*18* 一人と一匹、舞い戻り、視聴する。
次に目を覚ますと、いつものベッドの上で。ぼんやりした頭で部屋のカーテンを開けると、空は夕焼けに染まっていた。実感は薄いけど、どうやら無事に今世に戻ってきたらしい。
ボリボリと頭を掻きながら、窓際にある小さな神様達の集合住宅である水槽を覗くも、相変わらず何も視えない。ただ風もないのに中に植えてる花や、誰も乗っていないシーソーやブランコが揺れているので、皆ちゃんとここにいるんだろう。試しに「ただいま」と囁くと、花壇で花吹雪が舞った。
次いで忠太のベッドを覗き込むとそこに忠太の姿はなくて、代わりにねだられて買ったピンク色の縁結びの御守りが一つ入っている。振り返ってベッドの枕元を見たら、カバーの白と同化した忠太が丸まっていた。これからハツカネズミを飼う人には、部屋の小物や布物を白以外にすることをお勧めする。踏む危険性があるから。
その反対側にはお揃いのピンク色の御守りがついたスマホが埋まっている。何ていうのかこう、意図したわけではないのに、こっ恥ずかしいものを買ってしまったものだなとは思う。まぁでも忠太は意味を知らないから、わざわざ教えることでもない。
起こそうかと思ったものの、あんまり気持ち良さそうに寝ているのでもう少し寝かせてやることにして、スマホを手に昨夜の暴飲の置き土産が出ないうちに、水を飲みに台所へと向かおうと寝室を出――ファンファーレ!! こちとら帰ってきたところだぞ、ちょっとは休ませろよ?
パブロフの犬よろしく飛び起きる忠太。寝室の外で私達が起きるまで待っていたのか、シルバ○アの椅子に座って豆本を読んでいたらしい金太郎が、ドアを蹴破らんばかりの勢いで部屋に飛び込んできた。仲間のピンチに駆けつけてくれるとか格好良い〜。
スマホの画面には入れた記憶のないVTuberのチャンネル、その名も【四畳半の錬金術師☆ナイトメア】が。この時点ですでに超不吉。しかもタップするまでファンファーレが鳴り止まない仕様っぽい。うるせぇ上に悪どい……!!
うんざりしながら忠太と金太郎と視線を交わし、諦めてURLをタップした。というか、するしかない。するとご機嫌なファンファーレは、どこかで聴いたゲーム音楽を繋ぎ合わせたようなオルゴール音楽へと変わる。そして――。
『善人、凡人、極悪人、ようこそ人類。わたしこと四畳半の錬金術師☆ナイトメアのチャンネルへ。このチャンネルはタイトル通り、わたしが気まぐれにポーションなんかを作ります。さて、視聴する前に注意書きに目を通して下さい。とっても大事なことなので守れない子達はお仕置きですよ』
胡散臭い語り口で画面に現れた金髪緑眼の美しいエルフが指した先には、不穏な注意書きがあった。要訳するとクソコメは仏の顔も三度までなら受け流す。四度目はない。といった内容だ。
これが前回駄神が言っていた治安を維持する方法なのだろう。ちなみに三度目までは許すと書かれてはいるが、駄神との付き合いも二年目の私達は信じない。一度目から三度目までは命には関わらない程度の罰が。四度目は命を脅かす罰が待っているに違いない。
愚か者も賢くなる(強制)システムか。個人的には昨今のネット事情を考えれば妥当かなとは思う――と、早速【厨二病w マジうざいw】と書き込みが。この時点で視聴している人数は十人。
『おや、いきなりチャレンジする子が現れましたね。個人的にそういう子は嫌いじゃありませんよ。カウント①です身体で憶えて下さいね。気になる子はどんどん挑戦してみると良いですよ』
この言葉で誰かがこのチャンネルのURLをどこかのスレッドに晒したのか、新人YouTuberやVTuberをいびり倒すのが大好きな馬鹿共が参戦。視聴者は三十四人になり、一斉に一人目と同じ様な言葉を書き込み始めた――が。
五分経っても、十分経っても、クソコメを投稿した連中のハンドルネームが再び画面に現れることはなかった。やっぱりな。忠太と金太郎と一緒に視聴しながら合掌。残った視聴者はこの時点で八人になった。減り方がエグい。
その間も駄神もとい、サイコパスもとい、ナイトメアは、前世の私の部屋そっくりの場所で超初級の回復ポーションを調合していく。使われている素材は採取場所を知っているところのものが多いので、思わずメモを取ってしまう。
あと意外と手際が良くて、何となく教育番組の理科の実験を見ている気分になった。完全にファンタジー世界の情報として視聴者を楽しませるつもりなようだが、その世界を知っている身としては勉強にはなるものの、面白いかといえば微妙である。
わざわざ駄神の方から無理矢理観るように仕向けてきたのだから、一応視聴者として書き込むことにした。最悪仏の顔面ビンタ一回目くらいなら堪えられるだろう。たぶん。
「えーと、そうだな【素材の採取動画はないんですか? 調合だけだと単調で少しつまらないです】と」
忠太にしがみつかれた手でフリック入力したメッセージは、すぐにコメント欄に反映され、一瞬傍観していた他の視聴者達が画面越しに凍りつく姿を幻視するが、覚悟していたような痛みはない。
駄神のアバターであるエルフは『成程、それは思いつきませんでした。いずれ試してみますね。建設的なコメントありがとうございます』と指ハートをしながら答えた。その動きはもう古くないか……?
私がコメントしたことで、やっと視聴していた人達からナイトメアへの質問コメントがちらほらと並ぶ。例えばプロフィールのふざけた石油王(笑)だとかへの。駄神はそれにのらりくらりと答えつつ、最初の治安を保ったまま最終二十二人の視聴で初めての配信を終えた。
帰ってきてすぐの配信視聴に疲れて忠太と溜息をついたその時、スマホからまたもファンファーレが鳴り響いて。思わず反射で窓の外にぶん投げようとした私の手から、金太郎がスマホを奪取。からの――。
『いやぁ、まさか貴方から初配信にコメントがもらえるとは思っていませんでした。存外嬉しかったので、こちらはお礼です』
さも愉快で堪らないというその発言と共に、ポーンと電子音がして画面に現れた新能力に思わず「え、意外……そういえばまだこれ持ってなかったのか……」と。新鮮な驚きを感じてしまった。