*3* 一人、守護対象者能力成長期。
幼女サイズまで縮んだ私の喧嘩キック(顔面)にもんどり打つ駄神。
しかし子供の脚力なので無様に倒れることはなく、絵師の腕の見せどころであるスッと通った鼻を押さえ、頭を左右に振りながら「貴方……幼くなっても、良い蹴りを持ってますね……」と呻いた。
常に飄々としていた駄神から初めて聞く、非難めいた感情のある声音。そのおかげでやっと頭が冷静になっていく。まぁこの状況を許したわけではないので、冷静(軽蔑)と情熱(怒り)の間ってところだ。
涙は引っ込んだものの、泣いているところをこいつに見られたことが憤死案件なことにかわりはない。蹴りを放って少し調子が戻ったのか、視界の低さはともかくとして頭はすっきりした。この身長は……小学校一年にはなってないな。四、五歳くらいか?
「そりゃどうも。でも人の安眠邪魔した挙げ句にこんな姿にしておいて、まさか一蹴りで済むと思うなよ?」
喉を震わす声はまだ高いままだが、滑舌は戻ったな。霊体だから舌の構造とかが関係してなくいらしい。不幸中の幸いだ。中身が今の年齢で舌っ足らずとか某無免許医の助手かよ。
地面を踏みしめながら睨みつけてそう言うこちらを見て、鼻を押さえた駄神は「よし、それが貴方の質問ですね」と無理矢理な解釈をした。とはいえ元の姿に戻れるか気にはなってはいたので、否定せずに金髪碧眼エルフ皮を被った駄神の出方を待つ。
「ふぅ……手荒な人間だ。ですが、やはり貴方は面白い。これまでわたしが選んだ中でもとびきりです。諦めて膝を折るどころか攻撃してくるとは」
「こっちはお前みたいな変態に気に入られたって面白くねぇよ」
こいつまさか……ローガンと同じタイプの性癖なのか? 生憎私の変態用の許容スロットは一個しかない。泣いているとこも見られたし、ワンチャン足を狙って転がしてから、記憶を失くすまで蹴ってみるか――。
「あぁ、それは止めておいた方が良いですよ。小さい身体になったところで可愛らしさはないですが、そこも実に貴方らしい。本来ここまで単身で来られる守護対象者はいないんですよ」
――チッ、そういえばこいつこっちの考えてることも読めるんだった。厄介な上に腹立たしい。それにここでは絵師の描いてくれた表情差分以外の顔も出来るようで、どこか恍惚とした表情を浮かべている。
「普通に意識をここまで深く潜らせたら魂の方が自壊します。それだけ貴方の精神が、この領域に相応しい成長を遂げているということでしょう」
「んん? こっちはただ普通に寝ただけだぞ」
「そこですよ。人間は睡眠をただの休息とはき違えている」
「人間じゃなくても睡眠は休息だろ」
「いえ、睡眠は……この場合は夜にとるものとしますが、一種の〝死〟です。朝目覚めることで〝再生〟する。再生は他の言い換え方も出来ます。ほら、人間には分かりやすい喩えがあるでしょう。確か〝寝る子は育つ〟でしたか。上手いこと言いますよね」
「それは成長期の話だろ。私の齢だともう関係ないぞ。しかも睡眠=死の説明にもなってないし。わざわざVTuberまで始めたのに授業下手かよ」
「ですがそんな憎まれ口を叩いても、配信を視てくれているのでしょう?」
ドヤ顔が腹立たしいが、そう言われては口を噤むしかない。イラつきながらも黙ったこちらを見て微笑む駄神。神絵師由来の顔が良い仕事をしている。若干鼻に赤みが残っているのはさっきの蹴りのせいだが、それすらちょっと可愛さを添えるスパイスみたいになってるのがムカつく。
けれどそんなこっちの内心が手に取るように分かるらしく、駄神は非常に良い笑みを浮かべた。これは確か配信中にスパチャをもらった時の顔だ。
「ふむ、そうですね……人間には一定、病魔に冒されているわけでもないのに、眠ることを極端に恐れるものもいます。あれは目蓋を閉ざした闇から死の世界を連想するからだそうですね」
その話はテレビで聞いたことがある。私は寝たら翌朝目覚まし通りに起きられるかの心配しかしないから、あの時はそういう不安を感じる人は想像力が豊かなんだろうなと思った。
