*5* 一人と一匹、魅惑のボディ。
あんなに耳をヘタらせて奥の部屋に攫われていったから心配していたのに、一旦サイラスを輪太郎の待つ森の小屋に送り(ゴーレム同士同棲中)、エリックのところから帰宅するなり、忠太がドヤ顔で――、
【ほんじつ ぱいせんたちに いいかんじの じょげんを もらいまして ぱわーあっぷ しました】
――と打ち込んだスマホを背に、工房のカウンターに仁王立ちで宣言した。
その得意気で興奮からかふっくらした小さな身体が可愛いやら、オニキスとサイラスとのわだかまりも解けたことに安心したやらで、どんなパワーアップ内容なのか聞かずに「マジで? 見せて見せて」と、拍手を交えて軽い気持ちで返事をすれば、金太郎も興味津々らしく飛び跳ねている。
すると忠太はそんな私達の反応に気を良くして、フスフスとピンク色の鼻を鳴らす。いや本当に可愛いな、おい。カウンターがお立ち台に見えるわ。
そうして拍手をねだるように尻尾をゆらゆらさせる忠太にさらに拍手を浴びせ、盛り上げること三分。満足した忠太がスマホを振り返って何やら爆速フリック入力をし、そのスピードのままに良い感じのBGMを鳴らしながら、ひらりとカウンターから床に飛び降りた。
ちょっと心臓に悪くてびびったものの、忠太はこちらの動揺を気にすることなく、着地した場所でそのまま身体を左右に揺らしていたが、微かにその真っ白な体毛が淡く光り輝き始めて。
ポヒュン! という間の抜けた音と一緒に、一瞬アイドルの舞台で使われるスモークが忠太を覆い隠した。おお、演出凝ってるな! 徐々に薄れていく煙。そして段々と輪郭が顕になっていく――って。
「お、おぉぉぉ……おま、それっ……!!!」
思わず興奮で言葉を失くす。過呼吸一歩前くらい心臓が高鳴っている。だってこんな、こんなの興奮するなって方が無理!!!
【どうdす この こうみtど もふもf さいじょうkyの いやし】
かなり小さくなってしまったスマホを懸命に操作するその姿に、腰が砕けそうになる。金太郎は一足先に忠太へと突進し、その極上のふわふわに埋もれてほぼ見えなくなった。羨ましい……!!
混乱しつつも新雪みたいにきめ細かい毛皮に見惚れていたら、ふと忠太がこちらに向けていたスマホをカウンターに置き、両手を広げて某夢の国に生息しているネズミのように私を誘う。その瞬間理性は死んだ。
「うわヤバ、極上のふかふかじゃん!! 何これお日様の匂い超する!! こんなのこの先一生どんな寝具に寝ても寝具負けるって!!」
顔面を直立する巨大ハツカネズミの胸毛に埋めて喚けば、頭上から「チチチッ」と自慢気な鳴き声と、さっきまでは小さかったピンク色の手が伸びてきて頭を撫でてくれる。ネズミの掌って犬猫みたいな肉球はないけど、ポコポコ凹凸があって可愛いんだよな。にしても……匂いと肌触りに癒やされるわ。
忠太と暮らしていて分かったけど、ネズミというのはあんまり毛が抜けない。犬猫は確かに超絶可愛いが、種類によっては相当抜けるだけに(ペットショップバイトで経験済)、人間にとってご都合が良すぎるところは本当に良い。推せる。
人間を駄目にするのは巨大ビーズクッションじゃない。体長二メートル超の巨大ハツカネズミのふわふわシルキーな毛だ。絶対そう。異論は認めないし、もうこれを知らない頃には戻れない。
――じゃなくて、ほんのちょっと手放しで喜んで良いのかどうか、気になることがあった。戻ってこい理性。
「忠太〜……これ、とんでもなく良いと思うんだけどさ、何で急にこんな大きくなろうと思ったんだ? 何か身体が小さいことで悩んでたのか? あ、もしかして朝店でコーディーが言ったこと気にしてる?」
そうだそうだ、そうだった。確かローガンとの言い合いでヒートアップしたコーディーが『従魔として小さくて非力なのは否めない。お嬢の身に何かあったら――、』とか言ったあれだ。あれ以外にこの唐突な巨大化の理由が思い付かない。
