*6* 一人と一匹、和菓子欲求再び(春編)
朝露に濡れた森に土と緑の匂いに加え、この時期ならではの甘い香りが広がる。陽光に照らされてキラキラと輝く赤い宝石。春先の果物の王者――そう、イチゴ様である。冬野菜が抜けたところにごっそり植え付けてやった。
ここに植えてある野菜の収穫を終えたら、その時は夏に向けて何の野菜を植えるか考えていくつもりだ。
それはさておき、他の苗よりかなり値段が高めで最初の頃は小さかった苗も、オニキスのくれた〝緑の指〟のおかげですくすく育ち、白い花と赤い実をつけている。自然が生み出したその愛らしさは、まるで天然のコサージュだ。
その間を縫うようにして、ハイポ○ックスの入ったミニじょうろを手にした黄色いレインコート姿の輪太郎が行き来する様は、もう完全に絵本の世界。留守番をしてくれている金太郎も連れて来ていれば、さらにそれっぽくなったな。明日は連れてくるか。撮影会しよう。
「おぉ~、この三日くらいで一気に色付いたな。イチゴがこんなにたわわになってるのって壮観。天気も良いし、絶好の収穫日よりだな!」
【まったくです ぶじにそだって よかったですね】
「土と気候が合うか心配だったけど、考えてみたらオニキスのくれた加護があるからな。農業チートだ。この量ならエドの店に卸すくらいならありそうだ。余力があればサーラとラーナのとこにも持っていってやりたいけど」
【まだ さむいひも ありますから ほれいこで いけるかも しんぱいなら てんいまほうで ひとっとび しましょう】
「前者でもいけそうだけど、後者のほうが現実的かな。ちょっとだけ確保して持って行ってやるか」
【ですね ではさっそく】
「あ、ちょい待ち。忠太は収穫手伝うなら一回人化した方が良いぞ。果汁はなかなか毛皮につくと取れないから。それとイチゴと忠太のツーショット写真撮らせてくれ」
スマホから手を離して、胸ポケットから地面にダイブしようとする忠太を呼び止め、形の良いイチゴの傍に降ろすと、すぐに良い感じのポーズをとってくれるプロハツカネズミ。その魅力を欠片も見逃すまいと膝をついて連写していたら、頭上から「こちらの世界のものより格段に粒も大きいですね」と、サイラスの声が降ってくる。
「そこはな。私の前世いた国は農家さんが勤勉で、どこも品種改良合戦が盛んだったんだよ。大抵実が大きくなったり甘くなったりする」
「それは素晴らしい。前に植えたと言っていた、サツマイモとやらと同じですね。食べられないのが残念だ」
「私も食べてもらいたかったよ。お前にも、お前の相棒にもな」
「ふふ、ありがとうございます。けれどそういうことでしたら大丈夫。貴方とチュータが美味しそうに食べている姿がご馳走ですよ」
「そう言われると何か恥ずかしいな。ここまで立派に育ったのはオニキスにもらった〝緑の指〟もだけど、この森に留まって土いじりと水分量の観察をしてくれた、輪太郎とサイラスのおかげだよ。ありがとな」
私達が会話を始めたので忠太は輪太郎の手伝いをすることにしたのか、黄色くなったイチゴの葉を噛みちぎって畝を進んでいく。確かに人型になっていちいちしゃがみ込んで葉っぱを指で抜くより、ハツカネズミの体高の利点を活かして作業した方が効率的か。ええ……天才じゃん。土汚れはぬるま湯と石鹸で洗えばそこそこ落ちるもんな。
忠太が巨大化する加護を手に入れてから一週間。当初の予想通りベッドで寝る時間が格段に減ったけど、体調の方はむしろ良い。転生してからこれまでで一番万全と言えるくらいだ。
シルキーな肌触りの毛皮と、腰周りに巻き付いてくる程良い温かさと重量の尻尾のおかげだろう。腹が冷えないし、すべすべで気持ち良い。それとお日様の匂いも最高だ。
今のところ駄神からの接触もないから平和っちゃ平和なんだけど、ここで油断し過ぎるとこれまでの経験上痛い目を見そうだから、あまり浮かれるのは禁物である。そういうことなのでしばらく忠太が巨大化出来るようになったことは、エド達にも秘密にしておくつもり。