「ははぁ、それはしっくりきていない顔ですね。では一旦睡眠=死はどこかその辺に置いておいて、蝶の生態を思い出してみて下さい。あれらは一度は卵から生まれ、芋虫になり、成長のために自ら蛹になって闇に潜る。その時の彼や彼女はそこから蝶となって這い出ることを疑いません。故に躊躇わない」
うん――……忠太の解説と理解力が切実にほしい。なんかここまでくると如何に相手が駄神でも悪い気分になってくる。誰か察しと読解能力のない私でも分かるように三行くらいでまとめてくれ――というのも伝わったらしい。
今度はやや困ったように眉尻を下げて「仕方ありませんね」と、出来の悪い生徒を前にした教師のような顔で苦笑した。
「では面倒な説明はここまでにして、特別に貴方にも使える魔法をあげましょう。とはいえ、魔力は少ないので攻撃や防御、回復系は無意味と。なら元々貴方は生存期待値――生きることへの欲求が高いので、そっち系にしますか」
そう言うなり、駄神が右手の人差し指で私の心臓の上を捉えた。その手を払い除けようか一瞬迷ったものの、忠太と金太郎達におんぶに抱っこの現状を変えられるなら、そっちの方が断然良いので黙って従う。
そんなこちらの姿にひとつ頷いた駄神が、口の中で何か小さく呟くと、指先がユラリと白く輝いて――。
「うぇっ……何か心臓の奥? がチリチリってか、メリメリいってる気がする。痛くはないんだけど、何が起こってるんだこれ」
「そこは我慢して下さい。これは謂わば無理矢理拡張工事をしているようなものなので。核の部分に裂け目を作って、そこに本来備わってないわたしの能力の一部を焼き付けているんです」
珍しく表情のない駄神の言葉を要するに、無理矢理拡張工事=メリメリ。能力の一部を焼き付ける=チリチリ、ってことか。地味になんか怖い。変な副反応が出たりしないと良いけど……とか考えていたら、急に視界の高さが幼児のそれから現在のそれに戻っていく。伸びたり縮んだり忙しいな。
そうして視線の高さが駄神と同じになった頃、ふっとまた飄々とした掴みどころのない表情に戻った駄神が「さて、無事に出来ていると良いんですが。ちょっとこの言葉を唱えてみて下さい」と言いながら、どこからか急に取り出した私のスマホ画面を指した。
この……またどこで偏った知識を仕入れてきたんだかと思いつつ、空咳で恥ずかしさを誤魔化してからその言葉を口にした。すると何もなかった真っ白な空間に、遊牧民族が住んでいるような丸いテントが現れる。
その名も――。
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★守護対象者能力アップキャンペーン★
【ここを我がキャンプ地とする!】
大型テント(最大十人)、簡易ベッド、煮炊き用竈、
飲用可能な水瓶(無限湧き)、アイテムボックス出現。
アイテムボックスはマルカの自宅に直送も可能。
テントの半径三メートルに魔物&対人結界作動(魔法防御付)
テント内での時間経過キャンセル(物が腐らないなど)
体力全回復と傷の回復有(欠損は不可)
━━━━
――という、どこのモンスターを狩りまくるんだ的なキャンプサイト。考えていたよりもだいっっっぶまとも。騙されてるのかと勘繰ってしまう。
「まぁ固有結界の一種です。サイクロプスの一撃でも破られたりはしないのでご安心を。展開している間に留守にしても、他の人間には使用出来ません。当然貴方の許可なく立ち入ることも。これで遠方への探索中にいちいち帰還する必要もありません」
「すっご……大盤振舞いじゃん」
「言ったでしょう。貴方はお気に入りだと。わたしはどうにも育成が苦手で、毎回せっかくこのゲームの順番が回ってきても、序盤ですぐに死なせてしまうんですよ。簡単にゲームオーバーではつまらないですから、これくらいはね」
気分の良い時にこの手の役に立ちそうにない不穏な台詞は聞き流すに限る。駄神は愉快そうに片眉を持ち上げただけだった。