*22* 一人と一匹と一体、推し事に行く③
友人とはいえ職人であり商売人なので、並んでいるお客の推し活アイテム争奪戦を邪魔することは出来ない。
両側の売り子達が客と商品を捌いていく間、双子と一緒になってハラハラしながら順番がくるのを待ち、奇跡的に双子の元に推しのアイテムが渡ったところで、午前の受注を閉めて休憩の札を出したのだが――。
「なぁ……これ作った本人が言うのもなんだけど高いんだから、無理しないで後日安く出すお手頃版買えば良かったんじゃないか?」
軍資金のたんまりある貴族様相手ならともかく、友人に売るには少々良心が痛む。商品としての出来に自信がないわけではないものの、せめてこっそり買いに来てくれでもしたら多少金額を引けたのにと思ってそう言えば、二人は限定品用の小箱を抱きしめてキッとこちらを睨んだ。
「何を言ってるのよマリ。これは自分へのご褒美で先行投資なのよ。あとは作品への愛。あたし達だって商人で職人なんだから、パーツの値段や石の目利きくらい出来るわ。でもこういうのは理屈じゃないし、ケチってる場合でもないの。そうよねサーラ?」
「その通りよラーナ。マリ、わたし達がこの素材を手にしたところでこれは作れない。余計な思い入れが作品の世界観を壊しかねないもの。だから小説の監修をした貴女が作ってくれたこれを購入することで、純粋な気持ちで作品の世界に没入出来る。具体的には二日くらい休まずに店用の護符を作れるわ」
神秘的な褐色美少女達のオタク語り。あんまり饒舌過ぎて変な笑いが出そうになるが、よくよく聞いていたら全然笑えないことを言っていた。しかし両側の売り子もサイラスも平然と聞いている。納期が差し迫った職人界隈ではあるあるだ。商人にとっても納期は確実に守ってほしいところだろうし。
――と、箱と中身を撫で回したり匂いを嗅いで堪能した双子は、お揃いの鞄に大切そうにブツを片付けると、不意にスカートの両端を摘んで膝を折った。これがあの少女マンガの必殺技か……思ってたより普通のお辞儀じゃん。でも確かに前世でもお辞儀の姿勢が綺麗な人って一定の信頼感あったな。
「「ご機嫌よう、クラーク様、ハリス様。少々久しぶりに会った友人を前に箍が外れて、ご挨拶が遅れましたわ。申し訳ありません」」
猫の皮、分厚いな。学園生活中のあれやこれな姿を見ていなければ、そこそこお嬢さんぽく見える一対の人形みたいに綺麗な双子に、忠太が拍手を送る。私も何となくつられて拍手してしまった。
けれど軽く会釈をしただけのコーディーに対し、微笑みながら徐ろに魅了封じの眼鏡を外そうとするローガン。
「ご丁寧にありがとう、お美しい妖精姫――っんはぅ!!」
「あ、ごめん。気持ち悪くてつい。続けて。眼鏡は外すなよ」
「すみません、つい癖で。それに謝らずとも、貴女から与えられる痛みは全てご褒美ですからぁふんっ!」
謝罪の舌の根も乾かないうちに結構本気で蹴ってしまった。こんなことを続けていたらローガンの尻が四つに割れてしまう。反省は……別にしなくても良いか。蹴り続けてたらズレてる脳の神経も繋がるかもしれないし。というか、目の前で堂々と人の友人を口説くなっての。
問題はスマホに高速でフリック入力してるハツカネズミのケアだ。画面いっぱいに【きぃっっっっっっっっっっっっs】と打ち込まれている。見た目がピアノコンクールの激しい曲の演奏中って感じ。
周囲にはこちらの休憩解除を待ち構えているお客の目があるので、過激な言葉を使わないようギリギリ理性が働いてる分より不憫で可愛い。実際に可愛さに参っているご令嬢が何人かいるっぽいけど、ペットにするにもこの世界にハツカネズミはいないんじゃないかと思う。ちょっとだけ優越感。
