表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
191/263

*21* 一人と一匹、生命に立ち会う。


 やばいやばいやばい……指がもげそう。

 あまりの痛みに脂汗が額に滲んでは流れていく。


 絡められた指は白くて細くて華奢なのに、その力はまるで万力みたいだ。次々に運び込まれてくるお湯のせいで室内の湿気はピーク。あと、汗と血の臭い。


 とはいってもこれはいつもダンジョンで襲いかかってくる魔物や、街道で襲いかかってくるゴロツキをしばき倒す時の物騒な臭いとは違う。生命の誕生という尊い神秘に触れているのだ……指、砕けそうだけど……!!


「いいぃ゙ぃ゙いいぃぃだぁ゙ァァァいいぃぃ゙ーーー!!!」


「〜〜〜っ、よ……しよ〜し、レベッカ、痛いよな、でもそれはちゃんと赤ん坊が降りてきてる証拠だ、大丈夫だぞっ……!」


「いやああぁぁ゙あぁ゙ーーー!!!」


「い゙っ!? や、そうだなっ、うんっ、分かってても痛いよな!? ごめん!!」


 汗と涙とその他のもので顔をくしゃくしゃにしたレベッカは、もうこっちの声が届いているか定かじゃない。オニキスに会いに行く前に、レベッカと約束していた出産予定日が近かったので立ち寄ったら、血相を変えた使用人さん達とウィンザー様に両側から腕を掴まれて、屋敷の最深部にあるこの寝室につれてこられた。


 そこで産婆さんと医者が取り囲むようにしていたのは、膝立ちで悲鳴をあげながらいきんでいるレベッカだった。夫の立ち合いはまだ主流でないようで、寝室には出産に関係ない人間は立ち入り禁止だった。前世だと横になっての出産が主流だけど、この世界は病院に行っての分娩は疎か、まだ自宅で膝立ち出産というやり方らしい。


 ちなみに現在は横になって頂いている。理由は簡単で膝立ち出産に立ち合おうとしたら、背骨をやられかけたからだ。出産は命がけってよく分かる。忠太は精霊とはいえハツカネズミで不衛生。人型になれることも加味したら異性なので不適切。よって室外待機。


 代わりに回復魔法はかけてくれるとのことなので、指の数本くらいはレベッカの出産の犠牲にしてもいい。さっきまでは痛覚のあった指のうち、二本くらいは麻痺してる。


 金太郎には主人の危機に荒ぶるベルを取り押さえてもらうという大事な使命を与え、輪太郎とサイラスはネクトルの森の隠れ家で留守番。そして私はここでこうしてかれこれ四時間【耐える】コマンドを連打中。いつ、いつ産まれてくれるんだベビー。お前の母ちゃん大変なことになってんぞ……!!


「も、申し訳ありませんマリ様! あともう少し、頭は出てきてるんです!!」


「わ、ったしは、大丈夫だから……っ、気にせずレベッカの処置を頼む゙っ゙!?」


「はっはぁ、二人ともいい娘だね! その調子でもう一踏ん張りさぁ!」


「そうだとも、はい奥様、もう一回いきんでー!!」


 ウィンザー様の主治医と元気の良い産婆さんに励まされ、出産の痛みに吼えるレベッカを宥めながらさらに永遠にも思える時間を耐え続け。両手の指の感覚が綺麗さっぱり消える頃、遠退く意識の片隅で〝ほにゃあぁ゙ぁ〟と。子猫みたいな声を聞いた瞬間、バツンと電源が落ちるみたいに視界が暗くなった。


***


 ひたりと何かが額に触れる感覚。

 それが撫でるみたいに額を左右に行き来する。

 ああ、助かる。だいぶ汗をかいたから、不快、だったんだよ。

 それから冷え切ってるのか、感覚が失くなった指先にほんわりと熱が宿る。


 でも、すぐにまた冷えて感覚が鈍くなっていく。

 また、ほんわりする。

 また、冷たくなる。

 

 ――フス、

 ――――フス、フス、

 ――――――フスフスフス、フス、

 ――――――――フスフスフスフス、フス、フス、

 

 今度は控えめでありながらも、結構しつこく頬に柔らかくて少し湿った感触。髪の毛? 絹糸? 何か知らんがくすぐったい……絶妙にくすぐったい。まだ寝てたいんだこっちは。そう思って目蓋を閉じたまま振り払おうとした手を、モフッと温かいものが包んだ。


「……?」


 目蓋を開けた先にいたのは、紅い瞳にふわさらの体毛を持つ相棒。だとするとさっき頬に感じた湿気は忠太の鼻で、くすぐったかったのはヒゲか。小首を傾げて心配そうに見つめてくる忠太に「気絶してた?」と聞けば、コクコクと頷かれた。


 すると横から「良かった、目が覚めましたね」と声がして、そちらを向くと人の良さそうな若い丸顔の看護師さん(?)が濡れたリネンを手に、ほっとした表情を浮かべている。どうやら額を拭ってくれていたのは彼女らしい。歳はあんまり私と変わらなさそうだ。


「え……っと、忙しい時に看病してくれたみたいですみません」


「いいえいいえ、とんでもないです。マリ様のご協力のおかげで、こちらの奥様も赤ちゃんも無事だったんですから。むしろ貴女にばかり痛い思いをさせてしまって、大変申し訳ありませんでした」


「いやいやいや、こっちこそ友人と赤ん坊の命を助けてもらったんだ。ちょっと痛い目見るくらい何でもないんで。お産の時にあの部屋にいたお医者さんだよな。レベッカはどうしてる? 赤ん坊の性別は? ウィンザー様はあの後に倒れてないか? というか、私はどれくらい気絶してた?」


「はい、一つずつお答えしますね。奥様の出産からは丸一晩経ってます。奥様はマリ様より少し先に目を覚まされました。赤ちゃんは元気な男の子で、旦那様は緊張と興奮で高熱は出されましたがベッドに臥せることもなく、奥様とご子息のお傍についておられます。貴女の処置はこの忠実なネズミ君のおかげで、ほとんど出番がありませんでした。従魔って初めて見ましたが凄いんですねぇ」


 優しい声と口調で知りたかったことを教えてくれる彼女にお礼を言い、レベッカに会いたいことを伝えると、先に向こうの体調を尋ねるとのことで、忠太と二人で待っているようにと言い渡された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
フスフスフースフス。 動物のお医者さんを思い出した。
[良い点] まさかのマリが立ち会い出産Σ(゜Д゜) いやおつかれ!マジおつかれ!!(´Д⊂ヽ 出産まで10時間かかっても、母子に問題なければ安産よ。よく付き合った! そしてレベッカ、おめでとう!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