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第三話 これからの日々。兄と妹と。

 いつのまに眠っていたのだろう。

 夢を見ない睡眠が、かくも不安を覚えるものだったとは。

 自分で思っているより遥かに、疲れていたのだろうと思う。

 身を起こして窓の外をみると、カーテンの隙間からはぼんやりと朝の日差しが覗いている。

 いくら感覚をを研ぎ澄ましても、争いと死の気配など全くない。まだ夢を見ている気がして不安になる。

 ベッドの上に横たわる聖剣。その刃に指を触れる。

 つーと一滴の血液が流れてシーツに染みを作る。

 だがその血も再びマオの体に還り、傷口も見る間に塞がっていく。

 記憶による錯覚だけが、無くなったはずの傷をじんじんと痛ませた。

 不死ゆえの自傷が習慣となったのはいくつのころだっただろうか。初めて命を奪った日だっただろうか、それとも面と向かって呪いの言葉を吐きつけられたあの日だっただろうか。

 ほう。と息をつく。

 大丈夫だ。この心はちゃんと痛みを覚えていられる。ならばまだ、狂気に堕ちて叫びまわる必要はない。


「そも、狂気に逃げる様な安直さが許される身の上でもない。か」


 窓を開けると、澄んだ風が頬を撫でる。

 朝露に濡れた草花の青さがつんと鼻に刺さる。

 くう。と鳴るお腹の音に耳を澄ませながら、マオは牧歌的な朝を味わう。


「あれ? もう起きたのか」


 頭の上から声が降ってくる。

 そばかすを顔に浮かべた牧歌的な雰囲気が滲み出ている少年。名をアルム。

 マオを千年の封印より解き放った張本人である。


「もう起きたと、いうことはちゃんと私は起きられたのだな」


「は?」


「少し怖ろしかっただけだよ。気が付いたらまた長い時が流れているのではないかと思うと、な」


「はは。伝説の魔王様が、ずいぶんしおらしいじゃないか。安心しろよ。ちゃんと寝坊してたら叩き起こしてやっから」


 ニシシ。とからかう笑みが、少しだけ癪に障る。

 昨日の今日だというのに、本当に兄のように振る舞うアルム。さなきだに人の世話を焼くことが好きな性分なのだろう。

 だからこそ、異性を相手にするにあたって、アルムはもっとも意識せずに済む「妹」という役割を与えた。そうすることで立場の自分の立場の安定を図りたかったのだ。というのがマオの見立てではあるが、その推論を口に出すのは野暮というものである。

 とはいえど、ただ一方的に遊ばれるのも面白くない。


「『ありがとうね。お兄ちゃん』」


「・・・・・・馬鹿にしてんだろ」


「先に言い出したのはアルムの方だろう。居候させてもらう以上、先輩には敬意を払おう。最も、私を姉にしたいならそれも構わないが」


 幼い少女を姉と呼ぶ自分を想像したのか、アルムは頭を抱えている。


「いやダメだろそれは人として」


「私にとっては皆生まれたばかりの赤子も同然。そこまでおかしな話でもあるまい。うむ。なんなら姉権母でも構わぬぞ」


「有無もねえよ。冗談でもそれは兼ねるな兼ねないでくれ頼むから」


「まあ、確かにメイリア殿から息子を奪うのも偲びないし、何より」


「何より?」


「『キモい』の」


「うわ言いやがったこいつ。ていうか言葉遣い世俗に塗れすぎだろ。どんなお姫様だよ」


「姫ではない。王である」


「『元』だろうが」


「・・・・・・そうだな」


 王としての責務無き今、気取る必要は無いのだ。

 長き眠りの果てに、得難い知己を得た。

 彼が私に親族としての役割と情愛を求めるのならば、自分は「アルムの妹」でも構わないのではないのだろうか。


「しかし、では君の事はなんと呼ぼうか。『おにいちゃん』が嫌なら『兄上』とでも及びすれば?」


「それも鳥肌が立つ。でも、そうだな。俺の事を皆は『アル』って呼んでる。だから俺も君――」


「マオ。で良いよ」


「・・・・・・えっと」


「なに?」


「『マオ』も俺のことをそう呼べばいい」


 照れてはにかむアルム。


「わかった。アル兄」


「アル兄・・・・・・かあ」


 緩みまくった顔のアルムに、マオは意図して甘えた声音を繕って呼びかける。


「ねえ。アル兄」


「・・・・・・なんだ?」


「チョロいってよく言われない?」


「喧しいわ!!」


「あとお腹すいた」


 きゅる。とマオの腹の虫がなる。


「マイペースかよ!!」


 大声で突っ込みを入れるアルム。

 打てば響く、実にからかい甲斐のある男である。

 

「そういや昨日はすぐに寝ちまってまともに食ってないもんな。

 ま、どうせもうすぐ朝の仕込みもしなきゃなんねえしな。

 そのついででよけりゃ作るよ。オヤジやおふくろにはまだ及ばないけど、これでも腕には自信があるんだ。

 もっとも、舌の肥えた姫様に満足いただけるかは解りかねますがね」


「案ずるな。空腹に勝る調味料は無いと言うぞ」


「全然期待してねえってことじゃねえか。畜生。いいぜ。その口黙らせてやる」


 どたどたどた。とアルムがどこかに大股で駆けていく。

 からかいが過ぎて流石に気分を害しただろうか。と少し不安になったが、少ししたら仄かに炊事の香りが漂い始めた。

 褒めても叩いても他人に得しか与えない辺り、つくづく愉快な兄上なことだ。

 引き攣る頬がおかしくて、聖剣の刀身に顔を映してみる。そこには悪戯が好きそうな、あどけない少女の笑みがあった。


「腑抜けているな。なるほど、これでは威厳が無いと言われてしまうわけだ」


 香ばしい匂いに誘われて、きゅるるる!!と腹の虫がいよいよ怒り出す。

 きっとおいしい食事になるのだろう。

 マオはぺたぺたと軽い足音をさせながら、匂いの方へと歩き出した。

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