★9★ 一匹、続・人型でもお役に立ちます。
久しぶりに――とはいっても、マリと一緒にダンジョンに出かけて剥ぎ取った素材は持ち込んでいるので、ほんの八日ぶりくらいに冒険者ギルドに顔を出した。朝の九時頃はギルドが始業した直後なので、近隣遠方を問わず依頼を受ける冒険者で賑わっている。
いつもならもう少し人の出入りが落ち着いた時間帯に来るのだが、今日はこの姿でやるべき仕事のために来たので、人目が多い方が都合が良い。
なるべくゆっくりと壁に貼ってある依頼に目を通し、その中からこの後マリと採取に向かう場所で入手出来そうなものを剥がして、顔見知りが座るカウンターに並んだ。並んでいる間にも目の良い女性冒険者達が、こちらをチラチラと盗み見ている。やはりマリの直感は素晴らしい。
そう確信しつつ順番がきたので、受付のカウンターに壁から剥がしてきた依頼書を提出した。すると依頼書にさっと目を通して顔を上げた顔馴染みは、目敏く「おいミツネ、お前何でそんなとこにクッキーつけてるんだ?」と若干の驚きと困惑を交えた表情で尋ねてくる。
彼の視線はわたしの襟元にあるこんがりきつね色、真ん中に青い魔石が嵌った、絞り出しクッキー型のチェーン付きラペルピンだ。ちなみにマリがわたしのために作ってくれた水属性の付与効果付きのものである。
フリマアプリのサイトでは珍しくない人気アイテム、樹脂粘土を使ったお菓子のアクセサリーだが、こちらの世界ではまったく知名度がない。本物そっくりのお菓子に見えるこのアイテムは人々の――取り分け若い女性の興味を惹くには充分だろう。
「ああ、これですか? 知人に頂いたのですが、こう見えて魔宝飾具なんですよ。本物のクッキーみたいで可愛いでしょう?」
「へぇ、それが魔宝飾具ねぇ……可愛いっつーか、腹が減ってる時に間違って食っちまいそうだ」
「ふふ、確かにちょっと空腹な時には困りますね。でも良く出来ているでしょう? 水属性の付与効果があるので重宝してます」
同意を示しつつわざと外して見せれば、隣と後ろから視線を感じる。新しいもの好きな若手冒険者達への掴みはバッチリだ。そのまま興味がこちらにある間にたたみかけるべく、懐から次のアイテムを取り出した。
「でもこのクッキー、エドの店で本物も売ってるんです。とても美味しいので最近ハマッていて、こうして仕事に行く際には買っていくんですよ。これなんですが、少しお分けしましょうか?」
「お、良いのか、悪いな。ちょうど小腹が減ってたんだよ」
「それは良かった」
ラペルピンを見た時よりも分かりやすく笑みを見せた彼の手に、小さな紙袋に入ったクッキーを載せる。彼は袋を開けてちらりと中身を確認して「驚いたぜ。本当に本物そっくりだな」と言う。周囲からの視線がさらに増えた。
クッキーと交換するように差し出された依頼書にサインをし、彼が承諾印を捺す。これで依頼引き受けの手続きは完了だ。カウンターから離れて他に誰か適当な人物を探そうと身を翻しかけたその時――。
「それにしても最近ちょっと仕事に来る間が空いてる思ったら、お前も隅に置けねぇな。そんなもんくれる知り合いって言ったら女だろ? 恋人か?」
思いがけず呼び止められ、その内容に今度はこちらが興味を惹かれてしまった。幸いわたしと違い、強面な彼のカウンターに進んで並ぶ者は少ない。他の若手がさばく受付カウンターに人が流れていたので、もう少しだけ留まることにした。
マリは奥ゆかしくて自分のことはいつも後回しだから、わたしは先回りして彼女の隠す望みを暴いて叶えたい。けれどそれは非力なハツカネズミのままでは不可能である。駄神を楽しませて守護精霊ポイントを貯めるのは、人化や巨大化のためだ。
願いを叶える手段を手に入れたら、あとはマリへの理解をもっと深めること。ニンゲンのことはニンゲンに聞くのが一番良いだろう。
「そのコイビト……とは、どういう関係性のことを指すのでしょう。定義や目安のようなものなどはあるのでしょうか。そしてコイビトなるものになった際の幸福度への影響は?」
「あぁ? 恋人っていったらそりゃあれだろ、町中をぶらぶら買い物デートしたり、家に招いて飯を食ったり、意味もなく一緒にいたいと思ったり、肉体関係持ったり、そういうことする相手だよ。二人で過ごせるだけで幸福度なんてのは勝手に上がるんじゃねぇか?」
早速小袋からクッキーを一つ取り出し、口に放り込む間際にそう答える彼に「成程」と頷き返していると、隣のカウンターから「えー? オジサン意外と初心じゃん」と聞き覚えのある女性の声が割り込んできたので、反射的にそちらを振り向く。
そこにいたのはマリの顧客になったことのある女性冒険者と、その仲間達の姿があった。ちょうど良い、彼女達はこのギルド内でも一目置かれる女性冒険者だ。このまま少し話を続ければ人目を集めることが出来るだろう。
「アハハ、今時ちょっとつまみ食いしたところで恋人とかナイナイ!」
「そ、そうなのか? 皆そういう感じなの?」
「あら、初恋から初恋人で結婚したジニアには関係ないわぁ。ずっとそのままの貴女でいて頂戴ね〜」
他の仲間達の言葉に顔を真っ赤にして慌てる槍使いの妻を、刻印師カウンターから苦笑いで見守る夫。そんな彼女達のやり取りに、周囲の冒険者達からドッと笑いが沸く。このギルドらしく賑やかだ。
「ミツネ、あっちの姦しい奴等の話はほっとけ。お前は真面目で品行方正なままでいてくれ。で、どうなんだよ? それくれたその子は恋人なのか?」
「えぇとそうですね……今のご説明を受けた感覚だと、わたしと彼女はコイビト未満の関係性かと。わたしからすると彼女はかなり好ましいのですが」
「だったら頑張らんとな。意中の相手への贈り物はこまめにするんだぞ。貢いだ分だけ他の野郎共への牽制になるからな――って、まぁ、あれか。あんまり口出すのも野暮ってもんだな。このクッキーありがとよ」
「いいえ。有意義な助言を下さってありがとうございます。お礼にこちらのイチゴ大福もおつけしますね」
意外にも親身な言葉をかけられてしまった。それに贈り物が牽制になるというのも参考になったので、さっきのクッキーだけでは足りない気がして、ここで出すつもりのなかったイチゴ大福も懐から取り出す。
「へぇ、見たことがない菓子だな。良いのか?」
「はい。二つ持っていますので。ただし非常に傷みやすいので本日中に召し上がって下さい。それではわたしはこれで――、」
今度こそカウンターから離れようとしたのだが、突然「えっ、ねぇ、お兄さん待って待って!!」とローブを掴まれた。咄嗟にフードを押さえたおかげで脱げることはなかったものの、こうもあっさり釣れてくれるとは……嬉しい誤算だ。
「それってお一人様二つまでの一日二十個限定の商品でしょう!?」
「今の拍子抜けする恋愛指導よりずっとためになる指導をしてあげるので、そちらを譲って下さらない?」
「ちょっと皆止めなよ……って、待ってその装備見せてもらっても良いかな」
ああ、良かった。流行に明るい彼女達のおかげで、マリへの報告はなかなか良いものになりそうだ。