*21* 一人と一匹と一体、推し事に行く②
さてさて、ついにやってきた同人即売会当日。
お題は【お酒の失敗から始まる恋】とやや俗っぽい。
間違ってもシャンデリアが煌めく、なんかテレビでしか見たことのない貴族の館でやるには相応しいか? と首を傾げてしまうお題だ。
開場直後から熱気に包まれっぱなしの同人即売会が始まり、やんごとない身分の方々と思われる人達が一斉に目当てのブースへと急ぐ姿は、何故か開かない踏切や変わらない信号の切れ目を駆け抜ける、前世の名物、朝の通勤通学ラッシュに酷似していた。
熱い思いを迸らせて推し作家に手紙や差し入れを押し付けるファン達。ここでしか出会えない同士と半ば発狂したように本の感想を言い合う姿は、常の供給不足から解き放たれ、供給過多になったオタクのそれだ。時々どこかで悲鳴が上がり、興奮で失神した令嬢や令息を係員が別室へと運んでいく。
でも誰も足を止めない。
常軌を逸した狂った空間だ。
そんな彼や彼女らに気圧されながらも握手や笑みを返す作家陣。中には売り子に店番を頼んで他の作者に挨拶に行き、ついでにどこの装丁師に注文したのかと聞いたり、作品交換をする人達もいる。
知らない間に結構開催されていたらしいこの祭りで、すでに常連出場で人気になっているサークルからは新刊売り切れの声が飛ぶが、初出店のサイラスのブースはもう少し穏やかだ。
とはいえ明るい敷布と他では見ない立体設営に加え、開場早々売り切れになっていたアンソロジー本を斜め読みした読者達で、サイラスの作品を気に入ってくれた人達がきてくれる。最初の頃は緊張でガチガチだったサイラスも、徐々に勝手が分かってきたらしく、懸命に自作品(百合)の説明をしていた。
――で、私と忠太はといえば。
「いらっしゃいませ、可憐なお嬢さん。特別出店の概念アクセサリー売場はこちらに並んで下さい。チェリー・ブロッサム先生の作品をアクセサリーにした限定品は、お一人様一点ずつまでとさせて頂いております。どちらも残り僅かですのでご購入ご希望の方はお急ぎ下さいませ」
「初出店サークル【隠者の追憶】の書籍購入者様はこちらへ。また魔宝飾工房【眠りネズミ】が監修製作したサークルバッグは、先着配布分がなくなりました。ご了承下さい。押さないで、職人が順番に製作しますので」
とてもじゃないが一人と一匹では客を捌ききれず、こういうことに慣れているローガンとコーディーの誘導の下、辛うじてメンバーとしての仕事をしている。中にはタイプの違うイケメン二人に吸い寄せられて、何をやっているのか覗きにきている淑女達もいる始末だ。
ローガンは魅了封じの眼鏡をかけてるのに、あんまり効果を感じられないところから、やっぱり普通にしててもイケメンなんだろうな。
――というか、倒した先から次々と新たに並んでいく紳士淑女に、すでに忙殺されかかっていた。
この忙しさ。盆と正月とその他諸々のイベント繁忙期の目白押し感がある。ちょっとした工房の宣伝くらいの気分で出店したのに、何でこんなことになったんだ。オタクの初めて見るものへの順応力と好奇心を舐めてた。エグい。
【まり ぱらみらのいと のこり すくないです てぐす よういします】
「頼む。色は琥珀っぽいやつにしてくれるか? それからついでに赤いシーグラス取って。穴開けるから頑丈そうなの選んでくれ」
前日の夜に準備しておいた各種素材のついた丸カンなんかを、今日ここで選んでもらったやつと組み合わせ、やっとこで閉じて繋げるだけにしておいたのに、もう全然余裕がない。何なら準備してたやつでは足りないから、即興で作る必要さえ出てきた。
貴族のつけるアクセサリーだから、こちらになくて比較的珍しいカラフルなシーグラスは使うけど、麻を使うマクラメ編み用の素材は持ってきていない。麻紐はシーグラスとの相性は一番良いんだけど、オヤに使うラメ入りレース糸がギリギリ許される精一杯。
だから、素材に穴を開けるのに使うルーターの充電が保ってくれるように祈る。充電が切れたら工具を使った手動の穴あけしか出来ないからな!
