*2* 一人と一匹、故郷の味ってやつ。
さて。すっかり転移先として定着した路地裏で、本日のジャンク飯のために購入した荷物をあずま袋に移し替え、ポイントを使って外箱や梱包材などのゴミを消したはいいものの――。
「二人と一匹分にしてはちょっと調子に乗って買いすぎたかな?」
【kれ そだちざかr これくっrあ いkるいける】
「そっか? ま、余ったら忠太が食べれば良いか」
【fむ わたsも そだt zかり】
さっきまでぺったんこだったあずま袋が、今は膨らみに膨らんで、重量もそれ相応のものになっていた。食材って結構かさばるんだよな。スーパーで実質ただの消費税オフでしかないと分かっていても、つい大量に買ってしまう特売日のようになっている。
そんなあずま袋の上に陣取り、中に滑り落ちていかないよう、食材の窪みを足がかりにフリック入力をする忠太の文面は、足場が悪く上下するから誤字だらけだ。ふんばっている短い後ろ足が時々ガクッとなって慌てるところとか不憫可愛い。
でもその姿でやり取りを続けるのも可哀想かと思い、六日前くらいの記憶を引っ張っり出して「あ、だったらこの間みたいに人化すれば、一緒に食卓囲んでも良いんじゃないか?」と提案した直後【やd】と即レスされた。
「えー? エリックとは仲良く出来てただろ。あの二人と喧嘩でもしたのか?」
【ちゃうけd ややでs】
そう頑なに足を踏ん張るハツカネズミ。滑り落ちそうなスマホに抱きつく姿勢のせいか、奇跡の関西弁ぽい打ち間違いに思わず噴き出しそうになった。
この頑なな状態になった理由として考えられるのは六日前、サイラスと一緒に小説家の卵という触れ込みで連れて来た時に、表向きは聖女の取材、裏を返せばどっちも相棒を失って長らく彷徨っていた同族として二人がそれはそれは盛り上がり、忠太が蚊帳の外になってしまったことだろうか。
気を使ったエリックが話しかけてくれたのも居た堪れなかったに違いない。私はフライパンで冷凍羽付き餃子を作るのに熱中していたからな。まぁ餃子自体は好評だったけど。流石はオリンピックの選手村で大人気だっただけはある。
やや拗ねてしまった忠太の額を指先で掻いてご機嫌を取りつつ、目的地を目指して歩くこと五分。今日も昼休みを狙って来たのに、十二時過ぎの診療所前ではまだ患者が数人立ち話をしている。異世界も前世も診察終わりにお互いの病状を交えた世間話はあるあるみたいだ。その中心部にいる人物がパッと表情を輝かせたらそれが合図。
老若男女に頼りにされる若き天才医師エリックが、海を割る偉人の如く顔を出す。一斉にエリックを囲んでいた人達の視線がこちらに向いたので、一応申し訳程度の愛想笑いを浮かべて会釈を返した。この二週間、私がエリックを餌付けする悪人面の大人という噂は……特に立たなかったが、何故か一部で歳上のパトロンだと噂されているらしい。何だそのいかがわしい関係性は。
にこにこしながら帰って行く患者の皆様から「あら、今日もご苦労さまぁ」「先生に腹一杯食わせてくれてありがとよぉ」「ベンチに少ないけど材料費を集めてあるわ」と声をかけられた。ちなみに材料費は患者達の診察代とは別の寄付で、素焼きの壷に入っている。
食べ盛りの美少年ということを差し引いても、スラム近くにほぼ無償の診療所を開いているエリックに対して、貧しいながらも周囲の住民も色々思うところがあるようだ。最初の頃よりも地区に活気があるのは気のせいじゃないだろう。
「マリ、待っていたぞ。それは食材か?」
「そうだけど……私を待ってたって言うよりも、飯を待ってた感じだな」
「そ、そんなことはないぞ。両方だ! 両方待ってた。チュータがいるということは、今日もミツネ殿はいないのか?」
【みつねh しんだ mうこnい】
「え!?」
「忠太なりの冗談だよ、冗談。別のところに取材に行ってるんだ。サイラスとオニキスは奥の部屋か?」
「あ、ああ……そうだが、何だ、冗談か、良かった。でも生死を軽く扱うような質の悪い冗談は駄目だぞチュータ」
若くても医者らしい観点でハツカネズミを諭す美少年。ディズ○ー的メルヘンだなぁと思う一方で、サイラスとミツネには殿をつけるのに、私には敬称なしかよと思わなくもないけど。あれ、何か納得いかんぞ――……という疑問はさて置き。貴重な昼休み時間をこれ以上無駄にするのは下策。
