*6* 一人と一匹と一体、キャンプ飯といえば。
大量に採っても許される実り豊かな森。元から高い戦闘力に加え、外敵を心配しないで済む安全地帯と、わざわざ汲みに行かずとも湧き出る飲み水。
それに何を見てもすぐに鑑定出来てしまう能力が揃えば、もう怖いものなし。当然ながら自重するなどありえない。私達はすっかり愉快なヒャッハー集団になりきって、森の中の様々な魔物を狩り、植物を採取し、何に使えるか未知数な素材を片っ端からテントに放り込みまくった。
夏休みの小学生男児ですらもう少し物を考えてると思う。それくらい明るい間は際限なくはしゃいだ。
――で、腹が減ったところで若干正気に戻る。
――で、そうなるとキャンプ飯の出番になる。
――で、キャンプの定番といえばあれである。
「異世界だろうがここはやっぱカレーだろ」
【いせかいかれー こうあんしゃに おれはなる】
「そういうこと。あとどうせなら異世界らしさ満載のやつ作ろう。今日鑑定を使って採ってきた素材を使ったら出来そうだったし」
【おいしくできたら れてぃーたちにも ふるまいましょう】
「だな。忠太はスマホで小麦粉を使ったルーの作り方を検索しといてくれ。それとこればっかりは育った国の問題で悪いけど米を買う。ついでに飯盒も買うから、米の炊き方も調べといてくれたら嬉しい」
【りょうかいです ちょうりきぐの ほかには なにかありますか】
「ステーキ用の牛肉。神戸牛か松阪牛。それを大きめの一口大に切ってカレーに入れる。馬鹿っぽい贅沢したい」
長年の夢というほどではないが、人生で一度だけで良いから高級な肉を使ってみたかった。こっちの世界にも牛はいるし魔物の肉も食えるけど、前世でカレーといえばほぼ肉の入ってない安いレトルトか、入ってても味がしなくて固い肉しか食べたことがなかったもんな。
食い気味にそう注文をつけると、忠太は【わんぱくで いいですね やりましょう】と打ち込んでくれた。ノリが良くて助かる。
「忠太がそれをやってくれてる間に、私と金太郎で使えそうな素材とかを仕分けとくな」
ほぼほぼ投げっぱなしのこちらの注文にも【りょーかい おまかせあれです】と答えてくれる、頼りがいのあるハツカネズミ。そんな忠太から金太郎に視線を戻して合図をすれば、山と積み上げた素材の中から赤、青、緑、黄の四色のハーブっぽい草を出してくれた。
色とそのハーブに似た形で思い出すのは、前世ハリウッドで映画にもなった某人気ゾンビゲーだが、鑑定眼を使って見た鑑定結果がまたそれっぽくて笑えた。大体こんな感じ。
【種類・薬草】
【名称・赤い薬草(止血)】
【効果・単体では使用することが出来ない】
【レア度・0】
【市場価値・中銅貨一枚(百円)】
【採取時期・春から秋】
【味・とても辛い】
青は鎮静で爽やかな甘さ、緑は微回復で滋味深い苦み、黄は活性で独特の酸味という以外は全部同じだった。
もうそうとしか見えない鑑定結果だったので、それぞれを乾かしてすり鉢で擦り潰せばこれまでの経験上、ミックススパイス的なものが出来るのではないかと思っている。もし駄目でも何かにはなるだろう。
お次はジャガイモ、人参、玉ねぎの代用品だ。この三種は全部こっちの世界にあるから、本来なら別に代用品なんて必要ない。でも今日は記念すべき異世界カレーの日なので、鑑定で探したそれっぽいものを使ってみることにした。
まずジャガイモっぽいやつ。見た目は筋肉の萎んだ不細工な土偶。呪いのアイテムじゃないのが不思議だ。
【種類・魔草の死骸(歩き根種)】
【名称・まだない(オーレルの森固有種)】
【効果・滋養強壮】
【レア度・☆1】
【市場価値・出回っていないので不明】
【採取時期・春から秋】
【味・仄かな酸味】
次に人参っぽいやつ。これはハリ○タブームで有名になったし、元々知ってる人間の方が多そうなやつだが、ちょっと名前がおかしい。見た目もか? なんか腹の立つ顔をしてる。
【種類・魔草の死骸(居つき根種)】
【名称・マンドラドヤァ(オーレルの森固有種)】
【効果・滋養強壮】
【レア度・☆2】
