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❅幕間❅君は女神。


 どんな物が次に流行るのか。それを決めるのは客ではない。商人は自分達が商いたいもので流行りという名の釣り針を作り、客という名の魚を釣るのだと。物心ついた頃からずっとそう言われて育ってきた。


 曽祖父の代から続く商会はもうこれ以上大きくする必要もない規模であり、それを知っている父は自身の辞書に挑戦という言葉を持たずに育ったところがある。そしてその後押しをしてしまうようなギフトを生まれつき持った息子。


 社交界に顔を出せる年齢になってからは、魅了の魔力が宿る瞳で秋波を送れば、大抵の上級貴族の奥方や令嬢が。時には隠された性癖を持つ同性も釣れた。大きくする必要のない商会はそれだけで自然に肥っていく。


 ただ今の商売の方法ではいずれうちは立ち行かなくなる。そう感じたのは十の時だった。父が何か失敗をしたわけではない。ただ漠然とした感覚は、歳を重ねるごとに確信に変わっていった。上級貴族ばかりを相手にする商いはもう古臭い。クラークの驚きのない商談は、結果の分かりきった恋の駆け引きくらい退屈だ。


 かつて市場の魔術師と呼ばれたはずの我が家は、このままではいずれ旧態依然としたその他大勢の商会になってしまう。かといって客はクラーク商会で商品を買ったということで、その虚栄心を満たしている。


 購入された高額な商品はあまり使用されることもなく、クローゼットの中にしまわれていく定めだ。商品を作った職人の名も、その素材を作る職人も、道具を作る職人も、彼等や彼女等にとってはただの肩書でしかない。


 最初の頃は無名の職人の作品で光るものがあれば、それを父に見せたり、客に勧めたりもした。けれどどれも見向きもされることはなかった。いったい自分は商人として何を売っているのだろうか。ふとした瞬間にそんな疑問が心の中に湧き上がることもあったが、それだけだった。仕方がない。父の代は諦めよう。そう思っていた矢先だった。


 父が田舎者と蔑むハリス運送が、凄腕の錬金術師を手に入れたという噂を耳にしたのは。うちで使う商売道具の中でもかなり高価な部類の氷結庫の下位互換で、保冷庫という名のその道具は、一気に町の飲食店に広まった。


 今までクラークの氷結庫でしか買えなかった他地方の珍しい食品が購入出来る。それも形が不揃いであるだとか、数がそこまで用意出来ないという理由で安価に。生産者の似顔絵や商品の説明文を添えて、一度手にした客が次回からも購入しやすいよう工夫されていた。売られている商品も無名の生産者だが質が高い。


 初めて個人に興味を惹かれ、その錬金術師の噂はどれだけ小さなものでもすべてかき集めた。そうしてあの星輪祭の夜――……ついに本人との対面に漕ぎ着けることに成功した。表舞台に一切姿を見せてこなかった錬金術師は、予想していたよりもずっと若く、目付きの鋭い野性的な女性だった。


 いつも商談で使う声音で声をかけて、あそこまで邪険に扱われたのは生まれて初めてのことで。そんなところにもすっかり舞い上がり、邪魔者の存在に気付けなかったのは今でも悔やまれる。だが――。


「なぁこの素材ってさ、他の色味もあるのか?」


「はい、勿論です。マリさんならそう仰ると思ってこちらに揃えておりますので、どうぞご覧になって下さい」


「あ、へぇ……これ良いな。凄く良い。これをこれだけ用意してくれって言ったら、どれぐらいの日数でいくらくらいになるとかってすぐ出せる?」


「すぐに計算してみましょう。他に気になるものがありましたらそれもご一緒に」


「だったらこれと……忠太はどれが気になる?」


【こっちですかね はんようせい あります】


「ん、そうだな。じゃあこっちも頼めるか?」


「喜んで。すぐに現物を用意させましょう」


 目の前でテーブルを挟んですぐそこにいる彼女と従魔にそう答え、こみ上げてくる興奮を抑えながら広げていた生地見本を片付け、壁際で待機させていた従業員二人に視線を送る。従業員の二人がいなくなると、まだ調度品の揃っていない真新しい応接室には彼女と従魔と僕だけになった。


 緊張を悟られないようにするのは商人の基本だ。しかし今日はそんな初歩中の初歩を守ることすら出来そうになかった。にやける顔を隠そうと俯いたら魅了封じの眼鏡がずれてくる。それを押し上げながら視線を正面に戻しても、端から商品にしか興味のない彼女と視線が合うことはない。本来商談とはこういうものだ。


 いつぶりだろうか。こうして自分が準備してきた商品のどれが売れるのかという楽しみ方は。彼女と出会った星輪祭の夜から、クラークの主軸と別事業として自分名義の営業部を立ち上げて良かった。


 ふと「本日はこちらの招待に応じて頂き、誠にありがとうございます」と声をかければ、彼女とその従魔は初めて商品から視線を上げてこちらを見たかと思うと、至極当然という顔で口を開いた。


「試作品に良さそうな物があれば見に来るさ。レティーの鞄の素材も良かったし。こんなでも私達は職人だからな。世話になってる領主夫妻の紹介とあれば尚更だ」


【はりすと くらーく なかわるかろうが そこは かんけいない いいそざい よういすれば しょうだんは します】


「星輪祭の時みたいに気持ち悪い冗談を言ったら殴るけどな」


 その打算も裏表もない言葉に思わず「それはそれで魅力的だ」と答えたら、テーブルの下で早速脛を蹴られたものの、そんな痛みすらときめきになる。それを察した従魔のネズミに【まり へんたいには ごほうびですよ】と言われた際の、彼女のゴミを見るような眼差しは、成程確かに甘美であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドM商人のハッピーエンド [気になる点] シリアス展開に挟むコメディ短編ですよね。 転移者の先輩達が通過した不幸の二択。選択の時間が、刻一刻と近づいていること。地球の娯楽とかでぜひ、高位精…
[良い点] あら久しぶり〜ヽ(=´▽`=)ノ 変態状態継続中だった(笑)
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