*7* 一人と一匹と、ご当地グルメ化を狙――おん?
【種類・栄養食型ポーション】
【名称・異世界カレー極】
【効果・一食で全能力値+20、全状態異常キャンセル、痩身、滋養強壮】
【持続時間・半日】
【レア度・☆5】
【市場価値・未知数】
【味・コクがありながら滋味深く、レッドスピアーの蜂蜜でマイルドさをプラスしたことで、程良い辛さが後を引く。辛いのが苦手な方にも◎】
目を皿のようにして覗いた鍋の中。そしてそこに見えた鑑定結果に思わず喉が鳴った。ついでに腹の虫も鳴く。金太郎はそんな私の腹の音を聞きつけて、いそいそとカレー皿とスプーンを用意してスタンバってくれている。
カレーのお供の飲み物は、牛乳とレモン果汁とレッドスピアーの蜂蜜で作った、なんちゃってラッシー。こっちで再現するのにいちいちヨーグルトを買うのが面倒だったので、簡単な方にしたのだ。
【種類・補助栄養型ポーション】
【名称・レッドスピアー蜂蜜とレモンのラッシー】
【効果・毒無効、微疲労回復】
【レア度・☆1】
【市場価値・未知数】
【味・混合蜜の華やかな香りと優しい甘さに、レモンの酸味が◎】
ちなみに福神漬けは手抜きの市販品。せっかくだから、今度なんかこっちの素材でこれに合いそうなピクルスも開発するか。
「これで、究極完成形じゃないか……?」
【ですね これは ひじょうに いい】
初回から完成形のようだったそれをさらに試行錯誤して、自分の持てる調理能力と滞在期間の全てをかけて作り上げた至極の一皿は、黄金色に輝いて見えた。いやまぁ実際は色だけはどうにもならなかったんで、当初と同じく色の死んだ沼色グリーンカレーなんだけど。
救いは飯盒での炊飯もかなり上達したから、お焦げのないピカピカの白さを演出出来る点か。沼色のカレーと焦げた米のコントラストは、味が良いと分かってても匙を握る手が震える見た目だったからな……。
「名前どうする? 鑑定のまんま異世界カレー極で良いかな?」
【いえ それだと いせかいのいみ こっちのひと いみふめい こっちがいせかい わたしたち だけです】
「あ、ヤバ。そうだよな。腹が減りすぎてちょっと知能下がってるわ」
【たべながら ひらめくの まちましょう】
「流石忠太、良いこと言う〜。採用ってことで、実食だ」
まぁここまでくると実食なんてのはただの口実で、美味いのが分かりきっているから純粋に食欲に負けてる。その証拠に米は通常量を炊いたものの、異世界カレーの方は寸胴で作った。カレーは飲み物。異論は認める。
黙々と匙を動かしてカレーを食べ、時々ラッシーで喉を潤す。とはいえこのカレーはそこまで辛くないから、一緒に飲むなら酒でも充分ありだ。むしろ個人的には酒が良い。
するとこちらの心を読んだハツカネズミが、華麗なフリック入力でビールを購入してくれた。しかも普通のよりお高いご当地もの地ビール。小瓶のラベルに描かれたカエルが可愛い一品だ。味も申し分なし!
カレーとビールを交互にがっついていたら、あっという間に飯盒の中は空っぽになっていた。今後のことを考えたらそろそろ炊飯器を買っても良いかもしれない。もう発電機は家にあるんだしいけるだろ。
「あー……調子乗って食いすぎた。でも過去イチ美味かったから無問題」
【ほんとうに おいしすぎ ましたね われら てんさいでは】
「それな。異世界食材これからも積極的に使っていこう」
たらふく食べてベッドの上で大の字になる。顔の横には同じようにヘソ天で寝そべる忠太。贅沢の中でもトップレベルの行為だが、そこに団扇で扇いでくれる金太郎がいれば更にその倍率はドンだ。
「そうそう、食べてる時に名前も思いついたぞ」
【さすがまり おしえてください】
「キマイラカレー」
【ほう して そのこころは】
「スマホゲームに出てきたごちゃ混ぜの超強そうな魔物なんだけど、この異世界カレーもわけの分からん材料で作ったら、意味不明な旨さになったから。あとやっぱり異世界感が欲しかったからです。以上!」
【さ い よ う し ま す】
カレーでお腹がふっくらしてしまったハツカネズミのサムズアップに、こちらもサムズアップで応じる。しかし忠太の小さいままでお腹いっぱい食べる能力はコスパが良くて羨ましい。
けれど金太郎は自分達の許容値を見誤った私と忠太を一瞥して肩を竦める。成程……最強のコスパは胃袋を持たないことってか。
胃袋の中身に圧迫されて少しばかり息苦しいと思っていたら、金太郎が身体の左側を下にするように姿勢を変えられたが、忠太は背中を蹴られて身体の向きを変えられている。いきなり蹴られて「ヂュッ」と呻いてる姿が不憫だ。同性だからなのか雑だな……。
「ちなみに金太郎には販促用のキマイラを折ってほしいんだけど、頼んで良いか? 勿論前に欲しがってた幻獣折り紙図鑑と特殊用紙は勿論買うし、厚紙細工用のカッターも新調するぞ」
そんなこちらの提案に一瞬腕を組んで考え込むフェルトゴーレム。何か別のものも欲しいっぽいなとあたりをつけ、忠太が枕に使っていたスマホを失敬して折り紙関連のアイテムを、ゆーっくりスクロールして見せてやる。
そこから数冊ほど折り紙図鑑を選び、今度こそ納得したのか頷く金太郎。交渉成立の金額は――……五万か。まぁこういう時、匠のこだわりに凡人は口を挟んではいけない。仕事で返してくれることだろう。
カレーの効果で発汗してはいるものの、頭の中は冴えている。異世界カレーをどこに売り込むべきか、この四日間で大体の売り方は考えた。問題は事がそう上手くいくかどうかだが、やってみる前からあまり考えても仕方ない。
「マルカに戻ったら先に冒険者達がよく利用する酒場で、カレーの試食をしてもらおう。この見た目だから数件は断られるだろうけど、運が良けりゃあどこかでウケる。ご当地グルメを目指してみようぜ」
【もしもみためが しんぱいなら えどたちに たちあいにん たのめば どうでしょう】
「そうだな、その方が安心で確実かも」
――というような打ち合わせの後、秘密基地のボックスから残りの素材を全部家に送り、展開していた基地を解除して、寸胴鍋だけは万全を期して抱えたままスマホの転移魔法で帰宅したんだけれど……帰宅してからすぐに視界いっぱいに広がる景色に絶望した。
足の踏み場もないその空間はまさに〝買い物依存症みたいな部屋〟と評するしかなく。忠太と金太郎と一緒に唖然とするのと、誰かが激しくうちのドアを叩く音が重なったのは、ほぼ同時だった。