表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
217/263

❂幕間❂いつか、また会えたら。

 参加者全員が総立ちのまま拍手をして閉幕という、何とも感動的な初めての即売会を終え、興奮冷めやらぬ状態のまま、僅かに残った在庫と戦利品を抱えて会場から出た。


 そこでこの後の行動について話し合った結果、マリとチュータは彼女の学友達の家へ、売り子を手伝い次回作のネタにもなってくれた青年達は、各々の王都に持つ店に顔を出してそちらに泊まることになった。


 有り難いことに、マリを介さなければ直接面識がないにも関わらず、そのどちらからも声をかけてもらったものの――。


「なぁ、本当に一人で宿を探して泊まるのか? 双子は一緒に泊まれば良いって言ってくれてるぞ?」


「はい。こう見えても昔はあの子と色々な場所に赴いて、宿屋を探して泊まっていましたから。久々に当時を思い出してぶらぶらしてみようかと」


【むかしと いまは かかくちがいます ぼったくり あいませんか】


「チュータは心配性ですね。大丈夫ですよ。昔はその辺に追い剥ぎなんて、しょっちゅういましたから。あの頃に比べれば治安は今の方が良いくらいです。僕は魔法も使えますし」


 心配性な後輩の守護対象者と守護精霊の言葉に、思わず口許が綻ぶ。仲の良いこの子達を見ていると、これまで朧気になりかけていたあの子と過ごした懐かしい日々が、やけに鮮明に思い出される。


 嬉しくもあり、悲しくもあるこんな気持ちは、あの部屋に幽閉された随分と昔に凍り付かせてしまったと思っていた。だからこそ、今もう一度当時の気持ちを思い出して一人になってみたいと思えたのだろう。


 こちらの発言に顔を見合わせる白いネズミと、大らかに笑うと犬歯が人より少しだけ目立つ娘。まったく共通点のない見た目であるのに微笑ましい。けれどそんな思いを込めたこちらの視線に気付いたのか、ぎこちない照れ笑いを浮かべたマリが頬を掻きながら口を開く。


「あー……確かに数百年とか違うと、だいぶ治安維持に対しての感心は高いだろうからなぁ。それを考えたら平気か」


【ぼったくりに かんしては へいきですか ぶっか はあく してます】


 マリが支えるすまほ(・・・)に前のめりに文字を打ち込むチュータは、成程可愛らしい。蛇の身体を捨てて今の姿になっていなければ、うっかり丸呑みにしてしまっていたかもしれないと笑ってしまった。


「ええ。今日一日で貨幣価値は大体把握出来ました。むしろ初めて自分で稼いだお金を使うことへの緊張感の方が凄いですよ」


「分かる分かる。初めてのバイト代で買い物する時って、下手なもの買って無駄遣いしないようにかなり緊張した」


「ふふ、そうですよね。けれどとても楽しい緊張感でもあります」


「贅沢な悩みってやつだよな。ま、そういうことなら了解だ。三日後の朝にまたこの場所で待ち合わせってことで、今日はここで解散しよう。でもどんなところに泊まったのかくらいは教えてくれよ。親しい人が楽しかった話は聞く方も楽しいからさ」


 そう言って笑う彼女の唇の端から覗いた白い犬歯。気持ち良い性格の娘だと改めて感じ入っていたら、その肩に乗っていたチュータがすまほを欲しがり、気付いた彼女が画面を向けてやれば、トトトトトッと軽快に打ち込んだ。


 すまほの画面を見て固まる彼女に近付き覗き込む。そこには【まり ちょー いいこ】と打ち込まれていた。その文面に「ばっ……別に普通だろ」と頬を染める姿は、褒められ慣れていない子供のそれで。守護精霊として呼び出されたばかりの頃のあの子と似ていた。力いっぱい褒めて赤面させてやった当時の記憶が蘇る。


「僕もチュータと同意見です。マリは良い子ですよ」


「……二人してからかってんだろ」


【いいこなうえに かわいい】


「同感です。とても良い子で可愛らしいお嬢さんだ」


 込み上げてくる優しい気持ちと、どんどん頬を染めていく、普段しっかりしている彼女では見られない子供っぽい表情に、愉快な気持ちがない混ぜになって声と肩が震える。


 しばらく【かわいい】「可愛らしいですね」とやり取りしていたものの、ついに居た堪れなくなったのか、耳まで真っ赤になったマリが「もういい、分かったから。それじゃあ三日後な三日後。解散!」と言って逃げ出した。


 いきなり駆け出した彼女の肩の上、直前まですまほに打ち込んでいたチュータが、慌てて服にしがみつくのが見える。


「うーん……チュータが目的地に到着するまで、あの状態でしがみつけていれば良いのですが。まぁ大丈夫でしょう」


 あっという間に遠くなった彼女達の背中を見送り、売上と、在庫と、戦利品で重くなった鞄を抱え直す。一人で立って眺める街並みは、あの子の肩口に巻き付いて眺めた頃よりも遥かに発展していて、もう当時の面影を残すものは何もないように思える。それでも――。


「僕がこの姿でここにいるということは、ゼノン。君もここにいるということなんですよね?」


 ぽつりと呟いた言葉に返ってくる声はないけれど。あの部屋から抜け出した今なら、きっと傍にいてくれるだろうと信じられる。


「さて、どこから観光してみましょうか。いつか君にまた(まみ)えることもあるかもしれませんし、どうせなら君の物語を書くために、当時の面影が残っていそうな場所でも探して巡ってみるのも悪くないですね」


 当時のように、安い宿を探して。

 当時のように、魔道具を扱っている店を冷やかして。

 当時のように、図書館で閉館まで粘ってみるのもありだろう。


「勿論、君も一緒ですよ。ね」


 心臓をくれた君の鼓動をこの身体が感じることはないけれど、当時のように楽しもう。今日のこの時をいつかの君と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 仲良しさん達と照れるマリと見守る先輩かわいいかわいい……
[良い点] 可愛さ余って飲み込んじゃうとか(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