「あとは……これだな」
ひと畝だけイチゴのようでいて、イチゴとは異なる植物が植わっている。実は白い外皮の中に赤い核が透けて見える状態で、見た目としてはイチゴ大福っぽい。風もないのにわさわさと揺れる……というか、動くそれの前に膝をつき、横這いに伸びるランナーを持ち上げて撫でてやる。
するとそれは擦り寄るように手首に巻き付き、ヒラヒラとイチゴによく似た葉っぱを動かした。ちょっと愛嬌があって可愛い。その正体はダンジョンに生息する地被植物だ。
他の小さい魔物を如何にも食べられそうな紫色の実で誘い、獲物が寄って来たところを締め上げて土中に引きずり込んで時間をかけて分解する。今の色は周囲のイチゴを擬態しているらしい。ちょーっと半端だけど。
生態的にはアンコウの地上版とでも呼ぶべき狩人気質。最初は苔みたいに小さいながらも、大きくなればダンジョンの壁を覆い尽くすほどの大きさになる。
――というか、実際になってた。まさか巨大化している忠太すら餌認定して捕食しようとしてくるとは。天晴な奴である。まぁ結果はこの通り分からせて返り討ちにしてやったが。
燃費もそこそこ良いのか、うちの相棒とは違うネズミの尾が数本根本から覗いているだけである。諸行無常とはこのことか。ちなみに害虫にも対応しているので、マリーゴールドやハーブを虫除けに植える必要もない。完全に自立している。
「実はついてるけど、勝手に動く植物になってるものってなると、食べるのにちょっと勇気がいるよな」
「貴方の代わりに毒見をしたいのは山々ですが、僕は食べられませんし……と、駄目ですね。さっきと違うことを思ってしまう。やはり食べられた方が便利かもしれないです」
「ん? あーごめん、紛らわしい言い方したな。大丈夫大丈夫。一応駄神から毒耐性の加護はもらってるから……いや、体長不良軽減だったか? ま、大丈夫だろ。じゃあ早速一粒――、」
摘もうと伸ばした手を横から掴まれる。いつの間に人化していたのか、やや呆れた表情の忠太が「マリに毒見をさせるわけがないでしょう。わたしが先に食べます」と言って、さっと一粒ちぎるなり口に放り込んだ。
真剣な表情で咀嚼する忠太に「な、どう? イケる?」と期待半分、芸人的リアクションへの期待半分で尋ねたのだが――。
「え、嘘でしょう……美味しいですよ、これ。生産現場の見た目はちょっとあれですけど、本当に美味しい」
滅茶苦茶意外なことに好評価だったので、サイラスと一緒に拍手して、ついでに自分でも一粒食べてみた。瑞々しいかと思いきや、食感はドライフルーツの中でもセミドライっていうか、半生との間みたいな感じで、ハイ○ュウに似ている。味はイチゴミルク。ミルク成分がどこからきてるのか分からないのが怖い。
でも一応食べられるということが分かったので、熟していそうな分は収穫しておいた。百均の変わった形の小瓶に入れて売ったら、女性を中心にウケそうではある。こっちでウケなかった場合はネットフリマ行きだ。たぶんウケる。
しばらくイチゴと併せて黙々と収穫をして、籠いっぱいになったところで仕分け作業に移った。大きさや形で大まかに一級品、二級品、三級品と分けたら、あとはそれぞれの使い道を考えるわけだけだが――。
「普通に考えて形が悪いやつとか、実が小ぶりなのはイチゴジャムを作るのに回すとして……大きいやつはやっぱあれだよな」
「「あれとは?」」
赤くて甘いイチゴといえば、白い生クリームとスポンジのショートケーキ? コンビニスイーツの王道だもんな。否定はしない。否定はしないけど、イチゴを使ったお菓子なら私は断然こっち派だ。白くて赤くてまあるくて、ちょっと値段の高めな春先和菓子界のアイドル。
「イチゴ大福!!」
これしかないだろ。