*7* 一人と一匹、試食会にて。
畑の手入れを終え「一緒に戻ってイチゴダイフクを作るのを見学するのも楽しそうですが、また面白い植物系の魔物がいるかもしれないので、今日のところは輪太郎と一緒に森の散策に行ってきますね」と言うサイラスと別れ、大量のイチゴと謎の魔物の実を工房に持ち帰った。
――で。
白玉粉、水、こし餡、イチゴ、打ち粉。アイドルの材料はたったのこれだけ。一瞬心配になる材料の少なさだが、これがご家庭でも簡単に作れるイチゴ大福の全てだとネットの賢者達が記している。
このレシピの数だけ腹いっぱいイチゴ大福が食べたい仲間がいるのかと思うと、食欲が三大欲求の一つとされているのも納得だ。最近だと和菓子屋の店頭で一個三百円近いもんな……高級品過ぎる。
人や地域によっては餡は白いんげん豆かつぶ餡を使ったり、白玉粉にヨモギを入れたりとアレンジが可能。白と赤を綺麗に強調したいなら餡は白いんげん豆の方が良い。腹持ちはつぶ餡、季節感を強調したいならヨモギ。
上をぱっくり開いてイチゴが見えるように元気良くぶっ刺す派か、奥ゆかしく中に全部包んでしまう派、包んでしまう派でも皮とのコントラストの小豆あん派か、イチゴが映える白あん派かによっても別れる。私は奥ゆかしく全部包んでしまう小豆あん派だ。
「えーと、和菓子屋で売ってるイチゴ大福は求肥か羽二重が多いんだよな。でもどっちも素人には手に余るから、家で作るのには白玉粉を使うらしいぞ。クック○ッド様にはそう載ってる」
先にメモで書き出しておいた分量を流し読みしつつ、ボウルや秤を用意する。目の前のボウルに開けた白玉粉の匂いを嗅いだり、こしあんを盛った器からちょっとだけ摘み食いしていた忠太が、指先のあんこを舐めながらスマホに【くっくぱっ○ ものしり】と打ち込む。
あー……糖分の筋と白玉粉が画面に……と、慌てて拭き取ろうとする忠太が面白いから、まぁ良いか。ちなみに金太郎は百均で購入した包装用の箱を吟味中だ。現状イチゴ大福を売る時は一個ずつ包装して、お一人様二個までにしようと思っている。
「な。私はこっち来るまで自炊する余裕とかなかったけど、今は結構クック○ッドのお世話になってるし。今回もこれに載ってる通り作っていけば美味しく出来るだろ。イチゴが美味しいのはもう分かってるんだ。勝ち戦だよ」
いつもとは逆の静と動になっている一匹と一体を横目に、メモの通りに作っていく。しかし……一個目は白玉粉を固くしすぎてイチゴとあんこを包めず、二個目は柔らかくし過ぎて破れ、三個目はあんこが多すぎて外の皮まで真っ黒に、四個目はイチゴがあんこの中で偏って――。
結局五個目でようやくコツを掴んでそれらしい形になった。包むのって意外と難しい。コツを掴んだらあとは忘れない間にマスターするために、ひとまず十個作成した。それを金太郎に包装して頂いている間に、休憩がてら失敗作を実食することにしたのだが……。
「忠太、どうしてもネズミのままで食べるのか? もしかして収穫する時に言ったこと忘れちゃった?」
【おぼえてます が おいしい たくさん あじわいたい とめてくれるな】
というので仕方なく頭だけそのままに、残る全身をラップでくるんでやった。イチゴとあんこの分量が不揃いな大福三号に抱きついて、幸せそうに貪る忠太をスマホの動画と写真に収め、 あんまり大福らしくない一号を口にする。けどこれは皮が不味すぎたので最終的にあんことイチゴだけで食べた。
二号に食いついた忠太がトリモチに捕らえられたネズミの踊りを披露するので、それも撮影しつつあんこが左右で三対一になった四号を食べる。今度は普通に美味しい。
歯を立てるとジュワッと甘酸っぱい果汁が溢れるイチゴと、それを受け止めるこっくりとしたこしあんに、両者が離れ離れにならないよう包み込む白玉の外皮。口内を満たす幸せのハーモニー。これぞ春。これこそイチゴ大福。コンビニのガムみたいな外皮のイチゴ大福もどきとはわけが違う。
