★4★ 一匹、先輩のありがたさを知る。
エリックをジャンク飯に沈めることを目的とした昼食後、オニキスに入知恵をされた彼によってマリを片付けの手伝いに取られ、六日前と同じように奥の部屋へと連行されてしまった。直後にドアの鍵をかけられて人化するように促されたので、今は人型だ。
敢えて連行と評したのは自分の意思でついて来たのではなく、サイラスに普通のネズミのように首根っこを摘まれ、オニキスにスマホを押さえられてしまったがために、マリへの意思の疎通をはかれなかったからである。
強引過ぎる先輩達に攫われていくわたしを見たマリが「二人とも後輩が可愛いのは分かるけど、忠太を虐めるなよ?」と釘を刺してくれたことが、ほんの少しの慰めになったのは確かだ。
「さぁチュータ。その魔晶板……違うな、スマホ、とやらのポイント情報を我等に見せてみろ」
「六日間であまり変動がなくても恥ずかしがることはありません。むしろ君は本当に良くやっています」
ズイッと二人に詰め寄られ熱のこもった瞳でそう言われたら、六日前のやりとりを思い出してしまった。今まで同族とはわたしと以外話したことがなかったオニキスは、格こそ下だが下手をすれば自身より前の世代であるサイラスと出会って、変わってしまった。
要するにこれまでの勿体ぶった賢者感を捨ててお喋りになったのだ。しかもそんな珍しい同族の先輩が、自らの敬愛した聖女について本にしたいから話を聞きたいと言う。当然のようにオニキスはこの提案に即座に乗った。わたしという一番下の若輩者を犠牲にして。
「分かりました、お見せしますからお二人とも下がって下さい。えぇと……前回から微増程度ですがこっちは不穏なポイントで、これはマリのポイントですから、わたしの自由に出来る分はこれくらいになります」
二人はスマホを手に「ふぅむ、やはり便利だ。彼女も魔道具職人はこれを持てるから羨ましがっていた」「彼は広範囲では魔道具職人でしたが、時代が時代で。あの当時はまだ羊皮紙でしたよ」と盛り上がっている。
こういった関係性をネットの中で見た気がする。確か部活のOBとか、社会人四年目の大学時代の先輩とか、そんな理不尽な権力者……だっただろうか? ともかく、単語を先輩方が集って始まったのが、今まで散々勿体ぶって教えてくれなかった謎のポイントについての伝授――……で、あればまだ良かったのだが。
無駄遣いをしているわけではないものの、全盛期の二人に比べれば恐らく足下にも及ばないポイントを見せれば、二人はじっとスマホの画面を覗き込んで何やら頷いている。無言で数字を目で追われる時間というのは居たたまれない。前回もこんな風に待たされて審議中をやられたのだ。苦手意識を持つなと言う方が無理だと思う……と。
「やはり前回から思っていましたが、まだ転生されてから一年と十ヶ月くらいなのに、もう低級精霊から中級精霊になっていますよね?」
「ええ。マリはとても優秀ですから」
「チュータ、彼女が優秀なのは勿論だがお前も優秀なのだ。自分のことも時々は誇ると良い」
「またそうやって……オニキスはわたしの何なんですか」
「そう膨れるな。しかし何かと問われれば先輩だな。最初に出会った頃はお前の方が先輩らしかったものだが」
マリを褒められたことが嬉しくてつい胸を張ったら、またもオニキスが昭和の父親のようなことを言ってくる。ついでに蔓を伸ばして頭を撫でられた。恥ずかしいものの嫌ではないので放置していたが、新たにサイラスが揃ったことで少しだけ羞恥心が顔を出す。
けれどサイラスはそんなわたしを見てからかうでもなく、むしろ目蓋のない瞳に慈愛の感情を乗せて口元を綻ばせた。
「ああ、あの正気を失っていたという時のお話ですか。まぁ僕も最初に彼女達に会った時は腑抜けていましたから、先輩らしさなんて影も形もなかったですし、お仲間がいて嬉しいですよ」
