*19* 一人と一匹、ゼペットに代わって。
――が、ふとファンファーレから続く音楽がちょっと長いことに気付いてよくよく画面を見ると、文字化けしたディスプレイに着信の文字が踊る。駄神の奴、ここに来て趣旨を変えてきたのか?
「うわ……これ着信だわ。しかも駄神からのやつ。悪いサイラス、どうせ下らない用件だとは思うんだけど出てみるから、一旦切るな」
「〝あ、はい。分かりました。こちらも、顔を洗って、待ってます〟」
直前までの賢そうな雰囲気から一転、へにゃっと笑うサイラス。同じ顔なのにギャップが凄いな。あとは口の端から見える八重歯に、自分で思うよりもだいぶ目立つもんだなと感心したりしつつ、テレビ通話の方を切ってあまり気は進まないが、応答ボタンとスピーカー機能をタップした。すると――。
『〝ご利用ありがとうございます。こちらは守護対象者専用ポイント利用方法説明コールセンターでございます。初めてのご利用でポイント説明が必要な方は①を、利用へ進む方は②を押して下さい〟』
流れてきたのはこの異世界ダンジョンでは場違いながらも、前世では聞き覚えのあるタイプの音声ガイドラインだった。隣で一緒に聞いていた忠太と金太郎と輪太郎はポカンである。聞いたことがなかったら当然の反応だな。
こちらが指定されたボタンを押さない限りはエンドレスで流れるのか、呪いのビデオの如く同じ台詞をくり返している。怖。都市伝説とかのホラーにありがちな導入部分かよ。
あとこれを憶えたってことは、あいつ、サイラスのいる世界線で通販やったな。もしかしてお忍びで家を借りてたりするんだろうか? それで当日留守にしてて受け取り出来なかったとか……あり得るな。本当に堕落しきってやがる。
「あの、マリ……これは、どうすべきなのでしょうか?」
「お、おぉ、まぁ十中八九駄神の悪ふざけだとは思うけど、内容には興味あるし。この手のは前世ではよくあったやつだ。とりあえずこの音声案内に従ってみよう。サイラスともまだ話の途中だから、手早くやってさっさとテレビ通話に戻ろうぜ」
素直に困惑している忠太にそう言いながら、音声案内に従ってひとまず①をタップする。そうすると、今度は先程までの台詞とは違い『〝①を確認しました。それではご説明させて頂きます。最後まで聞き終えてもう一度聞きたい場合は#①を押して下さい〟』と流れた。
内容は本当によくあるネットの無料漫画サイトとかと同じで、これまで貯めたポイントを指定されたサービスで還元するというものだ。交換するポイントが大きければ大きいほど、担当している上級精霊から与えられる奇跡も特別なものになる。
けれど当然使ったポイントは戻ってこない。使った分は貯め直しとなるので、大きい奇跡を与えてもらいたい時は、かなり慎重に選ばなければならないようだ。ちなみにここで使用出来るのは最初に流れたガイドラインの通り、守護対象者だけ。無駄に芸が細かいな。
それと、使えるポイントは℘₪℘₣■■₪₪₰℘だ。どうやらスキルの成長には担当している上級精霊の₫√₱▼▲▲₪₣℘◆が関係するっぽい。今までてっきり℘₪℘₣■■₪₪₰℘を使ってスキルを上げていたと思っていただけに、これにはちょっと驚いた。
主にいつの間にそんなに貯まってたんだというのと、割と良心的なのかと錯覚しそうになるシステムのせいで。私にはそんな経験はないけど、お年玉を親が将来のために貯金しときなさいと言って取り上げたあれが、二十歳になった辺りできちんと通帳に収められた状態で手渡された時みたいな、そういう感覚。
唯一勝手が違うのは守護精霊用だ。この場合忠太のことになるが、スマホで直接本精霊が₪₪₱▼₫₣₪■℘℘を消費出来るらしい。確かにいつも選んでたな。あれは何でだろ。忠太もシステムの説明を受けないでやってたから、何かそういう精霊にしか分からないことになってるんだろう。
――とまぁ、長々とここまで音声ガイダンスに従って説明を受けながら操作したところ、どうやらこれが凍結されていたサイラスの相棒の幸福値通帳だったらしいと判明した。しかも嫌な話、サイラスが相棒の心臓を食べちゃうところで目標ポイントが貯まったっぽいやつ。
『〝以上でよろしければ承認の③を、破棄であれば④を、最初から検討するであれば⑤を押して下さい〟』
最後の音声案内が流れ、以降はまたエンドレス。考えてみたらこれって数百年前の守護対象者の記録なんだから、残っていたのが奇跡だ。前世のお役所仕事なら絶対消えてる。駄神の管理はズボラなのか細かいのか分からんな。
「ふぅむ……結局最後まで聞いちゃったけどさ、これってこの最終選択は私が押しちゃって良いやつなんだろうか?」
「ええと、そうですね……隣で一緒に聞いていた身から言わせて頂ければ、大丈夫だと思います。このスマホにかかってきたということは、上級精霊がたぶんわたし達の扱いを、クロロス氏の代理人という形で定めたからだと思うので」
「成程。賢い相棒がそう言うなら、それで間違いないだろ。てことで、守護対象者幸福値の残高を全使用して……③を選択するぞ。随分長いこと決済待たせたな」
通話中の画面になっているスマホの③をタップした瞬間、パァッと視界が真っ白な光に染まっていく。私達が咄嗟に目蓋を固く閉ざしていた間に『〝ご利用ありがとうございました。これにてサービスを終了とさせて頂きます。またのご利用をお待ち致しております〟』との音声が聞こえて、すぐに光も収縮していく気配がする。
そうして恐る恐る目蓋を持ち上げたその先で、綺麗なお人形が一体、ピノキオよろしく命を吹き込まれて戸惑っていた。自分の前世の住処を指していうのもなんだけど、どうやらあの寂しい部屋からやっと解放されたようだ。
「その姿では初めましてだなサイラス。相棒の忘れ形見を使って、こっちの世界へ帰還を果たした気分はどうだ?」
「……悪く、ない、です」
「それは良かった。見たところ魔力の乱れもないですね。立てますか?」
穏やかな微笑みと共に手を差し伸べるジェントルな忠太と、いきなり動き出した同族に興味津々の輪太郎。その頭上でこれもまた素材の違う同族が増えてご機嫌の金太郎が踊っている。まだ自身の身に何が起こったのか分かっていない様子のサイラスは、忠太の手を掴んで立ち上がり――……すぐにふらついたその身体を、全員で支えてやらなきゃ駄目だった。