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第六話 バカの矜恃、オカマいなく

 サイフの重さを吸ったかように、ずしりとアルムの背中に食い込むリュック。

 もう少しくらいはマオにこの街を見てほしかった気持ちもあるが、袖が無いのでは振りようもない。

 さて、預けてある馬のところへ変えるかと考えていた矢先――


「・・・・・・げっ」

 

 ラッパの音が雄々しく響く。


「時報はつい先程聞いたはずだが」


 こてん。と首をかしげるマオ。


「この目立ちたがりのラッパが鳴るってことは、どうやらウチの領主殿のお帰りのようだ。どっかに演習にでも行ってたんだろ」


「領主自ら、軍を率いて外に出るのか?」


「居ないのがバレると面倒くさいから、出ていくときはお忍びらしいぜ。でも、帰ってくる時はいっつもド派手なんだよな」


「……バカなのか、その領主とやらは」


「バカさ。声は無駄にでけえし言葉遣いは変だし、頭より先に手が出るし」


「大丈夫なのか。この街は」


「それくらい雑でも回っちまうくらい、参謀役が優秀なのさ。あのバカはどうしようもねえほどアホだけど、気前の良いオッサンだ。それにアイツが直接指導してる甲斐もあってかシルクス領の兵士は手練れ揃いって言われてるしな。魔王領との争いが表向き鎮静化してるのも、ここの強力な軍隊が睨みを効かせてるってのもある」


「確かにあの人は変人だけど、少なくとも悪政を敷く暴君ってわけではないしね。それなりに慕われてはいるんだよね。一番魔族と矛を交える機会も多いハズなのに、種族に対する差別もしないというか・・・・・・」


「種族以前に性別の区別すら気にしてねえんじゃないかなアレは」


「言えてる」


「それで二人は良いのか・・・・・・?」


 凱旋を知らせる金管の旋律。軍靴の鳴らすパーカッション。

 ヨーホーと野太いコーラスが、一層暑苦しい。


「大丈夫なのか・・・・・・この国は・・・・・・」


 次第に近づいてくるバカ騒ぎに、マオは思わず不安を漏らす。

 だが、不敬な呟きすらも、馬鹿騒ぎは打ち消してしまう。


「オーッホッホッホッホ!! 愚民どもォ!! アタシが帰って来たわよォ。崇めなさァい。奉りなさァい」


 マーチの先陣を切るのは、燃える様な赤髪を讃えた大男である。

 馬上でぶんぶんと、馬鹿みたいに装飾された剣を振りかざして指揮している。

 その馬鹿に人々は「やれやれしょうがねえな」という笑顔を貼り付けながら、紙ふぶきやら花吹雪やらを投げかける。いや投げかけるというより、というかほとんど投げつけているに近い。

 というかよく見ると演奏に参加していない兵士の中にすら、馬鹿騒ぎに加わっているものが見受けられる。


「くるしゅうない!! くるしゅうないわよォ!! もっと、もっとよォ!!」


 邪険に扱われているのを知ってか知らずか、ぶんぶんとバカが頭髪を振り乱す。きらきらと、花弁と汗が舞い散る。


「アレがこの都市の長。ザルド侯爵。わかりやすい人でしょ?」


 どこかからか集めてきた花びらを団子状に固めて、シルフィがオーバースローに振りかぶる。大きく踏み込んで上半身を捻る。鞭のように腕をしならせる。スナップの効いた見事な投擲。

 回転の空力と遠心力に耐えきれず、空中で破裂するように花びらが分散する。

 届きこそしなかったが、明らかに顔面コースだった。


「ご声援感謝するわ愚民ども。でも、うっ、ちょっと、弾幕が、濃すぎるわね。うわぷ。愛、愛に溺れそう。うふふふふふ……悪くない、悪くないわァ」


 演奏は大サビへ。テンションは最高潮に達し、バカは恍惚と歓声(?)を浴びる。

 ジャン!!と一際大きな合奏でマーチは締めくくられた。

 すう。と大男の胸が膨らむ。


「静聴せよ!!」


 唐突に――

 バリトンが、びりびりと聴衆の耳朶を打った。

 途端に、街道は水を打ったような静寂に包まれる。


「さて、アタシの街に大物の気配を感じて帰って来たは良いものの、どうしたものかしらね」


 凛然と、ザルド侯が嘯く。

 大声を張り上げていた時より不思議と通る声だった。


「街の様子からして悪行を働いたわけではなさそうだけど、この気配、看過するには大きすぎる」


 ギロリ、と目が見開かれる。

 剣を収める金打の音。

 危機を察知していると言いながら、慢心とも言える無防備さだが、ザルドの剣気はむしろ研ぎ澄まされている。

 ――居合の達人がたどり着く境地。常在戦場を身上とする彼らは、たとえ柄に手を掛けておらずとも隙を晒したりしない。

 無防備を敢えて見せつけているのは、わかりやすい挑発と脅迫である。


「斬りかかってくるつもりの無謀だとしても、アタシは厭わない。黙って隠れ続けているつもりなら炙り出す。自分から名乗り出るのであれば、そうね。言葉を発する権利くらいは与えてあげようかしら」


