせてだとか客層だとかは、僕達のような商人が考えることですから。貴女は職人だ。それもとびきり素晴らしい職人です。安売りなんて女王様には相応しくない』
ということらしかった。言ってる内容はあんまり変わらないのに、どうしてローガンが言うと若干気持ち悪くなるのか……残念な変態だ。
百均でよく見るパーティー用Sサイズの紙コップの半分に異世界カレー。そこにスティック状に切ったカリカリのバゲットを突っ込み、これまた百均の木製スプーンを添えた食べ歩き特化スタイル。
バゲットが好きじゃない人のためには、厚めのクレープ生地で巻いたものを提供。こっちはかなりトロみが強くなるまで煮込んだから、味が凝縮されて酒のあてにぴったりだと思う。
最初は香りに釣られて近付いてきても見た目のせいで敬遠されたが、冒険者ギルドの常連客がチャレンジャー精神を発揮して食べてくれたおかげで、割とすぐに人が集まってきた。俗に言うパンダ効果やサクラ効果ってやつだな。
原価率の問題で神戸牛(異国の特別な牛と説明)はアウトになり、残念ながらお肉は普通にこちらで流通している牛肉になった。でもその他はほぼ元のレシピ通りだ。広域だと魔物っぽい植物を使っているため、素材を聞かれたら企業秘密で乗り切る。
「はい、お待ちどお。キマイラカレー四人前上がったよ」
「え、うわ、これがあの匂いの正体かぁ……食べられるんだよね?」
「でも食った奴等がすっごい美味いって言ってたから来たんじゃん。見た目はあれだけど美味しいんじゃない?」
「ダンジョンの攻略日数見誤って、腐ったパン食べたけど平気だったし。人間の胃袋って結構頑丈だろ」
「お前ら店先で失礼なこと言ってんなよ。ごめんね、兄ちゃん。こいつら思ったことがまんま口から出るんだよ」
「「「いやこの人、女の子だろ。どっちが失礼だ馬鹿」」」
騒がしくカレーを受け取ったのは順に狩人、戦士、盾兵、魔法使いだ。その悪気のない間違いと仲の良さに「よく間違われるから」と笑えば、横から出てきたモンペネズミが【しゃざい ふよう つぎのおきゃくさま まえへ それと とうひょう おわすれなく】と打ち込んだスマホを見せる。
そんな忠太を見て「頼もしいな、頑張れよ」と笑いながら、商品を手に去っていく冒険者達。男だけのパーティーには塩対応なハツカネズミだが、見た目が可愛いので今のところ文句は出ていない。
ちなみに足りなかった宿屋事情は各々の家や店から幌馬車を借りて、馬なしの状態で広場に車座になるように停めてもらった。グランピングとキャンピングカーの間を取った感じのキャンプサイトだ。
勿論内装はネットで購入した小物や雑貨で、一台ずつコンセプトの違うインテリアにした。内張りはそれに合わせた感じで統一。北欧風、インド風、ロココ調、モンゴル風、アメリカンに、ハワイアン、少し捻ってアイヌ風。でも人気は意外にも和風となんちゃって中華風だった。
たぶん気候風土がこちらと全然違うせいで、インテリアがかち合わないから物珍しいんだろう。大前提としてこっちの世界には加工出来る太い竹がない。もしくは大陸が違えばあるのかも?
寝具はすべて若干の因縁はあるけど寝心地はピカイチだった、水鳥とコカトリスの羽毛シリーズ。今のところ遠方から来てお疲れのお客にも大好評だ。これはもう前世の星○リゾートを狙えるね。何より――。
「マリ! あの幌馬車にあるベッドの寝心地凄いわね! グズっていたデイビスも、この頃不眠気味だったフレディ様もあっという間に寝ちゃったわ!」
キラッキラの笑顔でこっちに駆けてくる美女……ちょっぴりお疲れの新米ママで、領主夫人で、私の親友であるレベッカの広告力は絶大で。そんなお忍び貴族や腕利き冒険者の耳目を集めながら近付いてくるレベッカに、苦笑しながらも悪い気はしないなと思いつつ手を振り返した。