第九話 亜人たちの依るところ・上
「それで、どう申し開きをするつもりかしら」
玉座に深く腰掛けたザルドは、平伏するマオを冷たく睥睨する。
刃のように鋭い殺気を隠そうともしていない。
涼やかなほどに平坦な口調は、度を越した怒りがそうさせるのか、あるいは為政者として目の前の小娘を冷静に処断しようとしているのか。
「あれだけの啖呵を切っておいて、よくものこのことアタシの前に顔を出せた理由、聞かせてもらってもいいのかしら」
「耳を澄まさねば、霧の中での彼女の探索は困難でした。彼女の安全を確保し、そしてザルド侯に頂いた命を果たすには、他に取れる手段を思いつきませんでした」
「嵐が来れば霧が晴れるというのなら、馬鹿馬鹿しいわね。私たちはあなたの独断のせいで、むしろ捜索を打ち切らなければならなくなった。だって、町全体に爆破予告なんてされたのだから、それどころじゃないわ」
「仰る通り、浅慮でありました。しかしながら侯ならあの程度、脅威には値しますまい」
「煽っているつもりかしら。アタシ個人ならともかく、アタシはこの街の住人の命を預かっている。彼らの安全が脅かされたというのなら、対応する責務があるわ」
「いいえ、脅威ではないのです」
「どういう意味よ」
「なぜなら、アレは今後ザルド侯爵の管理する力だからです。侯爵が私を軍門に加えてくださると申してくれたこと、覚えておられますか?」
「笑わせるわね。あなたのみたいな小娘を戦場に立たせるバカはいないわ。力の有無の問題では無くね」
「ええ、侯がお優しいことは既知ですとも。だから、私が戦場に立つに値する女となるまでは・・・・・・そうですね。せいぜい茶汲みにでもしてこき使えば良いでしょう」
「それだけの力を有しておきながら、己の矜持を捨てて、丁稚に甘んじるというわけね。でも、それであなたになんの得があるのかしら」
「管理されない力はただの暴力でしかありません。しかし社会に役割を求められれば、暴力もまた武力としての価値を持ちます。
私の価値を認めていただけるのであれば、私はこの街で生きる権利を得ることが出来る。
もし、気に入っていただけないの言うのならば、大人しくこの首を差し出すよりほかありますまい。
・・・・・・本音を言いましょう。これは損得の勘定以前の、ただの命乞いなのです」
「あなたが魔族においてどれ程の貴族だったのかはしらないけれど、そうも軽々とプライドを放棄しているようではまるきり駄目ね」
「権力とは支配する者があって初めて意味を持ちます。しかし今や私――我が一族を戴く者は皆無。勲章も冠も滑稽で役にも立たない飾りとなり果て、とうの昔に鋳潰されたはずです。見栄とばかりに挙措ばかりは叩き込まれ、このような態度をとってはおりますが、侯爵への無礼は汗顔の至り。どうかご容赦頂きたく」
「卑しいわね」
冷徹に、ザルドが吐き捨てた。
「あなたが本当に貴族だったというのなら、勲章とともに誇りさえも朽ち果てたというのなら、あなたはそうなる前に死ぬべきだった。魂の貴さを失った貴族なんて、畜生にも劣るわ。あなたの振る舞いは、あなた自身のみならず、あなた達を仰いだすべての命を侮辱しているわ」
「なればこそ、私はあなたの指し示す騎士道を傍で学びたい。ご指摘の通り、我が身は穢れた下賤。あなたの道に我が心を濯がれたのならば、彼らも報われることでしょう」
「そも、自身をして邪道と憚る、あなたの道とはなんだったのかしら。それを知らずにいたら、沙汰の取りようもないわ」
「私が掲げたのは、覇道にございます。戦場で旗を振り、軍勢を指揮してヒトと命を競い合いました」
「・・・・・・あなたの様な子供が、魔族の将だったと?」
緊張した空気が、嘲笑に弛緩する。
「僭越ながら、その通りにございます。申し遅れましたが、私の名前はマオ。一応、千年前は魔王の椅子に就いておりました」
