*1* 一人と一匹と、息子vs息子。
カウンターの上に作り溜めていた新商品を広げて、相手が次に売れそうなものの候補を探す時間は何度立ち会ってもドキドキする。前回の仕入れはブレントが来たが、今日の仕入れ担当はコーディーだ。
親子という年代的なものもあるのだろうけど、意外と二人とも手に取る商品が違って面白い。感覚的にブレントは日常生活に根ざした便利アイテム系が多く、息子のコーディーは日常生活に多少の彩りを求めた癒し系を好む気がする。
今コーディーが真剣に選んでいるのは、忠太の作ってくれたバスボムの改良版だ。石鹸に続いて女性客の獲得に力を入れるつもりらしい。基本移動販売な上に食料品や生活雑貨を中心にしているから、家庭の財布を握る女性客狙いなのだ。
「今回は……このバスボム? を三種類と、こっちのハンドクリームをもらいたい。それと、顧客の声を聞いて前回の試作品の改良点を洗い出してみた。次の製作の目安にしてくれ」
「これ毎回助かるんだ。ありがとうコーディーさん」
「いいや、これくらい当然のことだ。お嬢の作る物には感心させられてばかりだからな」
「そう言ってくれると作り甲斐がある」
彼が指差した商品の在庫を確認した金太郎が頷きながら包装紙を出してくる。ラッピングは商品を並べた時の第一印象を決めるのに大きく左右するため、最近は百均のものだけでなく、特別な包装用に新しく包装紙を専門に扱っているネットストアもスマホに入れた。
おかげで目を離すと金太郎が忠太からスマホを奪おうとしていたりするので、油断ならない。包装紙といえど海外の製品だと結構高いし。折り紙にハマっているからか、紙に対する執着が半端ないゴーレムだ。
改善点が書かれた紙の束を受け取る私の隣では、忠太が【めのつけどころ いいですね】とドヤッとしながら、バスボムの注意事項を書いた紙を金太郎に渡している。すると今度はコーディーの背後から「君、いつまで突っ立っているんだ。退きたまえ」と声がして、魅了封じの眼鏡をかけたローガンが顔を出す。
「マリさん、先日ご注文頂いていた、女性用冒険者のローブに使用する生地見本をお持ちしました。それと職人からアダモラは餌を変えることで、吐く糸の質や色が変わるのではとの情報がありました。糸を後から染織するよりも、餌を調整することで吐く糸の色を定着化させた方が良いかもしれません。野生の個体を数匹捕まえて繁殖させますか?」
「ん、そっちの職人は仕事が早いな。あとで見るから置いといてくれ。確かに最初からあいつらの体内で色素を安定させておいたら、糸や布にした時に色落ちもしないだろうし良さそうだ。捕獲は手伝うから、出来るなら繁殖させてみたいな。助言してくれて助かるローガン」
【じょせいもの いろがら おおいと よろこばれます】
「だよな。特に冒険者用の服とかは女性用でも可愛いの少ないし。まぁ機能性とかを考えれば自然とそうなるんだろうけど」
「マリさんがアダモラの糸で冒険者用の服を作りたいと仰った時は、本当に驚きました。うちの商会では思い付かない。頑丈さと機能性、そこに愛らしさと美しさを加えたものを商品に出来れば、この分野で先行出資していた同業者にも一気に差をつけられます。貴女は本当に素晴らしい方だ……」
「金持ち相手の商売だと無難に絹糸しか使わないだろうからな。視野が狭い」
「詐欺師から商人になった家は、屑絹を一級品として売るのが上手そうだ」
「……何だと」
「先にご自慢の商品を売りつけてきたのはそちらだろう、ハリス家の。それとも今から商品を引き下げるか」
……またこの流れだよ。金太郎は包装紙が被害に合わないようカウンターの下に隠し、忠太は仲裁のためにスマホを構える。
冬の気配が薄れて春の陽射しが差し込む今日この頃。もっと言うなら、ローガンの新しく立ち上げたブランドと取り引きをすることになってから二週間。
