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*8* 一人と一匹、思わぬ素材をゲット!

 レティーに持ちかけられた謎々のあと、現物を見ないことには分からないと言ったら、何故か用意の良いことに「そう言うと思ったの!」と、すぐに件のクッキーが出てきた。抜け目がない。


 ブレントも「食べられなくなったクッキーを売ろうとは、面白いことを考えるお嬢さんだ」と興味を示し、コーディーの方も「うちでも使えるなら廃棄品が減って良い」と乗り気だったので、急遽〝イチゴ大福試食会〟は〝食品ロスを考える会〟になった。


 ひとまずイチゴとイチゴ大福をテーブルの方に移し、レティーが取り出した小さい木箱を中心にカウンターを取り囲む。木箱の蓋を開けると紙袋が現れ、レティーが「これなんだけどね」と前置いてそれを逆さにした瞬間、ふわりと香るバターの香りが広がった。


 ザラザラと中から転がりだしてきたのは、前世でも良く見たちょっとお高そうなジャムの載った絞り出しクッキー、黒と白のチェック柄のクッキー、ころんとしたボール型のクッキー、アイシングクッキーなどだ。


「え、綺麗じゃん。売れ残りっていうから、言ったら悪いけどもっと地味で不味そうな見た目だと思ったのに。何でこれが売れ残るんだ?」


【みためも かおりも かなり いいですよ】


「ふぅむ……お嬢達の言う通り若い女性にうけそうな売れ筋商品に見えるが、味が悪いのか?」


「これなら店頭に並んでいるだけで女性客が興味を示すはずだ。多少味が悪くても可愛いというだけで購入する層は一定いるぞ」


 わやわやと口々に突っ込みを入れる私達に向かい、レティーが眉尻を下げて「作ってる人がものすっごく人見知りなの」と意外なことを口にした。


 聞けば店主は(たぶん)若い女性だが、恐ろしく接客業に向いていない人柄で、店の場所も人が多いところは怖いからと言う理由から、地元民もあまり歩かないような薄暗い路地にあるらしい。レティーも早く町に慣れるために色んな道を探索していた際に、偶然見つけたそうだ。


 そのせいでどれだけ美味しそうで実際に美味しくても、大量に売れ残るということらしい。一応私の説得用に、いくつか味見のために食べられるクッキーも用意するあたり、レティーは出来る子だと思う。


 全員に行き渡る枚数だったので第二の試食会みたいになったが、見た目の綺麗さを裏切らない味だった。バターの風味が濃くて、卵の味もしっかりするのにくどくなく、ジャムも本体の味に負けない。


 忠太なんて【これを はいき だと】とかなりなショックを受けていた。金太郎はジャムクッキーの可憐さに心を奪われたのか、ずっとぐるぐると周囲を回って眺めている。宝石みたいで綺麗だもんな。


「お店は白がベースでね、小さいけど可愛いところなの。商品は日持ちがするように焼菓子だけで、籠に入れてカウンターに並んでて、量り売りされてるわ。欲しい分だけクッキーの重さを量ったら、ベルを鳴らして店主を呼ぶの。そうしたら紙袋に入れてくれるから、お金をトレイに入れて渡すわ」


「あーっと……その時に会話は?」


「ううん。わたしもまだ一回もお喋りしたことないの。お店で誰か他のお客に会ったこともないわ」


「これだけの腕があるのに、いくらなんでも客商売に向いてなすぎる」


【みせ つぶれるの じかんの もんだい ですね】


「そう。だから広告しなくちゃなの!」


「なぁレティー。父さんが思うにな、お前がこうやって勝手に考える前に、その店主に人を雇うように言った方が良いんじゃないか?」


「いいやエド。人が苦手で裏通りに店を構えるくらいだから、雇っても口をきけないだろう。そうなれば店員は雇主を舐める。もし売上金を持ち逃げされたって訴えたりしないだろうな」


 それぞれの困惑から出た発言に対しての答えとしては、最後のブレントの言葉が一番しっくりきた。絶対に誰を雇っても舐められて売上金を盗まれる未来しかない。だとしたらやっぱりレティーの言うように広告をぶって、勝手に客が来るようになるのを待つしかないだろう。