うんうんと頷くサイラスと、それに「恐縮ですな」と応じるオニキス。ここにマリがいたら、父親の恩人を家に招いて昔話に花を咲かせる図みたいだと笑うだろう。実際にそんな感じの空気だ。早く本題に入ってほしいと念じていたら、思いが届いたのか「そこで本題なのですが」とサイラスが口を開いた。
「二人のおかげで、僕はこうしてあの子が残してくれた身体を受け取ることが出来て、正気も取り戻せた。オニキスもそうでしょう。だから今度はこちらの番だなと思って二人で助言内容なども考えたんですが、せっかくなので先輩風を吹かせてみようかと言う話になりまして」
言いながらもうスマホの操作をマスターした知恵の蛇は、スルスルと画面をスワイプさせながら、いくつかポイントが貯まって交換出来るようになっている加護を指差し、にこりと微笑んで――。
「たとえばこの加護。歩数でポイント加算がされるとか御大層なことが書いてありますが、ただのゴミです。絶対にポイントと交換しちゃ駄目ですよ」
「……え?」
「こちらの加護も使えんぞ。この生産スキルの速度上昇だがな、我等のような守護精霊がこれを取得しても、ほんの気持ち程度しか上がらん。仮に速くなったと感じたならば、守護対象者本人の習熟度が上がっただけだ」
「……は?」
「貴方の担当者がどういう上級精霊かは分かりませんが、本質的に彼等や彼女等は残酷です。下位の精霊達のことなど暇潰しの玩具でしかない。時々こういうゴミのような加護を交ぜておいて、担当している下位精霊がそれを引くと手を叩いて喜びます」
「少なくとも我々の担当者はそうであった。未だにあの不愉快な声が耳にこびりついている。幸いお前は用心深いのか、他に欲しい加護があるのか、あまりポイントを使っていないようだな。まだ若いのに感心感心」
「本当に。毒牙にかかる前に助言出来そうで良かった」
やれやれという風に眉間に皺を刻んで首を振る両者。しかしその内容はかなり聞き捨てならないというべきもので、一瞬背中から嫌な汗がドッと噴き出した。
下位精霊が必死で貯めたポイントの空打ちを誘発させる? しかもただの遊びで? マリと一緒になって駄神だ駄神と呼びはしていたが、それが本当なら邪神と呼んでも差し支えないのではないか?
「あの……話は、何とか飲み込めましたが、その……オニキス。ポイントについては守秘義務があるのでは?」
「おお、言ったな。憶えていたのか。偉いぞチュータ」
「おや、それだと説明不足ですね。駄目ですよオニキス、説明するならきちんとしてあげないと。チュータ、心配しなくても守秘義務が必要だった項目のほとんどは、僕の身体を繋いでくれた時にほぼ情報開示がされていますから大丈夫ですよ。要は自分達でどのポイントが何に運用されているかを知れば、守秘義務は解除されるんです」
ここにきて初耳の情報だ。しばし呆然とする。けれどそれならば確かに守秘義務について一定の合点はいく。とはいえまだ見たことがない情報がどれだけあるか分からない今、安心出来る要素はまだ不十分だ。
「他の担当者の楽しみを潰すことは、あの者達にとっては最高の楽しみの部類に入る。だからこの……今はまだお前が読めない精霊文字のポイントについて以外は、お目溢しという扱いになるのだ」
「けれどそれが一番気になるのですが」
「でしょうね。分かりますよ。でもそこに触れるのは最大の禁忌。だからこそもう野良になった僕達でさえ、その部分に関して助言することだけは出来ない。貴方には申し訳ないのですが、僕達も気まぐれに許されたこの身体を消されるわけにはいかないもので」
そう言いつつ「「ともあれ、素直な後輩のおかげであれの楽しみを潰せるなんて、良い時代になったものだ」」と笑う二人を見て、下手に抵抗するのは絶対止めようと思ったのだった。