【市場価値・あまり出回っていないので不明】
【採取時期・春から秋】
【味・素朴な甘み】
最後の玉ねぎっぽいやつは、もうほぼ玉ねぎ――かと思いきや。大きさは栗くらいなんだが、種類が不穏。よくよく見てみたら萎れた腕みたいなのがついてる。地中から地上の動物にくっついて移動するんだろう。
動物の骨が近くに落ちてたし、栄養はあれから摂ったっぽいな。味も……うん、あんまり深く考えるのは止めとくか。
【種類・魔草の死骸(寄生根種)】
【名称・まだない(オーレルの森固有種)】
【効果・痩身、解毒】
【レア度・☆3】
【市場価値・あまり出回っていないので不明】
【採取時期・春から秋】
【味・まろやかな甘みと出汁の効いた旨味】
それらを金太郎と一緒に綺麗なやつだけ選り分けている間に、キャンプ用の鍋と皿とカトラリーのセットと調理器具を購入し、スパイスカレーのとろみ付バージョンと、飯盒炊飯での米の炊き方を検索してくれた。仕事が早い。
「じゃあスパイス作りから始めるか。忠太、この草の乾燥頼んでも良い?」
【はっはっは おやすいごよう】
「金太郎は乾燥した草類をすり鉢で粉々にしてほしいんだ。出来るか?」
こちらの指示にすり棒を担いで頷いてくれる羊毛フェルトゴーレム。可愛いけどあとで洗わないと大惨事になる未来には、一旦目を瞑る。一匹と一体に仕事を振り分けた私は〝ぽいシリーズ〟の皮剥きと、ステーキ肉のカット作業にとりかかった。
材料が揃えば後は動画を観ながらの調理。スパイスカレーの粘膜へ与えるダメージを甘く見て、涙と鼻水が止まらなくなったものの、どうにか試行錯誤の末、異世界スパイスカレーが完成。飯盒炊飯で炊いた米は底が少し焦げたけど、芯が残らなかったので良しとする。
そして、ついに実食の時がきた――のだが……。
「まず、見た目がヤバイよな」
【あのいろ ぜんぶまざれば こうなりますよね】
「でも香りは合格。カレーだわ。見た目は本当に火を通しすぎて色が死んだグリーンカレーだけど」
控えめに言ってもちょっと鮮やかなドブ川のヘドロ色。せっかくの神戸牛が泣くレベルで悪いんだよな。とはいえ要は味だから! 味さえ良ければ見た目とかは全部許される!
忠太の【いっせーので で たべましょう】に合わせて、スプーンに山盛り掬って大口で一口放り込む。瞬間鼻から抜ける豊かなスパイスの香りと、これまで食べたことのない複雑な旨味が口内に広がった。
煮込んだ根菜類も一噛みすればどれがどれだと分かるのに、主張しすぎない。ジャガイモっぽいものはねっとりとしたマッシュポテト感に、人参っぽいもののホロホロ感、特に玉ねぎっぽいものだと思われる根菜は、これだけでもスープが出来るだろうという旨味がある。
どれも口に入れたら神戸牛と遜色ない。むしろこれだけ野菜が美味かったらお肉何でも良いんじゃないか? ってくらいだ。見た目が凄まじく味を裏切ってくる。良い意味で。
――しかし。
「う……んまっ、いけど、これヤバイな。汗が止まらない」
【こんさい げどくと そうしん きいてそう】
「ハーブの滋養強壮と活性と微回復もあるし。赤のはあれ、増血とかかな。青のは……何だろうな? でもとりあえずこれを食べきったら、相当デトックスはされてそう」
【あ ら た な しょ う き の よ か ん】
「溜めるねぇ。気持ちは分かるけど。もし売るとしたら、ミックススパイスとして調合した状態のが良いだろうな」
【れしぴは べつうり しましょう】
「商売上手め〜って、水ありがとな金太郎。ちょうど欲しいと思ってたんだ」
バサバサと服の胸元をくつろげて風を送り込みながら、金太郎の持ってきてくれた冷たい水をガブりと飲む。するとどんどん頭が冴えてくるような、そんな妙な感覚がしてきた。
根菜を見つけた辺りの土を持ち帰って未成熟な本体も探して、ネクトルの森に持ち帰って輪太郎とサイラスに栽培出来るか聞いて――と、次々にこの後にすべきことを思いつく。そこでふとその原因に思い至ってポツリ。
「青ハーブ、良い仕事するじゃん」
ほらな、やっぱキャンプ飯はカレーだわ。