*23* 一人と一匹と一体、推し事に行く④
「ああ、貴女がマリさんなのですね……!」
「お会いしたかったわ!」
「まぁまぁ、素敵! 凛々しい方ですわねぇ」
「そちらの白いネズミちゃんは従魔かしら? 可愛い!」
「あ、あとでわたくしも自作品の魔宝飾具を注文したいのですけれど……」
「私は貴女のサインが欲しいわ。御守りにしたいの。駄目?」
髪の色も瞳の色も、年齢も背格好も口調も性格も、何もかもがバラバラではあるが、唯一の共通点であるシスター服に身を包んだご令嬢達が一斉に話し出したので、思わず一歩下がってしまった。
そんな彼女達を見て「雲雀ちゃん達、マリが驚いているわよ」とコルテス夫人が苦笑する。年長者である美魔女の声に、彼女達がぴたりと囀るのを止めた。勢いに押されてもう一歩下がろうとしていた私の背中を、両側から双子が支えて「「取って食われたりはしないわよ」」と微笑む。
瞬時に胸ポケットの忠太と視線を交わし、逃げられなさそうだと腹をくくって下がってしまった一歩を踏み出せば、コルテス夫人が「この子達のことを簡単に説明するわね」と言い、本当にその場でざっくりした説明が始まった。
曰く彼女達は全員元はそれなりかそれ以上な立場の貴族令嬢で、クズな婚約者とその浮気相手にやってもいない罪状で断罪され、それを諌めも庇いもしなかったカスな家族に絶縁され、表向きは贖罪のために修道院に放り込まれたという。しかし修道院でも元貴族であることを詰られていびられたり、普通に良い人達の世話になるのが苦痛で堪らなかったりしたそうだ。
けれど後ろ盾もなければ所持金もない彼女達。修道院を飛び出したところで行くあても生きる糧を得る伝手もない。それに泣き寝入りして一生を日陰者で生きるには、温室で生きてきた期間が長過ぎる。
そこで私と忠太が持ち込んだ同人誌活動が天恵となった――というか、コルテス夫人が王都周辺の修道院に〝持て余してる貴族の娘いない?〟と声をかけ、彼女達を集めたらしい。その狙いは同人誌の書き手不足の解消と、同人界隈の百合薔薇ジャンル固定の回避。
元々淑女教育の一貫で詩や文章を綴る機会が多いので、一から文法を学ぶ必要がなく、流行りの舞台を鑑賞してきた目を持ち、自分達が巻き込まれた生々しいゴシップにもアンテナを張れ、最早それを口に出しても許される身分。
試しにコルテス夫人が立ち上げた平民向けの小説雑誌に、彼女達の短編を載せたところ、想像以上の反響があったそうだ。金持ちのゴシップって確かに娯楽だもんな。こうして新ジャンルのNTRと婚約破棄ものが爆誕。
彼女達からしてみれば、家族と元婚約者と浮気相手を社交界でボコボコにする手段にもなり、お金も稼げて一石二鳥。腹に据えかねていたものを解き放てば良いだけとあって、原稿の回収率は優秀。版元は大喜び。
今はメキメキと稼ぎを上げて一戸建てを借り、シェアハウスしているそうだが、そのうちサークルメンバーで長屋というか、婚約破棄されたご令嬢だけが住むアパートを建てるのが野望らしい。割にすぐ叶いそうではある。
実際に土地はすでにコルテス夫人の領地に目星を立てているとか。他領にいる彼女達を引き渡すように言うのはタブーだそうで、夫人曰く「愚か者に鉄槌を下す準備は出来ているのよ」とのことだ。頼もしい。
順風満帆な彼女達から口々にお礼を言われ、現在の生活がどれだけ快適か聞かされ、一通りオタク語りを聞いた。この頃には忠太は彼女達の細指に撫で回されて疲労困憊。小さき命には彼女達の熱量は大きすぎたようだ。
かくいう私も何度も彼女達から握手をねだられすぎて手が痛い。空気が推しとの握手会で狂うオタクのそれなのがまた残念過ぎる。
――まぁそれはさておき。
「え……ここに呼び出されたのは、お礼と、この私と忠太とレベッカのことを題材にした同人誌を読んでほしいから?」
手渡されたのはずっしりとした分厚い本。赤く染めた皮表紙に箔押ししてあるから相当な金額っぽいんだが? キラキラした瞳で「はい! 世界に一冊だけの同人誌ですわ!」と良いお返事をしながら、両手を組んで迫ってくるご令嬢達。心なしか頬が赤くて鼻息も荒いのが怖い。
その後ろで面白そうにこの状況を眺めているコルテス夫人と双子。忠太が【まりの ひこうしき ふぁんぶっく わたしが きびしく けんえつせねば】とか打ち込んでるけど、そもそも売らないんだから検閲はいらんだろ。
圧に負けて表紙を開けば、もう目次の時点で神話みたいなタイトルのオンパレードで辛い。しかもこれ各話リレー方式だ。後書きまで含んだ頁数は圧巻の七百超え。一応引きつる笑顔で受け取りはしたものの、最後まで読めるかどうか……非常に自信がない。
しかし彼女達はこちらが受け取ったことで一定の満足をしたのか、スッと私から離れてコルテス夫人と双子に場所を譲る。そして夫人はこれまでの微笑から勝ち気な笑みに切り替えて口を開いた。
「貴族社会は情報戦。人のものを欲しがる貴族であればあるほど、叩けば埃が出るの。彼女達は貴女の才能を欲しがる貴族達からの盾になるわ。だからねマリ。貴女はもっと自由に振る舞って頂戴」
その言葉に一瞬ポカンとしているところへ、さらに双子がズイッと前に回り込んできて、腰に両手をあてて口を開く。
「コルテス様の仰る通りよ。向こうが訴えようとしたところで〝これは創作物です〟でおしまい。相手がゴネればその分勝手に噂の信憑性が増すの。こういうのはあたし達の方が得意なのかもね?」
「尾も、胸も、背も、ヒレがつきそうなところには目一杯つけてあげるわ。わたし達は少数民族の商人との繫がりがあるもの。ルーガルーの情報網とヨーヨーとローローがいれば、危険が及ぶ前に貴女と忠太を隠すくらいわけないの」
そんな双子と夫人に向かって忠太が【つまり】と小首を傾げれば、彼女達は口を揃えて「もっと王都にも遊びに来て。ひとまず、このあとはお茶でも如何?」と、少し戯けてニヤリと笑うから。こっちも「お茶請けに最新のゴシップを提供してくれるなら」【やぶさかでない】と応じたけど、おかげでレベッカに良い土産話がゲット出来た。