「他でもないこのアタシに対する冗談としてはあまりにお粗末ね。魔王なんてお伽噺よ。人と魔族の大規模な戦争なんて千年前の記録に辛うじて残っている程度。しかも千年前の魔王といえば、お伽噺の中でも最悪の部類よ」
「百年に及ぶ戦乱。その中で積もった怨嗟は、浄火にて滅するより他にありませんでした。
二度と地獄の顕現を赦してはならぬ。そう思えばこそ、私は悪逆非道の限りをつくし、大戦を象徴する悪として、ヒトの願いの結晶たる勇者に・・・・・・そして彼女の振う聖剣に、討たれることを望んだのです」
「だとしたら、あなたは死に損なったというわけね」
「その通りにございます。首を刎ね落とせばそれで済むものを、どういうわけか彼女は・・・・・・レイシアはそうしませんでした」
「荒唐無稽ね」
「ならばいかようにも処断してくださいませ。勇者に代わり貴公ほどの使い手に首を刎ねられるのならば、かつて武人であった私にとってはこれ以上ない誉れ。生き恥を晒すよりよほど報われるというものでしょう」
「生きることに未練はないと?」
「私の行いに対する結末は、既に千年前に迎えられています。私の本質は悪であり、悪果は断罪によって報われるが定め。今更未練などありましょうか」
「あなたの話を本当だと仮定するとしても、それは過去の話でしょう。私が問うているのは今生に思うところは無いのかということよ」
「・・・・・・彼らとは僅かばかりの時を共に過ごしたのみ。悪鬼をわざわざ庇いだてすることもありますまい」
「ともにあった時が僅かだったとしても、あなたの性質が悪だとしても、それが愛されない理由にはならない。
捕えられてなお、あの子たちはあなたの身を案じているわ。あなたの価値はその愛情が証明している。命を軽んじる言動は彼らの価値観を貶めると知りなさい」
「・・・・・・」
アルム達を引き合いに出されては、マオとしては黙するより他にない。
「卑屈な痴れものの命ならばアタシが奪うに値せず、さりとて人に愛される命ならば摘み取るのもまた無粋というもの。
柄を握り、平和の為に生殺与奪の権利を行使する武人ならばこそ、尊厳なき刃を振うことは許されない」
ザルドが腰に佩いた刀の柄を撫でる。
「この際あなたの真偽はどうでもいい。けれど、私もこの街の皆の命を預かる身。為政者として安全を守る義務がある。
真意がどうあれ、それをあなたが脅かしたのは事実。悪いけれどあなたには然るべき場所で教育を受けてもらう」
「教育・・・・・・」
「そこでこの国を、この時代を知りなさい。錆びついた価値観を磨き直し、拗れた信念を叩き直し、その上で身の振り方を考えなさい」
「かたじけない」
「勘違いしないでほしいのだけど、これは処罰でもある。当然ながらアタシの目が届くところには居てもらうわ。
幸いあなたみたいな半端ものとの付き合いに長けた知人もいることだし」
ザルドがパチン、とガタイに似合わないキュートなウィンクをする。
「半端ものとは失礼なお言葉ですね」
やれやれと応じたのはまだ若そうな男性の声である。
憮然とした声音を必死に繕っているが、どうにも笑いをかみ殺しているらしく、微かに肩が震えている。
「言葉を介し、知性を備えるならば種族による貴賤などありはしませぬ。我らも彼らも共に等しく誇り高き霊長です」
「相変わらず口だけは達者ねアルファルド。ならばその誇りを、そこの少女に教えてあげなさい」
「閣下にご指名いただけるのであれば是非もありますまい。
きみもホラ、いつまでも下なんか見てないでさ・・・・・・良かったらボクのところに来てくれないかな?」
マオの顔の前に男の掌が差し出される。
ゆっくりと顔を上げると、そこにあったのは柔和ながらもどこか寂しそうな笑み。
戦事とは縁遠そうな指先に触れる。
「安心しなよ。牢屋よりはよっぽど清潔で寝心地の良いところさ。
まあ、魔王様をもてなすには少しばかり貧相かもしれないけどね」
「お世話に、なります」
――全く。と小さくマオは嘆息する。
この国の男どもは、つくづく揃いも揃ってお人好しばかりである。




