*16* 一人……じゃないんだ。
手始めに目指したのはモーニングだけでなく、他の商品もかなり盛っていると人気の喫茶店チェーン――にしようかと思ったけど、よくよく考えたらいくら美味しいトーストとコーヒーとはいえ、西洋っぽい文化圏の向こうと比べて目新しさが足りないということで却下。
代わりに定食屋のチェーン店か牛丼で有名な吉○家かで迷ったものの、生来持った金銭感覚が直らず。こっちの世界の初ジャンク飯は吉○家になった。いやもうこれ、ただの前世の夜勤明けの朝飯だな……?
たっぷりの紅生姜と贅沢に温泉卵をトッピング。お新香と悩んだけど、温泉卵が勝った。多少行儀は悪いが、温泉卵、紅生姜、七味もぶっかけて混ぜて食べるのが好きだ。
「マリ、このスープに入っているドロッとした黒いのは何ですか?」
「火を通しすぎたワカメ。海藻だよ」
「このパリパリの皮をしたピンクの魚はマスですね。こっちはマリのと同じお肉、と。これはご飯に載せても良いんですか?」
「塩鮭な。マス科かは知らないけど。コンビニのおにぎりに入ってるやつ。食べたことあるだろ。あれの中身と同じ味だよ。勿論肉を載っけて食べても良いぞ。器が違うと別の食べ物みたいだろ」
忠太が頼んだのは焼魚牛小鉢定食。納豆は好き嫌いが分かれるからな。ちなみに私はひきわりなら食べられる。タレとネギはマシマシで。そんなことを考えながら食べていたら、いつの間にか食べ終わっていた。次のバイトまでの隙間時間にと身につけた早食い力は衰えてないみたいだ。
説明を聞いて早速こちらの真似をして紅生姜を混ぜ込み、ご飯に牛肉を載せる忠太は、仕事明けの嬢や夜間工事の作業員、これから出勤のサラリーマン達が疲れた溜息を吐くこの空間で、めちゃくちゃに浮いていた。それこそドッキリみたいになっている。
見慣れてると忘れがちになるが、こいつ美形なんだった。海外モデル並にキラキラした見た目で無邪気にミニ牛丼を食べている姿は、一部の人には眼福と言われるレベルだろう。これでこいつハツカネズミの時も可愛いんだぞ。私の相棒無敵じゃん。
あとな、この見た目で拙いながらもお箸も使える。仕込んだからな! この空間の誰もが、ポーッとした表情のまま「マリ、この食べ方美味しいですね」とはしゃぐ忠太を見ていた――が。
さっきまでお疲れな表情だった嬢が、カウンターの下でスマホを高速操作しているのに気付いてしまった。まずい。これは知り合いを呼んでるかネットに書き込みしてそうだ。疲れる日常に潤いを求める気持ちは分からんでもないけど、こっちも休暇中なわけで。
「おう、気に入ってくれて良かったよ。それより忠太、サクッと食べて次行こうぜ。まだまだ美味いもの食べさせてやるから」
「ふふ、そうでしたね。ではすぐに食べてしまいます」
「ん。でも慌てすぎて喉に詰めるなよ〜」
そう言いながら彼女の方をチラッと見たら、悔しそうな残念そうな表情を浮かべていた。ネットのない世界に二年もいると、こういうのを根本から忘れてるから怖い。すっかりデジタルデトックスされてたわ。その後は周囲の視線を牽制しつつ、忠太が完食するのを待って店を出た。
「さてと、それじゃあ次は何を食わせてやるかな〜。忠太は何かリクエストとかあるか?」
「それでしたら、こちらの世界の屋台にも興味があります」
「屋台ね、良いじゃん。最近だと結構珍しいのもあるからな。でもまだ少し早いからやってないと思うし、開くまでどっかその辺のコンビニスイーツでも買って食べ歩こう」
「どうしましょうマリ、楽しみすぎです!」
「ははは、期待値高いなぁ! でも任せとけ!」
