*12* 一人、やりがちな失敗をする。
魔力が回復する果実酒。これだけ聞くと安易に〝おっしゃ売れそう! 一攫千金だぜ!!〟とかはしゃぎそうになるけど、材料は魔物のそれ。魔力が回復する理由も分からない――と、思いきや。
心配パンチで気が済んだのか、叡智の蛇様が「魔力が回復する理由に心当たりがあります」と挙手して、簡易講習会を開いてくれた。
そもそも金太郎と輪太郎が探し当ててくれたこの場所が、ダンジョン内でもかなり魔力が濃いらしい。魔力が濃いと一口に言っても、それが小さな神様達のたまり場か、自然由来なのかという差はあるそうだが、ここは後者だという。だから魔物が集まって来るのだそうだ。
――そんな異質な空間の地面が何も含まぬはずもなく。
要するにここは地面から発生した魔力が充満していて、その地面に直接土を使った甕を埋めることで魔力が染み込み、中の酒が持つ微量な魔力と同調し、それが顕著な効果として出たのでは――というのがサイラスの見解だった。
「ほ、ほーん……成程? ならこれを飲めば、市販のお高い魔力回復ポーションと同じ効果が得られるってこと……だよな?」
「かなり要訳すればそういうことですけれどこれはどちらかといえば飲み続けることで体内の魔力をさらに同調させてそれまでより楽に魔法を行使出来るようになるものではないかと他にも魔力が高すぎて自分では抑え込めない者や逆に少なすぎる者などへの補助効果も期待出来そうです」
ひぇっ……突然の早語り怖。呪文?
「それは凄い。仮にわたしが飲み続ければ、現在余分にかかっている魔力消費量を適正な量に減らせ、マリのように自身が持つ魔力を認識出来ない人でも感じることが可能になると」
こっちはこっちで理解力がエグ。賢者?
――とまぁ、せっかく説明を受けても半分も凄さを理解出来ない私と違い、理解力の高い忠太は即座にサイラスの言いたいことを汲んでしきりに頷く。聞いてる感じから、薄らと前世の薬局バイト中に見た養○酒を思い出した。
確か胃腸虚弱・食欲不振・肉体疲労・冷え症・血色不良・虚弱体質や病後の方の体力の回復……だったか。高いだけあって、健康の欲張りセットみたいなやつだなと感心したもんだ。
蛾の翅で仲良く遊んでいた金太郎と輪太郎が駆け寄ってきて、こちらの話に交ざろうと足下に座り込む。可愛いけどこのレアカードかオーロラみたいな鱗粉とれるんだろうか……と。
「僕は飲めないのであくまで仮説ですが、恐らくは可能でしょう。本当に貴方達は引きが強い。そういえばあの子もそういうところがありました。ふふふ、異世界渡りは面白い」
顔色は陶器だから変わらないものの、口調がやや興奮気味なサイラスに微笑ましいものを感じる。サイラスやオニキスみたいに長生きっていうレベルじゃない長生きをしてると、そういう感情が擦り減ってメンタルがヤバいことになりそうだし、実際どっちも会ったばかりの頃はだいぶキテたもんな……。
忠太達は私が死んだあとも大丈夫なように、いっぱい遊びを教えておかないと。前世では〝働かない=死〟だったけど、贅沢なことに今は〝退屈=死〟だ。このちょっと凄かったり結構くだらなかったりみたいな、絶妙な塩梅のDIYをしていたい。というわけで――。
「じゃあ前向きに新商品として市場参入を考えるとして、すでに生食もしたし飲んだ後に言うのもなんだけど、これって人体に悪影響とかないよな?」
そう口にした瞬間〝そんな今更?〟みたいな顔をするサイラスと忠太。お? なんだこいつら? ついこの間までの距離感が嘘みたいで軽く嫉妬するわ。
「引くな引くな。私は一応駄神からの加護でこういうのに耐性が出来てるらしいからさ。普通の人間が飲んでも平気なのかなーって思って」
「「ああ、なんだ、そういうことですか」」
「おいコラ、あからさまにホッとするなそこ二人。私に対して失礼だぞ」
ゲテモノ食に目覚めてまだ日は浅いものの、コカトリスの玉子やゴーレムのキノコが食べられるなら、実をつける植物系の魔物もいけるだろうと、特に深く考えずに株ごと捕獲して畑に移植はしたが、その実で漬けた酒が美味いのは完全に嬉しい誤算で、言うなればビギナーズラック。
完成したけどどこで材料を手に入れたのかと聞かれても面倒だし、そもそも発光する酒というこのパリピな一品がどこでウケるのか。前世でも海外の暗闇で発光する水色や蛍光オレンジのケーキというのがあったが、食べたいかと言われたら全力で拒否する。
もう一度手にしたワイングラスで甕の果実酒を掬う。やっぱり光っているが、幸いにしてこのお酒は比較的ほんわりとした、テレビで見た里山のホタルブクロで捕まえたホタルくらいの光だ。
薄桃色の酒の色味も相まって、さほど毒々しくはない。元の果実がイチゴ大福っぽ――いや、どっちかっていうとカキ氷グミのイチゴ味に似てたか。食感も近い感じだったし、案外受け入れられそうかもしれない。
「大丈夫なら売り出し方と場所を考えればいけそう。たぶん」
「でしたら七月の三週にある職人通り主催の魔装飾具師大会はどうです? お祭り騒ぎで賑わっていますから、新製品のお酒に目を止める人もいるかもしれません。今からだとちょうどお酒が漬かる三ヶ月くらい先ですし」
「魔装飾具師大会! 転生してまだ二ヶ月ちょっとくらいの時だっけ。あれから一気に仕事が増えたんだよな。その噂を聞きつけたレベッカが押しかけて来たりさぁ」
「そうでしたね。あの時はこんなに長く深く付き合う間柄になるとは思いもしませんでした」
「それな。そうだ、今度レベッカに会いに行ったら、ウィンザー様にあの時の話してやろうぜ。きっと凄い慌てるぞ」
「毒性が心配ならその間に毎日飲用すれば、流石に少しは身体にも影響が出るでしょう」
「それ良い、採用!」
「あの……もしよろしければ、同人誌即売会も選択肢に入れて頂けませんか? 今度のお題で〝お酒の失敗から始まる恋企画〟なるものがあるので……」
「うんうんサイラス、それもありだな、採用! ついでに乾杯!!」
やけにフワフワとした心地良い高揚感に見舞われ、中身入りのグラスを掲げて一気に飲み干したあと、プツッと記憶が途切れて。次に目を覚ましたら、苦笑するサイラスに「取り敢えず、飲み慣れないと魔力酔いして気分が大きくなるみたいですね」と。お日様の香りの巨大ハツカネズミに抱きしめられた格好で、酔っぱらいにかけられる台詞ナンバーワンを聞かされた。