このあとも続く労働時間を思えばここで一時間の休憩を挟むのは大きい。時々三十分しかないとことかもあるが、そういうとこは大抵ブラックだ。異論は認めない。てことで。
「エリック、昼休憩が終わる前に台所を貸してくれ」
「お湯を沸かすんだな!?」
「うん、いや、そうなんだけど……即行でお湯って言われると、何か私がまったく料理出来ないと思われてる感があるな? 別にカップ麺以外の調理が出来なくはないんだぞ?」
「マリの手料理か、うん。いつか診療所が休みの日にしてくれると嬉しい」
「エリック……全然信じてないやつだろそれ」
とはいえ今日作る飯もカップ麺と似たり寄ったりである。過大な期待を寄せられる前にさっさと台所に向かい、ネットで診療所用に購入した大鍋で湯を沸かす。グラグラと煮立ってきたところで本日の主役のご登場だ。
「今日の昼食はこれだ」
「え、カチカチの……白い虫? 寄生虫か?」
「誰がそんなもん食べるか。これは麺だよ。冷凍うどん」
「レイトウウドン……」
外袋をひん剥いて裸になった四角形のうどんを手に訝しむエリックに、約束された足下が戻ってきた忠太が【こむぎの かたまり てきなやつです】と、強気にッターッン! と誤字のない華麗なフリック入力を済ませる。補足説明に余念がない。
「また麺ものかよって苦情は受け付けないぞ。ま、口で説明するより見た方が早いよな。沸騰したお湯にうどんをドーン。エリックは結構食べるから二玉入れるぞ」
【そのあいだに べつのなべで これ あたためます】
「金……いや、薄茶色の液体?」
「うどん出汁。こっちだとスープって言ったら良いのか。私の国だと海藻とか魚で取る」
【さいしょは のみなれないかも でも なれれば うまうま】
西洋人は魚介類の生臭さを受け付けないことが多いらしい。別に肉系の出汁でも良いなら、コンソメキューブみたいになってるうどん出汁の素を買っても良かったんだけど、こっちの水で美味しく出来るか分からないから、無難にパウチっていうか、袋に入ったやつを買っておいたのだ。これなら鍋に開けて温めたらすぐに使えるし失敗知らず。
今日はこれまでの乾麺系や揚げ麺系とは違うものを食べたくなった。蕎麦は面倒だけどうどんなら冷凍したやつが安く……はあんまりないけど、美味くて大正義。冷凍庫付きの冷蔵庫なら日持ちもする。
当然前世のうちにあったのはそんな高級品ではなく、リサイクルショップで買った某ジュース飲料の会社の懸賞品だ。それも中古だからささやかに冷たくなる程度で、夏場の使用に耐えられるとは言い難かったが。
コカトリスの卵は黄身が鮮やかだから月見うどんにしたいとこだが、サルモネラ菌よりヤバイのがついていそうなので生食は止めておく。思えば最初の時に向こうの世界から購入した卵を使ったけど、あれ、一応心持ち程度に火は通したけど、ほぼ半生だった。
こっちの卵で私がいない時に真似されたら、診療所で食中毒という不名誉なことになりかねない。幸いやっていないみたいでホッとしている……って、何かやたらエリックがチラチラこっちを見上げてくる。
火加減が調節しにくいので、鍋の出汁を煮立たせないよう気にしつつ忠太に視線を送れば、すぐさま【しつもん うけつけちゅー】と打ち込みエリックの方に向けた。するとスマホ画面に視線を走らせたエリックが「あ、うん、今日のはその……スープとウドンだけか?」とモゴモゴと口にする。ああ、そういうことか。
「まさか。違う違う、うどん初心者の食べ盛りに素うどんとかハードル高すぎだろ。忠太、そっちの袋の中身を見せてやってくれ」
心配顔のエリックの服を引っ張りあずま袋に視線を誘導した忠太は、その中から本日のジャンク飯の主役達を引っ張り出す。
手始めにふっくら煮込んだ大きなお揚げさん二枚入りを五袋。次にカットネギ大を三パック。ニシンの甘露煮は好き好きあるから二尾入り二パック。温泉卵四個入りを三パック。そして大本命のどん○衛の〝あとのせサクサク天ぷら特大、二枚入り〟を五袋だ。豪華ぁ。
最後に味変用のラー油と肉味噌と鶏ガラスープの素に、チューブにんにくと甜麺醤。中華風混ぜうどん系もありだよな。次々と現れるそれらを前に瞳を輝かせたエリックが生唾を飲み込む音を聞きながら、忠太の【がはは かったな ふろはいってくる】の若干不適切な台詞に苦笑しつつ、勝ちを確信して後方腕組み待機おじさんになる。