あとサイラスが口を押さえて震えているのは笑ってるからだ。意外に笑い上戸なんだが、指が口にあたってカチャカチャ硬質な音がするとひやひやする。まぁ広域でいうと磁器だもんな。まさか笑いで弾けたりはしないだろうけど、手袋を用意しておいた方が良かったか。
「よく耐えたな。俺も気持ちは同じだぞチュータ。お嬢ももっと手心なしの全力で蹴り上げてやれば良い」
「そういう問題でもないんだよなぁ。つーか、サーラとラーナもその堅苦しい感じどうした? コーディーさんはいつも言伝を頼んでるからともかく、ローガンとも知り合いなのか?」
「「あのね王都の商人でクラークの御曹司を知らなかったらモグリよ、マリ」」
【けして かおだけで おぼえられてる わけでは ないと】
「仕事ぶりだけじゃなく顔でも憶えてるんだろ。確かに目立つもんな」
「この男の顔は派手ですからね。お嬢に効果がないようで助かります」
「おやおや、僕がマリさんに褒められたことがそんなに羨ましいのか。何にせよこんな目つきと口の悪い跡取りを持って、ブレント殿もお気の毒だ」
「……あ゙ぁ?」
またもや二人のやり取りを遠巻きに見ていたご令嬢達からさざめきが上がり、サイラスの筆が冴えを見せる。だんだんあのメモ帳が黒革の手帖に見えてきたな。この感じだと次回作はすぐに生まれそうだ。
今日ここに客として来た人達に誤解を与えないよう、次巻は冒頭に〝この作品はフィクションです〟と入れさせることを忘れずにいよう。色んな人の性癖が事故りそうだ。現にカーテシーを披露していた双子がお互いに目配せし合っているが、その形の良い唇がニマァとでも擬音がつきそうな形に歪んでいる。
余計な二次創作が生まれる前に訂正しようと口を開きかけたら「「いけない、店番をしてたところの人達に、お礼が言いたいからマリを連れて来るように頼まれているのよ」」と言い出した。会話の脈絡よ。忠太も【じゆうですね】と打ち込んでいる。
「「そういうわけですので、マリをお借りしてもよろしいかしら」」
「相変わらず色々と説明が雑だなぁ。初対面の人達にお礼を言われるようなことは何もしてないぞ?」
「「マリがそう思ってないだけで、感謝したい人はいっぱいいるわよ」」
そんなもんか? いまいちそういう実感がないので首を捻る私に向かい、双子だけでなくコーディーとローガン、サイラスまでもが苦笑していた。忠太だけがヒゲを震わせ、鼻の穴を広げてドヤ顔をしている。
「店番は自分とこれがしておこう。お嬢もせっかく友人が来てくれたんだ。少し会場内を見て回ってくると良い」
「なんか手伝ってもらってばっかで悪いな。良いのか?」
「ええ。人のことをこれ呼ばわりする男と並ぶのに気を紛らわせようと、休憩中のこちらで展示して、お客様の反応を調べておきたい新製品が幾つか持ってきたので。むしろお願いしたいくらいですよ」
「かなり癪だが同じことを考えていたらしいな」
「言っておきますが、商品の展示範囲は机半分ずつですよ」
またも周囲のご令嬢方からの視線と、サイラスのペンの音がヒートアップする。二人がこれ以上犠牲点を重ねないうちに「じゃ、行ってくるわ」と席を離れた。今頃再会をはしゃいで両側から腕を絡めてくる双子に誘われ、壁サーと言われる作家達が集う場所に向かったのだが―。
「なぁ、まさか……あそこ?」
「そうよ。最大手なんだから」
「皆さん貴族のご令嬢だけれど、とても良い方達よ」
にこやかに両手を差し伸べて歓迎してくれるご令嬢達の先頭には、コルテス夫人。そのサークル名は〝修道院にさよなら〟という、明らかに訳ありなご令嬢達で構成されていそうなものだった。