思っていたことを口にした直後に僅かに忠太が身動ぎする気配。ただ身体を引き剥がされることはなく、片方の手で背中を優しく叩いてくれて、もう片方の手でカウンターに置いてあるスマホにフリック入力を始めた。
トクトクといつもより大きめな心音が押し付けた耳の下から聞こえる。トントンとあやすような背中の手も、私の顔くらいある。いつもはよじ登ってくる時に使われる血管が透き通る爪も、大きくて鋭い。よくよく考えれば二メートル超のネズミは魔物寄りだろう。でも不思議と怖いとは感じなかった。
――ト、トトトト、ト……トトト、トト、トン。
つたないモールス信号みたいなフリック音に、ざわついていた心が次第に落ち着いてくる。忠太にしがみついていれば何がきても大丈夫な気さえした。
【にげるとき ひとがた ふべん せなか のれると べんりです ねずみは にげあし はやい ですからね あとは のじゅくのとき もちあるく もうふ へらせる それに まり つかれてるとき いやせる かと にんげん ふわふわ すきです】
見せられたスマホの画面に打ち込まれた文面は、やっぱりと言うべきか、全部私のためだった。
そのまま一人と一匹でカウンターの前に座り込み、忠太の膝……膝? まぁいいや、深く考えても分からないし――に横座りさせられたまま、オニキスとサイラスから授かった私怨混じりの助言内容を教えてもらう。
歴代の連中の話から、うちの駄神が特にクズということはないっぽい。たぶん皆等しくクズなだけだな。オー人事でどうにかならものだろうか。無理か。運営が神様だともう何やっても駄目だわ。身内経営の清掃会社の派遣バイトくらい無理。イベントの応援で別の会社から頼まれて出行したけど二度と行きたくない。
今回忠太が助言してもらって選んだのは、守護精霊の身体強化にあたるらしく、分かりやすく言うとウルト○マンの変身と巨大化の間を取って、時間配分はこれまでの人化同様、自分で調節する感じだそうだ。
それと身体強化という点に特化しているので、当然縛りがある。この加護を使っている最中に魔法を使うことは出来ない。高火力高射砲ごっこは無理ってことになる。残念だ。
ちなみにオニキスは聖女の死後すぐ、これを使って大暴れして回ったこともあるんだとか。その時は五メートルほどまで巨大化出来たらしい。
ただ巨大化するだけの加護なので(能力値に応じて)消費ポイントも少なくコスパが良いそうだ。それにしても大怪獣対人類か。しかもウルト○マン抜き――って、それだとただの災害だな。
でもま、やっぱり守護精霊ポイントは、本来精霊が自分の願い事のために使うのが正しいのだけれど、守護対象者のためになるような加護を選んでくれる精霊も多いのだという。
思わず「お前って私のこと大好きだよな」と口走れば、すぐに【とうぜん だれよりも だいすきです】と打ち込まれる。むず痒いのは屈んだ忠太のヒゲが頬や額に当たるからだけではないだろう。
「ふはっ、だよな。私もお前が大好きだよ」
大きな頭を抱き寄せていつもやってるように鼻先に口付ける。しっとりとしたピンク色の鼻がひくりと動いて、薄ピンク色の耳の色が少し濃くなった。今更照れているのか小さく「チチッ」と鳴く忠太がおかしくて。
「ただまぁ、この姿のお前も、小さいお前も大好きだけどさ。やっぱ相談したり雑談したりって声を使って意思疎通もしたいから、ちゃんと人型にもなってくれよな?」
「チチチッ、チュー……」
「はー……忠太のおかげで明日からの探索の楽しみが増えたなぁ」
桜の花弁を分厚くしたみたいな触り心地の耳に触れながら、何だか泣き出したいくらいに愛おしさが込み上げてくるのが分かる。前世は本当にろくでもなかった。でも今世ではこんなに大事に思ってくれる奴がいるのかと思ったら……なぁ駄神。
いつか生身で会うことがあったら絶対ぶん殴る。
だから今だけだ。
今だけあんたに感謝してやるよ。