こっちの切羽詰まった状況を知ってか、観客を楽しませるためにいつも以上に滑らかなフリック入力を決めるハツカネズミ。その努力の甲斐あって一番前のお客さんから「可愛い!」と声が上がる。ネズミはネズミでも白くて賢いとあれば反応が良くなるのが人間だよな。分かる。そのまま待ち時間をそれで紛らわせておいてくれ。
捌いても捌いても列が短くならない。これあれだ。何かに似てると思ったら、縁日とか海の家のバイトで焼きそば焼いてる時の気分。
【しーぐらす ちゃいろ あまりがち しぶいきゃら おしてるひとに さしいろとして おすすめ してみては】
「いーねー。だったら合わせるのは黄、緑、青、銀色系統の魔石かガラスビーズを使おう。それとタティングレースの小花と、ローズクオーツとかのパワストーン、あとは淡水パール系とか」
疲労でシパシパする目を手の甲で擦りながらそう答えていたら、さっきまで隣でサインをせがまれてあわあわしていたサイラスが「どの色もまだありますよ。こちらは今回の作品にも使って頂きやすいと思います。お勧めしてみますね」と、生き生き返事をしてくれた。細かい作業中だから顔をそっちに向けられないけど助かる。
短く「頼む」と答えれば「喜んで。むしろ隣に貴方が出店してくれたおかげで、無名の僕の作品が売れているんですから」と返ってきた。ちなみにうちがアクセサリーを出して他のブースから苦情が出ないのは、ひとえにこの即売会の主催者であるコルテス夫人のテコ入れのおかげだ。
そんな彼女には、曾祖母の作品概念アクセサリーをプレゼント済み。しかもレア度☆3という一点物の特別仕様。今日も開場の挨拶の際につけてくれていた。まぁ美魔女な彼女がつけてくれれば、お菓子のオマケだって高級品に見えるだろう。映画スター並の歩く広告塔だ――と。
「お嬢、列が長くなりすぎてる。一度受付を締め切るか、先に素材だけ回して選ばせてから番号札を渡して、完成したら係員に頼んで札を持った相手を探してもらえば良い」
「それと先に大まかなデザインを決めておいてもらうのも良いかと。僕が聞き取りを行って簡単なデザイン画を描きますから、注文した方のお名前と札の番号を控えておきます」
「勝手にお前のデザインで脚色してお嬢の手を煩わすなよ、クラーク」
「そちらこそ貴重な素材をぶちまけて列を乱さないでくれよ、コーディー」
作業用に用意された長机の両側からそんな声が飛んでくる。双方商人の息子らしく、おまけにそれぞれの強みを持った視点での助言だ。しかし正直ありがたい申し出ではあるのだが、二人のやり取りに列に並んでいる淑女達が俄に色めき立つ。隣でサイラスがメモ帳を開いたのは無関係ではないだろうな……。
忠太も次の指示をスマホに打ち込む手を止めて、ピンク色の鼻先を両手で覆う。餌を与えてしまったことに気付いていないのは当の本人達だけだろう。でも許せ。こっちもそんなことに突っ込んでいる暇はない。
「それどっちも助かる。二人共マジで有能感謝。是非お願いします」
焦りが声音を平坦にするものの、二人は気にした風もなく「任せてくれ」「お任せ下さい」と返事をしてくれる。サイラスのペンが凄まじい冴えを見せてる気配が、書籍を購入してる列のお嬢様方から感じた。
色々目をつぶることにして少し心に余裕が出来たその時、忠太が【まり おきゃくさん】とスマホに打ち込んだので、ようやく一旦手許から視線を上げると、列の最後尾に見知った同じ顔が二人並んでいて。
こちらと目が合った瞬間、仲良く「「壁サークルの人達に頼まれて店番してたら遅くなったの。ブロッサム先生の限定品アクセサリーってまだ両方残ってる!?」」と、焦った声を上げた。
久々の再会の第一声がそれって……相変わらずおもしれー双子だわ。