当然先に私と組んだブレントにも話をつけて承諾済みだ。ブレント曰く『向こうさんの親が出てくるならともかく、顔が売りな反抗期の息子の方なら何とかなる』らしい。本職が言うならそんなもんなんだろう。
しかしコーディーの納得していない加減を見るに、人の家の息子のことなら軽くあしらえても、自分の息子だとそうでもないみたいだ。要するに親同士は黙認しているんだけど、息子同士は反目し合っている。商品を卸す側からしてみれば迷惑といえば迷惑な状況だ。
「あのさぁ、顔を合わせる度に喧嘩しないでくれ。第一お互いそんなに反りが合わないなら、二人して同じ日に訪ねて来なかったらいいだろ」
「女癖の悪いこいつとお嬢を二人だけで会わせるのは反対だと言ったでしょう」
「だーかーらー、忠太もいるんだから二人じゃないってば」
「チュータがこの男よりも利口で頼りになる奴なのは知ってるが、従魔として小さくて非力なのは否めない。お嬢の身に何かあったら――、」
「待て。何故僕がマリさんに無体を働く前提なんだ。女神と崇める女性に対して、そんな愚かな真似をするはずがないだろう」
流し目しながら前髪をかき上げて何を言ってるんだこいつは……頭の病気か? こっちをチラチラ見てくるのもなんかなぁ。きっ――(自主規制)。
「ぐっ……やはりこんな軽薄な野郎と取り引きをするだなんてのは反対だ」
「軽薄だと商売人に向かないなら、君の父親も向かないだろう」
「あぁ゙?」
「おい、無意味に煽るなローガン。話の腰を折って私に余計な手間取らせるつもりか?」
「〜〜ハア゙ァンッ!! 滅相もございませんマリさん!!」
自分で自分の両肩を抱きしめ、ビクビクと震えながら気色の悪い声を上げるローガンを見て、忠太が【おこられて よろこぶとか きっしょ】とスマホに打ち込む。毛が膨らんでいるのはたぶん怒りじゃなくて鳥肌が立ったからだろう。人間も肌寒いとか、生理的に無理ってなると産毛ボワッってなるもんな。ハツカネズミもなるんだ。
あと絶対コーディーも同じことを思っての〝ぐっ……〟だったに違いない。商人って口にしてしまうと本気で駄目な言葉は、本能的に自動キャンセルする機能があるんだな。感心感心。ただまぁ、お互いもうその段階を通り越してるんじゃないかとは思うが。
「まったくもってその通りだけど〝きっしょ〟は駄目だぞ忠太。あと〝キモイ〟も駄目。心へのダメージがでかい気がする。何だろ……感情的だからか?」
【きもちわるいは いいですか】
「気持ち悪いはきちんとしたお気持ち表明だから」
【おきもち ひょうめい】
「そ。お気持ち。よくある〝これは個人の意見です〟てやつ。だから世の中にはローガンのことを格好良いと思う人がいても、それは個人の自由で否定することじゃない」
【ろーがん きもちわるい わたしの おきもち】
「うんうん、それは忠太の大事な気持ちだからな。仕方ない」
実際には忠太がフリック入力してくれたおかげで口から出なかったようなものだ。心の中で言ってしまうのは許して欲しい。個人の自由な意見なので。こっちの会話を聞きながらお綺麗な顔を赤らめるのを止めろ。思わずきっ――(自主規制)って口にしそうになるから。
私と忠太がじゃれている間に下らない喧嘩も終わったのか、二人はカウンターの前で睨み合うだけになっていた。そんな二人を前に本日の営業はあと二十分で終了するぞと脅しをかけて、目当ての商品を金太郎に渡すよう促し、工房の表に人目がないかを確認してからご退店(強制)願った。
「さてと、それじゃあサイラスを迎えに行くか」
【きょうは えりっくに どんな じゃんくふーど たべさせますかね】
「あいつ食べさせ甲斐あるからなぁ。医者の不養生にならない程度に食わせよう。金太郎は今日も留守番よろしくな。その代わりに帰ってきたら包装紙選ばせてやるから」
そんなことを話しながらカウンターに広げた品物の後片付けをして、スマホの転移履歴をタップした。