第七話 名も無き花・上
おろおろとみっともなく取り乱すザルド。
しかし通行人たちはというと、むしろほっとしたように日々の喧騒の中へ戻っていく。
恐らくは、こちらの方が、普段街で見せている顔というわけなのだろう。
抜けているくせに、オーバーリアクションでイチイチ喧しい。
「ななな、なんでちゃんと見ていないのよ!!」
「ザルド様の余りの威光に兵達も竦んでおりました。その隙を突かれてしまったようです」
「竦んでいたですって?」
「・・・・・・はい。申し訳もありません」
「せめて『見惚れていた』と言いなさいな!!」
「見惚れておりました」
「遅いわよォッ!!」
べらべらとザルドが捲し立てる。
顔を使い分けているのではなく、単に隠し事が苦手なのだと見受けられる。
隙が多い方が、存外に人の好意を集めやすいものである。
「やはり拘束は解くべきではなかったかと。せめて彼女が本当に庇護するに足る対象かどうか、解るまでは自由を与えては却って危険です」
「『安全』よりも『安心』というのは高級品なのよ。たとえそれがまやかしであったとしても。痛みと苦痛で飼いならされていたとしたら尚のこと、束縛による恐怖は与えてはならない。万が一にも心を壊してしまっては、対話すら出来ないわよ」
「ですが」
「な ん に せ よ」
ピシャリ、とザルドが兵士の言い分を抑える。
「反省するのは後よ。まずは失点を取り返すことを考えなきゃ」
「ザルド侯。失礼だが、詳しく伺わせて頂いてもよろしいか」
マオが口をはさむ。ここでザルド侯に恩を売っておくのは悪い手ではないし、なによりもなにより「彼女」とやらの安否が心配だった。
「よそ者の手を借りる筋合いはないわね。アタシ達の失敗はアタシ達で取り戻す」
「もっともだが、そんなに物々しい格好で逃げた兎を追っても、いたずらに怯えさせるだけだろう」
「それは・・・・・・」
「勘違いなさいますな。私はたまたま侯らの会話を聴いているに過ぎませぬ。答えられぬと言うのなら構いませぬが、しかし聞き耳はそばだせてさせていただきます。あなた方の応対をたまたま聞いていた通行人が、たまたまそれらしき少女を見つけて、たまたま保護するのであれば、あなた方のメンツにも関わりますまい」
「詭弁ね。通りすがりに尻を拭いてもらっていては、それこそ面目が丸つぶれじゃない」
「あるいは、ただの通りすがりですらも人を助けられるほどに豊かな街であることを、ザルド侯は誇れば良いのです。街の治安があなたの統治によるものだとすれば、その治安がもたらす善果はあなたの手柄でもあります」
「そうまでしてあなたになんのメリットがあるのかしら。報酬を求めないというのであれば、それこそ貴女に委ねるわけにはいかない。無償の奉仕ほど高くつく物はないのだから」
「この地の長であるザルド侯爵の信頼。よそ者である私にとって、それに勝る価値などありますまい。私の存在があなたのメリットに成り得ると知っていただけたら、随分と暮らしやすくなる」
「それは、アタシの・・・・・・いえ将兵が他人に求める価値がなんであるか理解した上で言っているのかしら? その言葉、場合によってはアタシの軍門に下ることも辞さないと、そうとるわよ」
「童女の首を惜しんだ貴公なら、まかり間違ってもその手に矛を握らせはしますまい」
「子供というには腹の読みあいが好きなようね」
「女というのはえてしてそういう生き物なのですよ」
・・・・・・ふん。とザルドが鼻を鳴らす。マオに下がる意思が無いと明らかな以上、答弁は時間の無駄である。
「ローレン」
「はっ」
名前を呼ばれた兵が、背筋を正す。
「ちょっと最近ど忘れが多くてね。だから、いまいちど初めから状況を整理しなさい。いい? どこで、どうして彼女と出会い、そしてなぜ彼女を連れ帰ったのか、詳細によ」
「しかし・・・・・・」
「二度は言わせないで」
ザルドに凄まれて、ローレンは息を呑む。
兜から覗く顔はまだ年若い。
恫喝されてなお視線を彷徨わせて逡巡する青年兵を、ザルドは苛立ちながらも辛抱強く待つ。
やはり根本的に甘い男なのだ。とマオは思う。
「今回の遠征は、アルシュト山に根城を構える山賊団を討伐することが目的でした」
マオは改めて呆れる。
わざわざ山賊を狩りに領主自らが出向いたのか。
「討伐は成功。彼らから押収した財の中には、宝石や金銀以外の『商品』もあり、我々は保護すべきと判断。
しかし、彼女はひどく衰弱していて――人買いに手を出すくらいですから、おそらくは、山賊団自体も困窮していたのでしょう。事実、彼らは余りにも弱かったですし・・・・・・
だから、気を失っていた彼女をひとまずは街に連れ帰り、ひとまずは体力の回復を待とうと」
「――していたところを逃げられたわけね。まあ、彼女からしたら別の人買いに攫われたと誤解しても仕方がないもの。
本来ならば逃げ出すほどに気力が残っていたことは喜びたいことだけれど、土地勘がないであろうこの街で一人にしてしまったのは却って不幸だったわね」
「シルクスは基本的には治安の良い街ではありますが、寄らば大樹の陰とも言います。街が大きく発展しているからこそ、虎視眈々と闇から目を光らせている者も多いのです。
捕えた獲物はさっさと船で運んでしまえば、足跡を追うことも出来なくなる。珍しい魔族、しかも身元が明らかでなければ・・・・・・おあつらえ向きとすら言っても差支えらりません」
「普段ならそんな無謀、アタシが許さないのだけどね。どうにも今日は街の霧が濃すぎる」
ちらり、とマオを見やるザルド侯。
どうにも邪険に扱われると思っていたら、単に力を危険視していたではなく彼の目を曇らせてしまっていたという事らしい。
「ひとまず、アタシは帰ってインに報告するわ。ひょっとしたらあの子なら何か情報を掴んでるかもしれないし。火が出ている内であれば、天守から見渡せば、なんとか彼女を見つけられるかもしれない」
「我々は」
「あなた達はそうね。この大通りと、第一、第二区画の主要な通りを可能な限り散開して捜索しなさい。見つけられなくても兵士が歩き回っていれば、ある程度の抑止にはなる」
「彼女の足ではそう遠くに行ったとも思えません。おそらくは路地の陰に潜伏していると考える方が」
「上手く隠れているのであれば、それでもいい。でも、ネズミ取りはアタシ達よりも賊の方が上手よ。アタシ達が彼女をただ探しても、それは追いつめているだけ。
つまるところ、警鐘を鳴らして心優しい商人の協力を仰ぐ方が効率も良い。
彼らは金銭さえ払えば簡単に交渉できるしね。まあ、中には単に人助けをしたいって奇特なヤツもいるかもしれないし」
マオは自分の頬が引き攣っていることに気付く。
つくづく腹芸の下手な御仁だ。
「アルム、セルフィ。行こう」
置いてけぼりの二人の手を取り、マオは既に闇が足を延ばし始めた路地へと向かう。
急がなくては。
今自由に動け、かつ万が一の暴力にも対応できる力を有しているのは、マオだけだ。
しかし、得てして闇は悪を助長する。遠征から帰って来たばかりの兵は疲労も蓄積しているだろう。時間が立つほどに、不利になるのは明らかだった。
千年ぶりに使う狩人の嗅覚。錆びついていなければよいのだが。