――という感じでゆるっと次の予定を決め、敢えて人通りの多い大通りの方へと歩く。理由は簡単に人を隠すなら人の中ってのもあるけど、昨今特に多くなってきた外国人観光客に紛れてしまおうという魂胆だ。
美形以外の理由で忠太が目立つなら、まず間違いなく外国人的風貌のせいだろう。目論見通り表通りの方に出たらパッと歩いている人間の種類が変わった。二極化したとでも言った方がいいか。
項垂れて学校や職場に向かう人間と、海外から遊びに来ている観光客。かつてその中を前者に交じっていた身からすれば若干複雑である。流石は駄神。転生二周年のご褒美としては底意地が悪い。
「マリ、彼や彼女達はあんなに体調が悪そうなのにどこに行くのですか?」
「あー……んー、仕事だよ。働かざる者食うべからずってやつだ。向こうに比べて何でも便利な世界なんだけど、その分縛りも厳しいわけ。裏を返せばお金があれば何の苦労もない世界でもあるんだけどな」
「では……マリも、かつてはああだったのですか?」
「ん、そうだぞ。まぁあの中でもかなり貧乏な部類だったから、相当酷い顔をしてただろうけどな――って、そんなことは良いから行こうぜ」
目端の利く忠太は駄神の目論見に気付いたらしく、一瞬沈痛な表情を浮かべたものの、すぐに無言でこちらの手を握り返してきた。何でだろう。儚げな見た目の割に骨張った手がやけに頼もしく感じる。
往来で足を止めてしまったせいで、俯いて足早に歩く通行人と肩がぶつかってふらつくも、忠太が「すみません」とぶつかった相手に謝りながら、自身の方に引っ張り寄せてくれた。おいおいおい、これじゃあ私の方がこっちの世界を歩くのに不慣れな人だ。
これ以上忠太に街歩きの主導権を握られるわけにはいかん……! あと少しでも駄神の思惑に乗って落ち込んだのも悔しい。本当にムカつく。こうなったらもう生前やってみたくて、金がなかったからやったことのないことに片っ端から挑戦するしかないな?
「忠太。この辺の店舗違いのコンビニスイーツ全部買って公園で食べたら、映画館でコーラとチュロスとポップコーン片手に映画観て、昼飯に高級黒豚カツ丼食べて、ス○バで期間限定のドリンクに限界までトッピング盛って、プリクラばっか置いてあるゲーセンがあるらしいからプリクラ撮って、屋台でたこ焼きとビールをキメたら、キッチンカーがいる地域まで出て何か食べよう」
あ、ヤバい。口に出してみたら自分の中で押し殺してたやりたかったことが、どんどん湧いてくるのが分かる。三日間では全然時間が足りない。ああクソ、この感情も駄神の掌の上ってことか。
「え、あの、はい……?」
「ちなみに今のは今日の二時までの予定だから」
「えっ、あの、え……それ、二時までの予定ですか?」
「そうだぞ。あ、もう七時だ。急ごう。映画館一番早いの八時二十分からだ」
「うわっ!? 分かりましたからマリ、そんなに引っ張らないで……!!」
手を引っ張るのではこの逸る気持ちを抑えられそうもないから、慌てる忠太の腕に自分の腕を絡めて小走りになる。だだっ広い横断歩道を行き交う人々、車のエンジン音とクラクション、黄砂か花粉か排気ガスかで薄く煙った青空、天を突くみたいに乱立するビル!
戻って来た。
戻って来た。
こんなに便利で、人が多くて。
なのに私の居場所の何一つなかった世界にたったの三日。
「マリ、転んだら危ないですよ。怪我をしたら大変です。あぁ、そうだ。治癒魔法が使えるか確かめたいのでわたしが転んでみましょうか?」
「馬鹿だな忠太は。そこは転けなきゃ良いんだよ」
私のことしか考えていないこいつを連れて。
あーあ、なんて皮肉が利いたプレゼントなんだか。