 マオが伺うと、アルムとセルフィは顔面を蒼白にしている。

 なるほど、将軍ザルドとしての顔を見るのは彼らも初めてという事か。

 人間はそれほど嗅覚も鋭くない上に、勘も鋭くない。

 鋼に明らかな血液の匂いが紛れているなど、気づくはずも無かったのだろう。

 あるいは、初めからそちらばかりが気になっていたマオの方が、おかしいのかもしれない。


「ザルド侯爵」


 駄目だ。とアルムが小声で呼びとめたせいでマオの背筋を詰めたいものが走る。

 バカ者。今危険なのは貴様なのだとなぜわからぬ。

 聴こえなかった風を装って歩み出る。

 どの道アルムは剣気に充てられてあれ以上動けまい。


「あら?」


 群衆の中からひょっこりと顔を出したのが幼い少女だったためか、ザルドの表情が緩む。緩んだように見せかける。


「私はマオ。この度は失礼しました。あなたや、あなたの街に害をなすつもりはありませんでした」


「それだけの魔力を垂れ流しておいてよく言うわよ。あなたがその気になれば、この地区一帯は火の海でしょうに」


「申し訳もないです。まったくの不用心でした。しかし、これは私の加護ゆえ、外を傷つける力はありませぬ」


「『加護』ねえ」


 ――雷鳴のごとく。

 ()()()()()()()()


 マオの足元の石畳には、()が深々と突き刺さっている。

 残心が無ければ、ザルドによる投擲と判別できた者はマオ以外には居なかっただろう。

 肌身に迫る殺意。全身の細胞に火がくべられたようだった。


「護りしか知らないと言うつもりだったのなら、せめておどしに屈してみせるくらいの器用さは欲しかったところね。あどけない顔してどれだけの死線をくぐって来たのかしら」


「買いかぶりすぎですよ。確かに死に目に合ったのは一度や二度ではありませんが、生きているのはただ運が良かっただけに過ぎません」


「あなたの意思がどうあれ、過ぎた力は争いをもたらすだけ。それが魔族ならなおさらよ」


「信頼が得られぬのであれば、大人しく縄につくより他にないですね。それすらも叶わぬと言うのならやむをえませぬ。この首を落とされよ。侯」


「・・・・・・なんですって」


「元より今生の未練などありはしませぬ。わが力が戦争を生むと判断するのならば、その芽は摘まれて然るべきにございます」


「挑発のつもりかしら」


「交渉の場に掛けられるものがこの首より他にないと言うだけのこと」


「信じたわけではないけれど、確かに密偵にしてはへたくそ過ぎるわね。あなた」


 ようやくザルドの圧力が緩む。


「童女の首を跳ねたとあれば、ここにいる皆から不信を買うことになる。私が兵士ではなく、将としてここにある幸運に感謝しなさい」


「はい」


「とはいえ、首輪くらいはつけさせてもらうわよ。私の管理できる施設で、しばらくは様子を見させてもらうわ」


「マオを牢屋に繋ぐっていうのか!!」


 声を張り上げたのはアルムである。

 

「人聞きがわるいわね坊や。そんなことはしないわ。ちゃんと客人としてもてなすけど、監視を着けさせてもらうってだけ」


「マオは俺の妹だ。ちゃんと俺が管理する」


「妹?」


「そして私がお姉ちゃんです!!」


「姉?」


 んー? と三人を睥睨するザルド。

 しばし熟考し


「そういうプレイは若いうちはやめた方が良いわよ」


「プレイじゃねーよ!!」「プレイじゃありません!!」


「というかあんた達、シルキア村の宿屋の坊ちゃんと、居候の嬢ちゃんじゃない。なんでこの子の肩持つのよ」


「あー。ソイツ最近ウチに居候することになったんスよネ。行くあても無いってことで俺が面倒見ることになって・・・・・・だから妹だー!!って」


「あたまも口調もオカシいんじゃない?」


 よりによってあんたが言うか!? とアルムの顔に書いてあった。


「ま、あの二人がその子を許容してると言うのなら良いでしょう。二番目くらいには安全な手の打ち所よね」


「一番は何だってンだよ」


「それは隣の子が知ってるでしょ」


 水を向けられたセルフィが頭を掻く。


「あー。やっぱりですか・・・・・・あなたって大概お節介ですよね。あんまり肩入れしすぎると王都の反感を買っちゃうんじゃないですか」 


「それこそ余計なお世話よ・・・・・・ん? なによ話の途中なんだけど」


 なにやら兵士がザルドに耳打ちする。

 紅の塗られた頬が一気に青ざめていく。


「なああああんですってええええええええええ!?」


 日も傾き始めた港町。

 バカの大声にカラスが嗤った。

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