 ――と、そこでふとあることに気がついた。


「でも店主と口をきいたことがないならさ、レティー。この廃棄分のクッキーはどうやって手に入れたんだ?」


「手紙を書いて渡したの。えっとね〝可愛いクッキーを捨てるのはもったいないから、わたしにくれたら活用する。損はさせない〟って。今回のはせんこーとーしなの! 売れてない時に最初に声をかけて恩を売れば、人気が出ても一番うちに多く卸してくれるかもしれないでしょう?」


「うわ……エグい。ほぼ顔も見たことないし、声も聞いたことのない相手と交渉してグイグイいくところはあれだな、エドの娘らしいなぁ」


 小さな身体から溢れるその商売人根性に苦笑していると、視界の端でエドがハゲ頭を掻きながら、ブレントとコーディーに愛娘自慢をしていた。確かに将来有望だよな。それにこの廃棄されるクッキー達を見て、すぐに試せそうなことを思いついた。なので――。


「よっし、任せとけレティー。お前の野心のために私と忠太がひと肌脱いでやるよ。その代わりにエド、うちの新商品の買値は良い感じによろしくな?」


 愛娘のやりたいことを応援するのは親父の役目だろ。ニヤリと笑う私を見て引き笑いをするエド。そんなことは関係なく「ならうちはどっちも乗っかろう。小さいお嬢さんの分と、お嬢の新商品だ。面白いことになるだろう」と商売っ気を出すブレントと、同意を示すように頷くコーディー。


 当初の予想通りイチゴ大福はエドの店に多く卸すことにして、加工していないイチゴは少なめに。コーディーとブレントのところには、近隣向けに少量のイチゴ大福と、加工していないイチゴを多めに振り分けることになった。


 その後は各々の仕事があるから即解散。私達も残りのイチゴ大福製作に昼の時間を使い、春休みで戻ってきた看板娘(レティー)に会おうというご近所の老人で賑わう店に卸し、木箱に詰めたイチゴをブレント達の元に届けた。


 ――で、その日の夜。


 キラキラと色とりどりのジャムが中心を彩るクッキーを手に、次々に丸く平らにした石膏へとめり込ませる。これは食に対する冒涜でも、正気を失ったが故の奇行でもない。クッキー(ただし賞味期限切れ)の表面に、レジンを塗って乾かした物を使用している。


 持って来た時から賞味期限切れなのだから、スタッフが美味しく召し上がらなくても大丈夫なのだ。そして石膏からクッキーを剥がせば、当然元になったクッキーの形に凹む。


「お、見てみて。今度のは上手く型が取れたぞ」


【いいかんじ この ちょうしで どんどん いきましょう さいしょの やつは もうつかえる はずです】


「了解〜っていうか、忠太は器用だな。もうその身体の大きさに慣れたのか。型抜き私より早いし綺麗じゃん」


【ふふふ まりが このすがた おきにいり ですからね それに かたぬき ゆびつかう れんしゅう なります】


 そう言って大きくなった紅い双眸を細めてこちらを見下ろす忠太。その尻尾がゆらゆらと揺れているのは、デカくなった身体のバランスを取るためだろうか。ハツカネズミはもともと二本足で立つのが上手くて手先も器用らしく、忠太も例に漏れず危なげなく両方こなしている。むしろ猫背気味な私よりも背筋伸びてるまであるな。


 深夜の工房内でハツカネズミと肩を並べて疑似クッキーの型抜きとか、端から見たらかなりシュールだろう。でも隣からお日様の匂いがするのは結構な癒し効果があって良い。地味に体温でホワッってなった毛にもたれかかるのも、自立式毛布みたいで最高だ。眠たくなるのが玉に瑕だが。


 するとこっちの眠気を察したのか【もう ねむたい ですか】と忠太がスマホに打ち込む。その文面に答えず頭を肩の下辺りに押しつけると、フワフワが震えた。どうやら笑ったようだ。


「や……まだ大丈夫。でもそうだな、型抜きは忠太に頼むわ。私は最初の方のやつに樹脂粘土と魔石を填めていくから」


 甘い香りの充満する深夜の工房で眠気もそこそこに、食べられないクッキーをせっせと量産しながら、出来上がっていくそれらに思わず笑みが溢れるのを止められないのだった。 

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