五個目は金太郎に奪われてしっかりと包装されてしまった。イチゴ柄のラッピングを敢えて選ばず、透明のカップに赤と緑のセロファンを使うことで、イチゴを表現したそれは、イチゴ大福の〝見た目が地味〟という最大の弱点を補ってくれている。
「流石は金太郎。完璧、ありがとな! じゃあ早速これをエドとブレントに見せないとな。それと生のままのイチゴも。あの実は……魔物だからちょっと敬遠されそうか。売り方を考えよう。イチゴジャムはこっちの世界でも珍しくはないだろうから、ひとまず次の機会だな」
――ということで、のらりくらりと放浪して日を開けはしたが、まだ私を監視する人間がいないとも限らないので、金太郎に二人へのメモを届けてもらい工房に待機すること四十分。
何でかエドとブレントしか呼んでいなかったはずなのに、両者の跡取りズのレティーとコーディーまでついてきた。
「なんだなんだ、大所帯でどうしたよ。新商品っていっても、イチゴを使った商品の試食会だぞ」
「ははは、ちょうど手が空いていたので連れて来たんですよ。それにオジサンだけでお呼ばれしても、若者の感性は分かりませんからな」
「すみませんお嬢、オレもつい気になって。ローガンは呼んでいないから、前回のようにうるさくはしない」
「お、おう。コーディーさんは本気でローガンが嫌いなんだな」
「いや、軽薄すぎて虫唾が走るだけだ」
人はそれを大嫌いと言うのではなかろうか。忠太も頷いてるけど、ひっそりとブレントが明後日の方角を見てることには、こう、突っ込まない方がいいんだろうか。割と二人には親和性がある気がするんだが。
「ま、まぁまぁ、極端だがそういうこともあるってことだな。それよりもだ、人数が増えちまった分の詫びとして、マリの好物の肉の串焼きを買ってきたから許してくれ。な?」
そう言いながらやや強引に串焼きの入った袋を割り込ませるエド。甘辛いタレの香りに胃袋がくうっと鳴った。イチゴ大福が入ってるのは別腹の方だから、常に使ってる方の胃袋が空腹でもおかしくない。忠太もうっとりと半目になって鼻をヒクヒクさせている。
「いや……それは別に良いけど。甘いものの試作後の串焼きは嬉しいし。でもレティーは何でここにいるんだ? 学校は?」
「うっふっふー、春休みなの! だからちょっとだけ帰って来たわ! ね、ね、嬉しいでしょう?」
「ああ、成程。そういやそんなのあったなぁ。久しぶりに元気そうな顔が見られて嬉しいよ。背もちょっと伸びた?」
「分かる? 父さんなんてちっとも分かってくれなかったのよ。わたしは父さんのお腹周りがメジャー二目盛り増えたのに気付いたのに。可愛い娘の成長が分からないなんて酷いでしょう?」
ツンと顎を持ち上げるレティーの言葉に【それは いけませんね えど おんなのこは たった いちにちでも おとなびるのに】と同意するハツカネズミ。お前のポジションは何なんだと一度問いたい気もするな……。
人数的にだいぶ狭苦しくなったものの、賑やかに立食形式で試食してもらったイチゴ大福は「へえぇ、驚いた。こいつは美味いな!」「かなり粒がデカいぞ。どうやって育てたんだ?」「お嬢の国ではこれが普通なのか?」「中のイチゴもとっても美味しいんだけど、この変な食感が好き!」と、かなりな好感触で受け入れられた。
いつか和菓子職人がこの世界に転生してきたら、異世界にどら焼き、お汁粉に引き続いてイチゴ大福を布教した私に感謝することだろう。次はモナカとか当たると思うぞ。
少なくともタピオカよりはブームが続くはず――と、二つ目を口にしようとしていたレティーが、急にハッとした表情になったかと思うと「そうだわマリ、食べられなくなったクッキーを売る方法って何かある?」という謎々を持ちかけられた。如何に異世界だろうとも、賞味期限は無視しちゃ駄目だよな……たぶん。